五十六、声
「う、りゃ!と、りゃ!」
ふみふみと、懸命に足をあげて踏むけれど、一向に光らない魔法陣。
なんでだよー。
どうして光らないんだよー。
何が不満なのか、言ってくれよー。
「う、りゃ、と、りゃ!・・・あー・・らめか」
左、右、左、右、と幾度も試してみたけれど、魔法陣はしんと静まったまま、何の反応もしない。
けれど、魔力を込めた手で触ると、それはもうきれいに光る。
「なんれー、なんれー」
謳うように言いながら、ぼくは、自棄ばちな気持ちで座り込み、両手で両足を掴んだ。
その感触は、むに。
もちもちである。
そして何より、体のどこにも無理が無い。
おお、凄いな!
体、柔らかい!
短いながらも両手を伸ばせば、容易に足を掴むことが出来る事実が楽しくて、ぼくは、調子に乗って、足を掴んだまま上下に動かしたりして遊びまくった。
結果、バランスを崩して、ころんと転がるも、それさえ楽しい。
笑いが止まらない。
「ジェイミー。焦らなくても、練習していれば出来るようになるよ。魔法陣を描くのと一緒だね」
「あ」
ころんころん転がり、くふくふと笑うぼくに、カシムが優しく話しかけてくれて、ぼくは、そうかあれと同じかと思い至った。
生ける魔法陣?とでもいうべきか、ちゃんと動く魔法陣を描くには、自分の魔力を込めながら描いて行くことが必須だけど、未だぼくにはそれが上手く出来ない。
それと同じだと言われて、なるほどと納得しかけて、はたと思う。
「れも、あちらけ、にゃのに、なんれ?」
魔法陣を描く時は、ペンに魔力を込め、更にその魔力を魔法陣に伝え続ける必要があるけど、今回のこれは、足に直接魔力を流して、それを伝えるだけ。
つまりは、手に魔力を流して光らせるのと同じなのにと、ぼくは不思議に思った。
「そうだね。足だけ、手だけ、そこは一緒だけど。ジェイミーは手の指と同じようには、足の指を動かせないよね?それと、同じことだよ」
「うう・・・う?」
ぼくは確かに、手の指と同じように足の指を使うことは出来ない。
でも、別に指を使う必要はなくて、魔力を流すだけで、それは出来ているんじゃないかと感じるのに、何が違うのか。
「うー・・・むじゅかちい」
「ふふ。そんな難しい顔をしなくても、ジェイミーは、魔力を行き渡らせる能力に長けているから。後は、上手く魔力を放出、伝達する術を取得するだけだよ」
「ひょうしゅちゅ、でんちゃちゅ」
放出、伝達と言ったつもりのぼくは、まったく言えていない現実と向き合うことになり、魔力の使い方と共に、言葉の練習もしなければと、また強く思った。
いやあ、言葉に注力するって思うの、何回目だよ、ぼく。
それでも、三歳までには何とか出来るつもりでいたんだけど。
難しいんじゃないか、これ。
「・・・ジェイミー・・・ジェイミー、気持ちよく寝ているのに、ごめんね。ちょっと、起きられる?」
「うぅ・・・むにゅう」
夢中になって、魔法陣を光らせようとしたり、それが出来ないからと手で触りまくって光らせたりしているうち、ぼくは眠ってしまったらしい。
気づけば、心地いい布団の中にいて、カシムがぼくを優しく揺すって起こそうとしていた。
「ジェイミー。起きた?」
「・・むぅ・・かちむ?」
「そう。カシムだよ。ちょっと、起き上がろうか」
「うぅ・・ふみゅう・・・っ!?」
未だ眠いと思いつつ、カシムの手の動きに合わせて体を起こしたぼくは、視界に飛び込んで来たそれを見て、目を擦る手を止める。
おお。
あれは、通信魔道具じゃないか!
なんだ?
誰かと連絡するのか?
あ、ハリムとか!?
「ジェイミー。もしかして、これを知っているの?」
「う!こえ、きこえゆ!」
「そうだよ。お話、出来るからね」
「う!」
ハリムかー。
何を話そうかな。
でも、ハリムなら、ぼくのことよりカシムのことだよな。
それなら、砂漠でのカシムを教えてあげる?
それとも、クレマンと少しだけ和解したことを、知らせてあげようかな。
でも、ハリムはクレマンを知っているのか?
ま、そこから聞けばいっか。
『ジェイミー?ジェイ。聞こえる?お声、聴かせてくれる?』
「え」
わくわくと、声を出そうとしたぼくはしかし、通信魔道具から聞こえて来た声に固まった。
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