四十九、一撃必殺要員。
「ジェイミー。実は、お願いがあるんだけど」
「う?なあに?」
おいしいお昼ごはんをたらふく食べて、これまたおいしい食後のお茶を満足な気持ちでこくこく飲んでいると、ぼくの隣に座ったカシムが、ちょっと困ったように眉を寄せて聞いて来た。
「それが・・・面倒ごとで、ごめんなんだけど」
「じぇいみぃ、できりゅ、こと?」
有能なカシムが、こんなに困った顔をするくらい、面倒なことなんだろうなとは思うけど、普段世話になりっぱなしなんだから、ぼくに出来ることならなんでもすると、ぼくはカシムの顔をじっと見る。
「うん。というか。むしろ、ジェイミーにしか出来ないことだよ」
「やりゅ!」
ぼくにしか出来ないなんて、カシムの世辞に決まっているけど、そんな風に言われればまんざらでもなく、とても浮き立ち嬉しい気持ちになったぼくは、元気よく手を挙げてそう答えた。
「ちょうど、お昼寝の時間にかかってしまうけど、帰りの馬車で寝てしまっていいからね」
「う!らいりょうぶ!」
面倒なこと、に直面しているにも関わらず、ぼくの昼寝まで気にしてくれるカシムは、やはり気遣いの男だと、ぼくは改めてこんなふうになりたいと思う。
「じゃあ、お着換えして、出かけよう」
「う!」
お腹もくちたし、食休みもしたしで準備は万端と、元気に返事をしたぼくを優しく撫で、カシムは、ぼくの手を引いて食堂を出た。
「・・・かちむ!」
侍従さんに着替えさせてもらって、ちんまりながら正装姿で待っていたぼくは、迎えに来たカシムを見て、ぴょんと飛び上がった。
かっこいい!
ごてごてしない服だからか、端正さが際立つんだよな。
そして、顔の美しさが半端ない。
「ジェイミー、お待たせ。今日は、これを着けてね」
「うぅ?」
そう言って、カシムがぼくに見せてくれたのは、余り大きくないブローチ。
だけど、金細工で、何処かの家門の紋章を象っていて、黒と緑の宝石があしらわれているそれは、見るからに高貴で、お値段も高そうだった。
「これ、私とお揃いなんだよ。ジェイミーは、私とお揃いは嫌かな?」
「かちむ、と、おしょろい!いや、ない。うれちい!」
お揃いなんて、本当の兄弟になったみたいじゃないか!
それも、紋章入りだぞ?
まるで、カシムの両親にも認められたような・・・って!
カシムの両親って、サモフィラスの国王夫妻じゃないか!
「かちむ!こえ、じぇいみぃ、いい?」
どこかの家門の紋章って。
カシムが使うのなんて、サモフィラスの王家の紋章しかないじゃんな!
そんな凄いものを、ぼくが着けてもいいのか?
怒られたりしないか?
「もちろんだよ。私だけではなく、父上も母上も、それから兄上も。ジェイミーが、この紋章を着けてくれると嬉しいと、言っていた」
おお、そうなのか?
なら、いいのか?
王家の御威光、借りちゃう感じがするけれども。
「しょっか・・にゃら・・いい・・にょかにゃ?」
「うん。いいんだよ。さ、着けてあげるから、じっとして」
「う」
丁寧な手つきで、カシムがぼくの襟元にそれを着けてくれる。
そんなカシムの襟元にあるのは、ぼくに着けてくれているのと同じブローチ。
うーん。
寸分たがわず同じ物に見えたけど、着けた人物によって差が出そうだな。
きっと、ぼくが着けていてもそこまで価値あるものに見えないだろうなと、ぼくは遠い目になってしまった。
「さ、これでいい。今日行くところには、ちょっと面倒な子がいるんだけど。ジェイミーが一緒に居てくれたら、一発で撃退できると思うんだ」
「う?」
何やらカシムが物騒な物言いをして、何かを企んでいるかのような目をする。
「ええ。ジェイミー様は、見た目も麗しく、仕草もお可愛らしくいらっしゃいますから」
そして、そんなカシムの視線を受けたナスリさんまでそんなことを言い出して、ぼくは何事かと首を傾げた。
「さあ、行こうかジェイミー。大丈夫。私はジェイミーから離れないし、ジェイミーは、いつも通りでいてくれればいいから」
「うう」
さっきまでの、何か企んだ目ではない、いつもの優しい目で見られて、背中をぽんぽんされて、ぼくはカシムのだっこで、馬車まで移動する。
それにしても、ぼくを見たら一発で撃退って。
ぼく、そんなに怖いのか?
いやでも、ナスリさんは可愛いって言ってくれたよな。
てことは、カシムだけがそう思っているとかか?
「かちむ」
「なあに?ジェイミー」
「かちむ、じぇいみぃ、こあい、いあ、って、おもってりゅ?」
もしそうなら悲しいが、現実を受け入れるのは早い方がいいだろうと切り出したぼくを、カシムが驚いたように見つめた。
「私が、ジェイミーを怖い?嫌?・・・嫌だなんて、そんなことあるわけないよ、ジェイミー。嫌われたら怖いとは思っているけど」
「じぇいみぃ、かちむ、きあい、ない!らいじょぶ!」
そんな!
ぼくがカシムを嫌う日なんて、絶対に来ないから安心してくれ!
「そっか。それなら、安心だね。私も、大好きだよジェイミー」
「う!」
ぼくも安心と、くふくふ笑えば、一緒に馬車に乗っているナスリさんも微笑んでくれて、ぼくは、幸せな気持ちで、ぽすっと背もたれに寄り掛かった。
「カシム殿下。ようこそ、お越しくださいました。お元気そうで、何よりにございます」
「ああ。久しいな、アベイタ伯爵。伯爵も壮健なようで何より」
カシムがぼくを連れて行ったのは、ここ、セパアラ王国イデラ領の領主を務める、アベイタ伯爵の邸だった。
今回カシムがイデラ領へ来たのは仕事が目的ではないけれど、折角なので夕食でもと誘われ、外交の都合上断れなかったのだそう。
そういう繋がりって、大事だろうから。
ぼくは、邪魔しないようにしておかないと。
おとなしく、おとなしく。
「それで、殿下。こちらが」
「ああ。吾の運命の君、ジェイミーだ」
そっと背中を押され、ぼくは今日、唯一にして最大の任務であろう、伯爵への挨拶をする。
「じぇいみぃ・くらぷとん・・れしゅ。よろちく、おねぎゃ、ちまち」
「これは。こちらこそ、よろしくお願いします」
おお、アベイタ伯爵、いいひとだな!
こんなちっこいぼくに、ちゃんと背を合わせて挨拶してくれるなんて!
「旦那様。クレマン様が、お見えになられました」
「なに?今日は遠慮するよう、伝えてあった筈だが」
「カシム殿下!お出迎えが出来ず、申し訳ありません。今日、お見えになることを知らされていなかったのです!」
アベイタ伯爵と、このお屋敷の執事さんが何かをこそりとお話ししている最中に、カシムと同じくらいの年齢の人が、速足で入って来た。
瞬間、カシムが王子の仮面を被ったのが分かる。
いや、外に居る時は、もちろん家に居る時みたいじゃないけどさ。
でも今、もろに王子様って外面を張り付けたの、分かっているんだからなカシム。
まあ、それで。
この突如現れた奴が、カシムにとっての、何だ。
カルヴィンにおける第一王子と同じ存在なんだって、分かったけどな。
いいね、ブクマ、評価、ありがとうございます。