五十、客あしらいの師匠。
「クレマン!殿下に対し、失礼であろう!・・・申し訳ありません、カシム殿下」
「そうですね。バイヨ男爵子息は、確か、吾と同じ十二歳だったと記憶しているのですが」
「っ」
アベイタ伯爵の謝罪に対し、すぐに『大丈夫ですよ』と、表面だけでも優しく言うのかと思いきや『そうですね。年齢の割には幼いですね』とか『躾がなっていないのでは』という、裏の言葉が聞こえるくらい冷たく言い切る、見慣れないカシムに驚きもしたけど、それ以上に、正直ぼくはときめいた。
おお、カシム!
なんていうか、隙の無い王子仕様か!?
そういう、ちょっと冷徹な感じもいいぞ!
似合っている!
「そんな、カシム殿下。バイヨ男爵子息などと家名で呼ばず、名の方で、クレマンとお呼びください。何とも他人行儀です」
そして、冷酷な王子仕様カシムに対し、ヒロイン仕様?な、バイヨ男爵子息クレマンも負けてはいなかった。
強い!
これだけ拒絶されているのに、にっこり、めげずに、自分の希望をぶっこむって、凄いな。
ぼくなら、小心者炸裂で心臓がばくばくして、声も出せないどころか呼吸もままならなくなりそうだけど、クレマンは、困ったような『ほら、手を差し伸べたくなるでしょう?』とも言いたげな、誘うような表情で、首を傾げている。
その様は、明らかに待ちの体勢であるが、何とも庇護欲をそそる、と言えなくもない。
さて。
カシムは、これを受けてどんな表情を・・・っ。
こっわっ。
カシム、怖っ!
「アベイタ伯爵」
見たものを凍りつかせるような、見たものすべてをあの世へ送り込むような、恐怖の表情を浮かべたカシムの、これまた低い唸りのような短い呼びかけにすぐさま反応したアベイタ伯爵が、素早く深く、頭を下げた。
「殿下。重ね重ね、甥が申し訳ありません」
そんなアベイタ伯爵に鷹揚に頷くと、カシムは眉を下げてぼくを見る。
その表情の、落差の凄さよ。
「ジェイミー?困ったな。そんなに驚いた?」
「うう。おどりょいた。こあい、かちむ、はじゅめて」
冗談抜きで、怖かったぞ、カシム。
涙が飛び散るかと思った。
「ああ、そんなに?ジェイミーに、怒ったわけじゃないからね?」
「うう」
「カシム殿下。ジェイミー様。甥が誠に申し訳ありません・・さあ、どうぞ、こちらへ」
何とか場を仕切り直そうと、アベイタ伯爵が再び謝罪した後、奥へと導いてくれる。
幾度目かのその言葉で、ぼくは漸く気が付いた。
そっか。
クレマンって、アベイタ伯爵の息子じゃなくて、甥っ子なのか。
ああ、だから苗字と爵位が違うんだな。
そっか、そっか。
「ジェイミー。じゃあ、およばれしようか」
一方のカシムも、気を取り直したように、いつもの感じでぼくにそう話しかけた。
「う・・う?」
だからぼくも、いつものように『そうだね』って答えようとしたんだけど。
ちょっと待てカシム。
クレマンって奴、固まっているけどいいのか?
アベイタ伯爵も、甥っ子置き去りでいいのか!?
「ジェイミー、どうしたの?ああ、だっこがいいのかな?ん?それとも、自分で歩く?」
「あ、ありゅく」
いや、そうじゃなくて!
いや、歩くけれども!
「ジェイミー。ゆっくりで、いいからね」
「う。あいがと」
言葉通り、ぼくの手を引いて、ゆっくり歩いてくれるカシムを、アベイタ伯爵が何とも優し気な顔で見つめている。
そして、その後ろでは、クレマンが相変わらず固まっている。
アベイタ伯爵もカシムも、見えていない筈無いと思うんだけど。
つまりは、このままでいいってことか?
