五十四、たぶん、それ。ずれている。
「あー、おいちかった。そいでもって、しゅっごく、たのちかった!」
美味しい夕食をごちそうになった後、アベイタ伯爵にさよならと手を振り、カシムと一緒に馬車に乗ったぼくは、大満足で、ふうと息を吐いた。
「うん、ジェイミー。本当に、楽しかったみたいでよかったよ。もしかして、その一番の要因は、バイヨ男爵子息と仲良くなったことかな?」
「え」
にっこり笑うカシムの目は、だけどちっとも笑っていなくて、ぼくは思わず背筋が寒くなってしまう。
いや、美少年の迫力凄しで、こんな冷酷仕様カシムも見惚れるくらい格好いいけども!
美形が怒ると凄まじいっていう、見本を見ているみたいでもあるし、見ごたえは充分だけど、恐怖も充分!
「私には、いつも取り澄ました感じで媚びて来るバイヨ男爵子息が、あんな風に話して笑うなんて、知らなかったよ。まあ、本性を隠しているとは思っていたけど」
「かちむ!きゅれみゃん、かちむ、わらういい、いってた!やく、たちたいって!」
少々、自棄になっているようにも見えるカシムに焦ったぼくは、慌ててクレマンの心情を訴えた。
違うんだって、カシム!
クレマンは、ぼくと仲良くはなったかも知れないけど、本命はカシムなんだって!
「え?私の笑顔?それに、役に立ちたい?バイヨ男爵子息が?」
「う!」
そう、その通りと力強く頷くぼくを、カシムが訝しむように見る。
「・・・男爵家だしシードだから、多くは望まない。愛妾でいいから傍に居たいとか言っていたのは、ただ単に権力が欲しかったわけではないのか?」
考えるように呟くカシムに、あと一歩とぼくは追撃をかけた。
「きゅれみゃん、かちむ、かんちゃちてる、いってた!」
「なら、最初からそう言って、普通に接すればよくないか?あんな、誤解されるような事を言わずに。ジェイミーも、そう思わない?」
「うぅ・・・しょれは」
何とも仰る通りなので、それ以上、ぼくも上手く言葉が繋げられない。
クレマン!
本当だぞ?
どうして最初から、普通に接しなかった!?
大体、愛妾ってなんだよ!?
ぼく、そこ知らないからな!
「だがまあ、分かった。バイヨ男爵子息のことも、仕事相手としてなら、考えなくもない」
「おお!きゅれみゃん、よりょきょびゅ!」
良かったな、クレマン!
今度からは、接し方、間違えるなよ!
ぼくと戯れている最中にカシムが現れたことで、素の自分を晒してしまったクレマンは、随分焦っていたけど、良い方に話は進むんじゃないかと、ぼくは、ほくほくしてしまう。
「はあ。ジェイミー。まったく。そんな嬉しそうに、にこにこしちゃって」
「う?」
『一件落着!』と、にこにこしていたぼくは、不満そうなカシムに頬をつつかれた。
ん?
なんだ?
どうした?
カシム。
「ご不浄に行ったまま、戻って来ないジェイミーを心配していたら、庭に居るからと報告を受けて。それならと、仕事を終えて探しに行ったら、そこでジェイミーが、猫とバイヨ男爵子息と戯れていて・・・可愛かったけど、何か、複雑だったよ」
「じぇいみぃ、にわいる、ちってた、にょに、なんれ?」
ぼくが庭に居ることは知っていたんだよな?
それでどうして、複雑な気持ちになるんだ?
ぼく、庭に居ない方がよかった?
「ジェイミーは、庭で、ひとり遊びしていると思ったからだよ」
「あー・・・らいじょぶ!きゅれみゃん、かちむとあしょぶ、よりょきゅびゅ!」
ああ、なるほど。
なんだよ、カシム。
そういうことか。
カシムも、クレマンと遊びたかったのか。
そんなの簡単。
カシムが、クレマンを誘ったらいい。
「はあ。いいかい、ジェイミー。私は、バイヨ男爵子息とは、遊びたいとは思っていない。仕事がどれくらい出来るか、確認をしたいとは思っているけど。だけど、それもジェイミーから聞いたからだからね?分かっている?」
「おお」
クレマン、頑張れよ!
カシムは、かなり出来る奴だから、採点も厳しそうだけども!
認めてもらえれば、役に立つ第一歩!
・・・・だけど、クレマンじゃないとすると、カシムが複雑になる理由ってなんだ?
あの場に居たのは、ぼくとクレマンと猫・・・っ!
なんだ、そういうことか!
「かちむ!にゃんこしゃ、いっちょ、いい!でも、にゃい、きゃら・・・んと、おうしゃま、おねぎゃいちて、きゃう!」
何だそうか、主題は猫だったかと、そこでぼくは漸く、カシムが猫と一緒に遊びたかったのだと理解した。
けれど、サモフィラスの王城で猫は見かけなかったから、国王陛下にお願いして飼えばいいじゃないかと、言ってみる。
まあ、家の事情もあるし、そう簡単にはいかないかもだけど。
カシムが飼いたいって言えば、飼ってくれそうな気がするんだよね。
「父上にお願いをして・・・ああ、それはいいね!」
ぼくの言葉に、カシムが、ぱあっと華やいだ表情になって、ぼくも嬉しい。
「う!」
「宮で猫を飼うか。素敵な未来図だ」
「うう!」
『それは、本当に素敵だ』というカシムが、心底嬉しそうな笑顔になって、ぼくも嬉しい。
カシム。
本当に、猫が飼えるといいな。
そんでもって、ぼくも遊びに行ったときには、遊ばせてくれよな。
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