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五十一、猫







「おいちい」


 呆然とするクレマンを置いたまま、応接室へ行ったぼくたちは、そこでそのまま仕事の話になった。


 ああ、いや。


 もちろん、ぼくを除くふたり。


 カシムとアベイタ伯爵が、である。


 ぼくはといえば、用意されていた、落下防止のふかふかクッション付きの椅子に座って、ただひたすら、ご機嫌で美味しい果汁に舌鼓を打っていたにすぎない。


 そして迎える、当然の結末。




 うーん。


 お手洗い行きたい。




「かちむ。じぇいみぃ、ごふじょう、いきゅ」


「うん。分かった。ちゃんと言えて、偉いね」


 美味しい果汁を、たっぷりごちそうになったのだから仕方ない。


 仕事の話をしている時に申し訳ないし、少々恥ずかしくもあるが、生理現象には敵わず言えば、カシムはすぐに自分で立ち上がろうとしてくれた。


「じぇいみぃ、じじゅしゃと、いきゅ。かちむ、おちごちょ」


 そんなカシムの動きを抑えて言えば、カシムが驚いたようにぼくを見る。


「え?本当に?大丈夫?」


「う。らいじょぶ」


 こくりと頷き、ぼくがよいしょと椅子から下りようと動けば、即座にカシムが、転がったりしたときのための体勢に入る。




 カシム。


 いつも、ありがとう。


 お蔭で、椅子にしがみ付いて下りるのも怖くない。




「カシム殿下。大丈夫でしょうか?」


「侍従が居れば、問題無いとは、思うが」


 アベイタ伯爵が心配そうに言ってくれ、カシムの気持ちも揺れているのが分かる。


 だがしかし、ぼくは知っている。


「しょの、ちょるい、いちょぎ。じぇいみぃ、らいじょぶ」


「ああ。この書類が急ぎだと、聞いていたというのですね?本当に、ジェイミー様は賢くていらっしゃる」


「むふ」


 アベイタ伯爵が、目を丸くして言うのがまんざらでもなくて、ぼくはえっへんと侍従さんの手を取った。


「おねぎゃ」


「はい。ジェイミー様」


 カシムやぼくと一緒に来た侍従さん・・つまり、このお屋敷ではなく、カシムに仕える侍従さんは、カシムと目を合わせてから、ぼくの手を取り、部屋を出る。


「ごめにゃ、いしょぎで!」


「畏まりました!」


 部屋を出るなり、急ぎだと訴えたぼくに、侍従さんは心得たように頷くと、すぐさまぼくを抱き上げて、ご不浄へと急いでくれた。


 慣れって凄い。


 そして、そんなぼくたちに、このお屋敷の侍従さんも慌てて付いて来てくれる。




 何か色々、申し訳ない。


 でも、お蔭で間に合った。


 感謝。




「あ、にゃんこ」


 ご不浄からの帰り、庭に面した廊下を歩いていると、庭の陽だまりで、猫がのんびり寝ているのが見えた。


「可愛いですね。こちらで飼われている猫でしょうか」


「う。かあいい」


「そうですよ。こちらで、飼っている猫です。本日は、王都へいらしていてご不在ですが、奥様がとても可愛がられています」


 カシムの所の侍従さんもにこにこ、このお屋敷の侍従さんもにこにこ、そしてぼくもにこにこ。


 そしてそのまま、にこにこ、とてとてと猫に近寄ったぼくは、迷わずそこにしゃがみ込んだ。


 あったかくて気持ちいいし、猫は可愛い。


「にゃあ」


「にゃあ」


 猫が鳴くから、ぼくも真似をすれば、猫が眩しそうに眼を細めてぼくを見る。




 ちっこいからな。


 ぼくのことを、同類だと思っているのかもしれない。


 もしくは、庇護対象?




「にゃんこしゃ。しゃわっても、い?」


「にゃあ」


 のんびりと鳴く猫の、それを了解だと捉え、ぼくは、そうっと猫に触る。


「ふあふあ。かあいい」


「馬鹿だろ、お前。見知らぬものに触るなんて」


「ふぇ」


 猫に触れ、しっとりすべすべのふわふわで、何とも気持ちがいいと緩んだ顔をしたぼくは、かけられた辛辣な声に顔をあげ、そのまま固まった。



いいね、ブクマ、評価、ありがとうございます。

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