なんか、落ち着かないんだけど。
「夕食の前に、お茶をと思い、ジェイミー様には、果汁を用意してあります。お気に召すといいのですが」
「お、おきゅじゅきゃい、あいがと、ごじゃましゅ」
どうにもクレマンが気になって振り返ってしまうぼくに、アベイタ伯爵が優しく声を掛けてくれる。
まるで、クレマンのことは案じずとも良いのだとでも言うように。
そして、ぼくに対するときは、必ず目を見るように、ぼくの背に合わせて腰をかがめてくれる。
その仕草が、へりくだっているわけでもない、無理をしているわけでもない、本当に素の様相で、とても心地が良かった。
本当に、客をもてなすプロだな、アベイタ伯爵。
これからは、客あしらいの師匠と呼ばせてください!
「伯父上。私にも、そちらの幼い方にご挨拶をさせてください。アベイタ伯爵であり、我が一門の主である伯父上が、それほど丁寧にお相手なさるのです。あいにく私は存じ上げませんが、私の勉強不足なだけで、どちらかかの王族でいらっしゃるのでしょうから」
呑気に『アベイタ伯爵は、客あしらいの師匠に決定!』とか、心のなかで思っていたら、クレマンが、皮肉めいた声を発した。
ああ、ららら。
クレマンよ、それは悪手ではなかろうか。
「クレマン!ああ、カシム殿下、ジェイミー様。本当に、申し訳ない」
言葉遣いだけは丁寧だったけど、明らかにぼくを蔑む様子のクレマンは、ぼくが王族だなんて思ってはいない。
ただ、ぼくに対して『お前は不当に、丁寧な扱いを受けている』と言いたかっただけだ。
いや、分かるけどさ。
ぼく未だ二歳だからね?
確かに、王族じゃないけどさ。
「そうか。未だ、大々的に発表しておらぬゆえ、知らぬとも仕方ない。むしろ、アベイタ伯爵が、我が王家との約束を守った証とも言えるわけか」
何事かを低く呟いたカシムが、何を思ったか、ずいとぼくを前に出した。
ええええ!?
クレマンと、直接対決しろってか!?
カシム、それはちょっと荷が重い。
「バイヨ男爵子息。家門の一子息に過ぎぬそなたではあるが、特別に教えてやろう。彼こそが、吾の運命の君だ」
「じぇいみぃ・くらぷとん・・れしゅ!」
きりりとしたカシムの紹介に続き、ぼくは負けじと胸を張って言い切った。
やり切ったぼくとしては、格好よく決まったと思ったんだけど。
なんか。
カシムとアベイタ伯爵の目が、和んでいるのは何故だろう。
ここは、ぼくの格好よさに圧倒されるところだよ?
「運命の・・きみ」
そしてクレマン。
ぼくのこと無視して、呆然とした顔でカシムだけを見るのはどうかと思うよ?
衝撃を受けたのは分かるけどさ。
ぼくを丸っと無視するのは、どうなのよ。
「じぇいみぃ、かちむ、なかよち!はあむ・・も!」
完全無視は面白くないと、存在を示すため、ぼくは上を向いて懸命に声をあげる。
「ジェイミー様?カシム、とはカシム殿下のことでしょうか。本当に仲がよろしいのですね。それでは、はあむとは・・・っ!もしや」
「ああ。ハリム兄上のことだ、アベイタ伯爵。ジェイミーのお蔭で、長年のわだかまりが解けた」
両手を膝に突き、ぼくに優しく語り掛けてくれたアベイタ伯爵が、はっとしたようにカシムを見て問えば、カシムは何とも嬉しそうに微笑んで答えた。
「それは、ようございました!ジェイミー様は、まさしくカシム殿下の運命の君でいらっしゃったのですね」
「ああ。そう思う」
嬉しそうに言うアベイタ伯爵に、カシムも心底嬉しそうな笑みを浮かべる。
カシムとアベイタ伯爵は、信頼を築けているんだな。
よき、よき。
「そんな・・・。こんな幼子が、カシム殿下にあのような笑みをもたらしたというのか?いつか、俺がと思っていたのに」
カシムとアベイタ伯爵を見て、ほっこりしていたぼくは、すぐ近くで聞こえた声にはっとなった。
しまった。
クレマンを忘れていた。
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なんかBL探しづらくなったなと思っております。
纏めて全部BLって、楽だったなって。
探し出してくださって、感謝です。