五十二、悪友?呉越同舟?
「不用心だろ、って言ってんだよ。もしその猫が、お前を殺すために用意された刺客だったら、どうすんだ。自分から戯れに行くなんて、相手の思うつぼじゃねえか」
心底ぼくを馬鹿にするような乱暴な口調と、これ以上なくふてぶてしい態度で現れたのは、呆然と取り残された筈のクレマンだった。
え?
さっきと、随分違わねえ?
この口の悪さと、荒っぽい態度。
つまりさっきの、いかにもヒロイン風貴族子息ってのは演技で、こっちが本性むき出し状態ってことか?
「なんだよ、きょとんとした顔しやがって・・・ああ。俺が未だここに居るのが不思議なのか。わりぃな。そんな、やわな神経してねえんだわ」
「ふぉおおお」
さっきはカシムに冷たい態度を取られて、結構な衝撃を受けたみたいだったのに、立ち直りが早いのか、気持ちの切り替えが早いのか。
どちらにしても、いいことだと思う。
反省しないのは駄目だけど、悪いこと引きずってばかりもよくないからな。
「なんだよ『ふぉおおおお』って。それ、俺に対する意見か?まあ、いいや。んなことより、ちゃんと分かったのか?ただの猫だと思って油断してっと、その毛皮に経皮性の毒を塗り込まれているかもしれねえし、爪に毒が仕込まれていて、がりっと一発やられたら、即、あの世行きってこともあるって言ってんだぞ?」
「あにょにょ、いき」
そっか。
猫の毛や爪に毒を仕込んで、相手を狙うか。
ぼくにはない発想だったな。
勉強になるよ、クレマン。
いや、今のところ暗殺者になる予定はないけど。
「そうだぞ。お前みたいにちんまい奴なんて、あっという間に毒が回ってさようなら、だ。それにな、その猫に爆弾が仕込んであったらどうする?それこそ簡単に、木っ端微塵だ」
「きょっぴゃ、みゅじゅん・・あっ。しょなことちたら、にゃんこ、ちんにゃう!らめ!しょんにゃの!」
「なんだ。にゃ、にゃ、にゃ、にゃ言っていて、お前の方が猫みたいだな」
ぼくは必死に訴えるのに、クレマンは楽しそうに揶揄って、ぼくの額をつんつん、つつく。
「にゃんこ、しゃ!」
「にゃああん」
そして猫は、危機感の欠片もなく、クレマンとぼくが遊んでいるとでも思っているのか、自分もぼくへと体を擦り寄せて来た。
あったかい。
可愛い・・・じゃなくて!
「にゃんこ、しゃ!」
「にゃああん」
焦っても、猫には全然通じなくて、懸命にぼくが『猫さん!』と呼んでも、嬉しそうに鳴くばかり。
ああ、どうしよう・・・・・!?
「クレマン坊ちゃま。冗談も大概になさいませ。ジェイミー様。今のお話はすべて、クレマン坊ちゃまの『もしも』のお話でございます。その猫に、そのような危険はございませんので、ご安心ください」
「う?しょうにゃの?」
・・・・・うん。
いや、考えてみればその通りでしょ、ぼく。
そんな危険を装備した猫が、無防備に日向で昼寝なんてしているわけが・・・いや。
それこそ、本当に暗殺を狙うなら、そういう油断を誘うのも手なんだろうな。
ぼくには、縁の無い話だけど。
「きゅれみゃん。じぇいみぃ、べんきょ、なった。あいがと」
「きゅれみゃん、って。もしかしてそれ、俺の名前を呼んでいるつもりか?んで、お前の名前はジェイミーっていうのか?」
「う。じぇいみぃ、れしゅ・・・きゅれみゃん、しょれ、らめれ」
ぼくの前に、お行儀悪く、どっかとしゃがみ込んだクレマンが、にやにや笑いながら、ぼくの名前を確認した。
相変わらず、ぼくの額を楽しそうにつつきながら。
「らめれ、って。やめてって言ってるんだろうけど、面白すぎて、やめられねえ」
「ううう・・・にゃら!」
やめてくれないのなら反撃だと、ぼくはクレマンの頬目指して、思い切り指を突き出した。
どうだ!
幼児の指とはいえ、勢いよくめり込んだら痛いだろう!
「あ・・あえ?」
「なんだ?ほっぺをつついてほしいのか?・・・なるほど、ぷにぷに、ぷくぷくだな」
しかし残念なことに、とっても短いぼくの腕は、力強く、目いっぱい伸ばしたにもかかわらず大した距離は稼げず、クレマンの頬に、ぷにっと触れるくらいの威力しか発揮できなかった。
更に、それだけでなく、クレマンは頬をつつけと言うのかと誤解し、ぼくのほっぺをつんつんし始める。
「ちあうにょに・・・にゃんれ!?」
思っていた結果と全然違う。
もう、こうなったらと、クレマンの膝によじ登り、懸命に攻撃を繰り出すぼくをクレマンも普通に支えてくれ、ぼくは夢中になってクレマンと攻防を繰り広げた。
あれ?
こういうの、呉越同舟って言う?
違う?
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