五十七、一度きり
『・・・ジェイミー?母様の声、聴こえる?』
「あ・・う」
母様だ!
母様が、ぼくを呼んでる!
『ジェイミー!?ああ、もしかして、母様の声、忘れてしまった?ジェイミーの、母様よ』
「んんん!・・んっ」
忘れてない!
忘れるわけなんて、ないよ母様!
「あーえ!あーえぇぇえ!」
確かに聞こえる母様の声に、ぼくは夢中になって通信魔道具に張り付いた。
母様!
かあさま、かあさま!
『ジェイミー、父様もいるぞ』
『カール兄様もいるよ』
『クリフにいにもいるぞ』
『おれも、いる』
すると、母様に続いて父様も、そして兄様達も声を聞かせてくれる。
その懐かしい声に、ぼくの里心が決壊した。
「あーうえ、ちーうえ!かぁにいに、くぅにいに、いぃにいに!じぇいみぃ、じぇいみぃ、ね!あいちゃい!」
会いたい気持ちが込み上げて、止まらない。
今すぐ、みんなに会いたい。
会って、直接声が聞きたい。
『母様も会いたいわ、ジェイミー』
『ジェイミー。父様もだぞ』
『もちろん、僕達もだよ、ジェイ!』
「うあ・・わああーん!らっこ!らっこちて!」
叶う筈もないのに、ぼくは、通信魔道具に向かって無茶を言った。
『っ・・ジェイミー。今は、母様たち、ジェイミーを抱っこできないの。でも、帰って来たら、ジェイミーが、もういやって言うくらい、抱っこしたいわ』
『そうだぞ。父様は、一日中でも抱っこしてあげるからな』
『じゃあ、僕は、ジェイにごはんを食べさせてあげるよ』
『俺は、絵本を読んでやる』
『えっと、えっと・・あ、おれは!いっしょに、はしる!』
泣き声になった母様の声にみんなの声が重なって、ぼくは、益々駄々をこねるようにえぐえぐ泣きながら、だっこだっことせがんでしまう。
「ジェイミー」
するとカシムが、そっとぼくを抱き上げて、膝に乗せてくれた。
ぽんぽんと、優しく背中を叩いてくれる手に安心して、ぼくは何とか気持ちを立て直す。
「・・やく・・しょく。らっこ・・も・・ごはん・・も・・しょれかりゃ・・えほん・・はしりゅ・・」
『ええ。約束ね、ジェイミー』
『ああ。約束だ。ジェイミー』
『約束だね、ジェイ』
『ジェイこそ、忘れんなよ!?』
『じぇい、やくそく!』
ぐすぐす、べそべそと泣きながら言えば、みんなが通信魔道具の向こうで頷くのが見えるくらい、力強い返事があった。
『ジェイミー。カシム殿下の言うことをよくきいて、いい子にしているのよ?そして、元気な姿を見せてね』
「うう。じぇいみぃ、いいこ、ちてりゅ」
それもちゃんと約束すると頷きながら言うぼくの頭を、カシムが優しく撫でてくれる。
『それじゃあ、ジェイミー。元気でいるんだぞ』
「うう・・うぅ」
そして、父様のその言葉を最後に、通信魔道具の光が消えた。
しんと静まり返ったそれからは、もう、何も聞こえない。
「ごめんね、ジェイミー。余り長くお話しできなくて」
「んん・・かちむ、あいがと」
家族の声を聞いて、すっかり里心が付いてしまったぼくだけど、みんなの声が聞けたことは嬉しかったと、カシムに向かって頭をさげる。
「本当はね。もっと色々な場所、行く先々でお話が出来るようにしたかったんだけど、マグレインの王家が、未だジェイミーを探しているから、そうも出来ないんだ」
「おうしゃまと、だいち、おうじ?」
マグレインの王家が未だぼくを捜索している。
そう聞いたぼくは、何だか背筋が寒くなった気がして、カシムの袖をしっかと掴んだ。
「そう。でも、私がちゃんとジェイミーを護るから安心して」
「う・・かちむ、いりゅかりゃ、あんちんちてりゅ」
それはもう、マグレインの第一王子の脅威なんて、忘れるくらい安心していると、ぼくはカシムを見上げる。
「ありがとう。私も護り切れると思っているけど、通信魔道具を使うと、盗聴されることもあるから、危険なんだよ」
「あー」
なるほどと頷くぼくの頬を、何故かカシムが、つんつんとつつき出した。
「う?かちむ、にゃに?」
「うん。ジェイミーは、ご家族に愛されているんだなって思って。でも、こんなに可愛いんだから、当たり前だなって」
「う?」
ぼくが可愛いのは、未だ小さいからだとしても、家族がぼくを大切にしてくれているのは事実・・・だけど、カシムが何を言いたいのか、今一つ分からず首を傾げるぼくに、カシムが困ったみたいな笑みを浮かべる。
「実はね。こちらが通信魔道具に登録している言葉を、ジェイミーのご家族にお教えするにあたって、サモフィラス王家が開発した盗聴防止の魔法陣もお伝えして、で、それをジェイミーのおうちの通信魔道具に付与してもらったんだけど」
「うう」
それは、当然だろうと、ぼくはカシムを見た。
だって、カシムは王族なんだから、念には念を入れて当たり前だと思う。
むしろ、一貴族に過ぎない我が家に教えてくれてありがとう、だ。
「でも、ジェイミーの話を聞いているうちに、ジェイミーのご家族は魔法陣にも長けているのだろうなと思うようになって。不快にさせたかと思い始めていたんだけど、あっさりと付与してくれたんだよ。何だか、申し訳ない」
「んん!かちむ、もうちわけない、ない!」
わ!
なんだよ、ぼく。
申し訳ない、ないって!
いや、申し訳なくなんかない、なんだけど、カシム、通じたか?
「申し訳ないと思わなくていい、って言ってくれてる?」
「う!」
さっすが、カシム!
ぼくのことを、よく分かっていらっしゃる。
「ありがとう、ジェイミー。今回、ジェイミーのご家族ともお話しできて、私も嬉しかった」
「う!・・・う?」
え?
カシム、うちの家族と話、していたか?
「私も、皆さんに会えるのが楽しみになったよ」
「うう!」
それはぼくもと、元気に両手を挙げながら、一体、いつ話をしたんだろうと、ぼくは首を傾げてしまう。
「あ!でも、お話ししたといっても、本当に少しだけだよ?最大、ジェイミーの時間にしたからね?」
ぼくが訝しんでいると、カシムが焦ったようにそう言った。
ああ、なるほど。
ぼくを起こす前にってことか。
「わあった。らいじょぶ。かちむ、はなしゅ、わるない」
そもそも、そんなことを怒ったわけではないと、いつ話をしたのか気になっただけだと、ぼくは首を横に振って伝える。
「よかった。じゃあ、ごはんにしようか」
「う!」
みんなと会うためにも、健康第一と立ち上がりかけたぼくは、さっきまで、みんなの声を届けてくれていた通信魔道具を見つめた。
驚いて、嬉しくて、そして今は少し寂しいけど。
また会えるから、我慢できる。
今度、みんなの声を聞く時は。
思いっきり、抱き付けるんだから。
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