四十六、捜索 〜クラプトン伯爵夫妻視点〜
「アレックス。ハロルドは何て?」
焦る気持ちを抑える術も持たないまま、クラプトン伯爵夫人ブラッドは、夫の手元を覗き込んだ。
「ああ。今日こそは、良い知らせであれ」
そして、手紙を開くアレックスも、幾度となく落胆した過去を越え、今日こそはと、実弟であり、誰より信頼するハロルドからの手紙に目を通していく。
アレックスとブラッド、ふたりの末息子であるジェイミーが、クロフォード公爵家の侍従コリンによって拉致され、行方不明となって、早くもひと月を迎えようとしていた。
その間、クラプトン伯爵家が有する貴族としての伝手、商人としての伝手だけでなく、クロフォード公爵家の伝手をも広く、惜しみなく使っているにも関わらず、未だ芳しい報告は無い。
母であるブラッドは、今日もその麗しい顔に陰りを浮かべながら、各地から上がって来る報告書を、夫であるアレックスと共に確認しているところで、追加で届けられたそれを、落ち着くことなど出来ない気持ちのまま、両手を組み合わせて、希望の証のように見つめていた。
「っ!」
「アレックス?どうしたのです?何か、良くないことが?まさか、ジェイミーの身になにか!」
その手を突然握られ、ブラッドは何かよくない知らせなのかと、不安に駆られて思い切り握り返しながら、アレックスの顔を凝視する。
「・・・《ジェイミーを保護していると思われる家と接触した。現在、詳細を問い合わせ、連絡待ち》・・・ブラッド!」
緊急連絡用の封書で来たそれに目を通したアレックスの瞳に強い光が宿り、その手紙を渡されたブラッドもまた、興奮気味に、踊るように記された文字を追う。
「本当だわ!ああ、アレックス!ジェイミーは、無事なのね!」
これまで、目撃情報のひとつもなく、夢でしか会えなくなったジェイミーの身を、案じることしか出来ずにいるブラッドの目に、涙が光る。
「ああ。何処に居るのか、どうしているのか・・・ともかく、連絡があり次第迎えに行けるよう、直ぐに準備をしよう」
浮き立つ気持ちのまま、アレックスは立ち上がり、ブラッドを促した。
「ええ。それで、ハロルドは?今どこに居るの?」
伯爵であり、領主であるがため、自由に動けないアレックスに代わり、世界中を飛び回って商会を動かしているハロルドは、ブラッドにとっても義弟という以上に頼もしい存在。
「今は、セパアラ王国にいるらしい」
「そうなのね。セパアラ王国。結構な距離だわ。でも、ジェイミーが居るとなれば、行くの一択よね。上の子たちも大きくなっているから、大丈夫でしょう・・・ええと、まず必要なのは、出国の手続きと入国・・セパアラ王国へ行くためには、途中のヘリセを通る許可も必要ね」
いそいそと話すブラッドの声にも張りが戻り、アレックスは安堵してその肩を抱き寄せた。
「その前に、クロフォード公爵に連絡をしなければ」
「そうね。随分色々と、多方面にわたって融通してくれたもの」
ジェイミーを攫ったのがクロフォード公爵家の侍従であったことから、複雑な感情があることも否めないふたりではあるが、侍従を裏で操っていたのは国王と第一王子だったとうことも既に判明しており、クロフォード公爵家に禍根を残すべきではないとの考えも有している。
何より、一伯爵家では、王家に相対することなど出来ないが、クロフォード公爵家が味方となれば、話は違う。
クロフォード公爵アレンは、国王の義弟であり、今もって国王にと押されるほどの実力者とあって貴族内での人気も高く、王家と対抗できる唯一の貴族家、人物と言っても過言ではない。
「旦那様。追加のお手紙でございます」
そこへまた、ハロルドから緊急連絡用の手紙が届き、それを見たふたりは、一気に青ざめて顔を見合わせた。
《マグレイン王国の王家が、秘密裡にジェイミーを探しているとの情報あり》
「あなた・・アレックス」
「ああ。ブラッド。私たちが下手に動けば、ジェイミーの居所を知らせる結果となり、王家の思うつぼと言うことだな・・・どう対処していくか、クロフォード公爵に、急ぎ面談を申し込もう」
未だ、表立って裁くには至っていないとはいえ、否、だからこそ、そんな王家がジェイミーを探す理由などひとつしかないと、アレックスとブラッドは唇を噛み、強く拳を握り締めた。
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