四十七、船
「じゅんび、よち」
今ぼくは、出航を目前に控えた船の甲板に立ち、雄々しく構えてその時を待っている。
何を雄々しく構えているかといえば、それは、カシムからもらったあの魔法陣付きの風車。
走ると羽根が回るだけでなく、音も光も出るうえ、一定の速さに達するときらきら光るこの風車。
船に乗ると聞いた時、ぼくはぴんと来た。
動く船の甲板では、風を感じる。
つまり、そこで風車を持っていれば、立っているだけで、美しく輝く風車を見られるのだと・・・・・!
我ながら、何たる悪知恵だとは思うが、思いついてしまったものはしょうがない。
子どもらしく、動いて遊ぶおもちゃを考えてくれたのだろうカシムにも申し訳ないが、怠惰な発想にもかかわらず、ぼくはわくわくが止まらない。
なんというか、実験をする時のような気分だ。
「出航!」
そして、いよいよ迎えたその時。
ゆっくりと動き出した船の上で、ぼくは、わくわくと風を待つ。
この船の責任者でもあるカシムは『そんなに長い旅じゃないよ・・というか、割と短いから、その間に目いっぱい楽しんで』と、ぼくにはにこやかに言っていたけど、自分は忙しいらしく、色々と指示をしたり確認をしたりと、時折見かけるその姿は少しも動きを止めない。
航海の時間は短いけど、着岸するのは他国になるんだから、色々大変なんだろうな。
チゼンネでも、ずっと出かけたり、何か用意したりしてたもんな。
カシム、お疲れ。
「ジェイミー様。大丈夫でございますか?」
そんな忙しいカシムに代わり、僕の傍には、いつも誰か侍従さんが傍に付いていてくれるんだけど、この人たちがまた、有能な上に優しく気遣いも完璧。
今だって、なるだけぼくの自由を尊重しつつ、転がったりしないようにしてくれているんだから、頭が下がる。
「らいじょぶ。あーと!」
「ジェイミー様は、ご立派ですね。初めての船ともなれば、怯える方も多いですのに」
「くふふ。じぇいみぃね、たのちみにゃの!」
何が楽しみって、それは風車が、かつてない勢いで回りまくること。
さあ、風よ来い!
そして風車よ、存分に風を受けて、思い切りびゅんびゅんと回るがいい!
遠慮なく音を奏で、光り輝け!
・・・・・・って・・あ、あれ?
ぼくは確かに結構な風を感じるのに、ちっとも風車、動かないんですけど?
いや、少しは動いているのか?
でも、ぼくが想像したものとは程遠い動きだ。
「どうかしたの?ジェイミー」
おっかしいなと風車を振っていると、漸くひと息ついたらしいカシムが来た。
「うぎょきゃにゃい」
いやあ、カシム。
動かない、って言っているつもりなんだけど、分かる?
「動かない、って風車が?」
「う」
そうなんだよ。
ここは船の上で、その船はもう、波の上をすべるように走っているし、ぼく自身は風を感じているというのに、だ。
風車は、動こうとしない。
この不思議。
「ジェイミー。あれを見てごらん」
「う?」
世界の七不思議かもしれない、などと思っていると、カシムが何かを指さした。
「ひょ」
カシムよ、帆がどうした?
まあ、見事に風をはらんで、ぐいぐい船を導いてくれているけれども。
「そうだね、帆だね。じゃあ、港ではどんな形だった?」
「だらん、ちてた」
風をはらむ前の帆は、当然、今みたいな形状ではなかったと言えば、カシムが頷いてくれる。
「その通り。だけど、今は違うよね?どうして、あんな風に膨らんでいるの?」
「そえは、かじぇを、うけて・・・・うぅ?」
そこでぼくは、何となく引っ掛かりを覚えた。
帆は、風を見事に受けている。
んん?
ぼくの、風車との違いは何だ?
高さ・・だけじゃないよな?
「そうだね。帆は、風を受けてはらんでいる。ジェイミーが持っている風車は?」
「ちじゅか・・うぎょきゅ、しゅこしらけ・・・」
静かで、動きは少しの風車・・・ちょっと待てよ。
今ぼくは、進行方向に向いて、立っている。
当然、風車もそちらを向いている。
では、帆が風を受けている、その方向は?
「ああ!しょっか!」
そうか、そうか、風は後ろから受けるのかと、ぼくは慌ててくるんした。
「おおおお!」
途端、風車が勢いよく周り出し、鮮やかに色を、そして華やかに音を放ち始める。
「ジェイミー!荷物にぶつかったり、転んだりしないように気を付けて!」
「あい!」
この風を受けながら走ったら、更に輝くに違いないと確信したぼくは、すぐさま走り出した。
後ろから心配そうなカシムの声が聞こえ、それでもぼくを止めたり叱ったりすることなく、自分も付いて来てくれているのが分かる。
ありがとうな、カシム。
そして、大丈夫だ。
絶対に、働いているひとの邪魔にはならないようにするから!
本当は、広いとは言え、甲板を走ったりしない方がいいとは思う。
人もいるし、荷物もあるうえ、万が一でも海に落ちたら危険すぎる。
でも、それが分かっていても、高い縁に囲まれた広い場所を走るなという方が無理である。
あの高さの縁があれば、滅多なことではぼくは落ちない。
それに、カシムが居る。
絶対の安心感のなか、広く長い甲板を、ぼくは、目いっぱいの笑顔で駆け抜けた。
ブクマ、評価、ありがとうございます。