四十五、家族のうた。
「じゃっぱーん!」
無事、港町チゼンネに着いたぼく達は、離宮で少し休憩してから、街の散策へと繰り出した。
まずは、自然豊かな場所からと、カシムはぼくを海に連れて来てくれて、生まれて初めて見る、大きな岩や洞窟に目を輝かせたぼくは今、岩場に打ち寄せる波に大興奮の真っ最中。
「じゃっぱーん、しゅごい!うみ、はじゅめて!」
この旅で、何度初めてを体験しただろうと思いつつ、ぼくは、空中に巻き上がった白い波飛沫を目で追った。
「私も、海は久しぶりだ。ね、ジェイミー。今度は、もっとゆっくり出来る時に来て、海にも入ろう」
「う!」
それはいいな!
約束だぞ、カシム!
「ここから船に乗って、向こうに着いたら馬車での移動が始まるから。この街で、少しゆっくりしてから、出発しようね」
「う!」
本当は、すぐにも出発したいけど、色々用意もあるしということで、そこはぐっと我慢だ。
「うみ、むこう、おうち」
「そうだね」
「おふね、から、ばちゃ、で、おうち!おふね、おりゅてかりゃ、あちたかにゃ、そのちゅぎかにゃ」
この向こうに、生まれた国があると思うと泳いででも行きたくなって来る。
一度は我慢と思えたのに、逸る心は、抑えがたい。
幼児だからか?
「あー、ジェイミー。お船を下りてから、もう少し時間がかかるかな」
「ふぇ?」
うきうきと、その場で足を動かすぼくに、カシムが困ったように声をかけた。
「マグレイン王国、ジェイミーの生まれた国に行く前に、ふたつ、国を通らないといけないから」
「あー」
そっか。
海の向こうは、マグレイン王国もある大陸があるって聞いただけで、なんか、すぐに帰れる気になっていた。
「今度は馬車で、一緒に旅をしようね」
「う」
『馬車の旅も、きっと楽しいよ』と言ってくれる、カシムの目と声が優しい。
「しょっか・・らから、じゅんびゅ、いりゅ」
「当たり。こちらにしか、無い物もあるからね。しっかり、用意しておかないと」
国が違うと、当然生活様式が違うだろうし、そうなると必需品も違うんだろうなと、ぼくはカシムを見た。
それに、そうだよ。
国を移動するんだから、入国の審査とかもあるに決まっているじゃないか。
うっかりしていたな。
ということは、今のぼくの身元保証って、どうなっているんだろ。
カシムが、っていうか、サモフィラス王家が何とかしてくれているんだろうな。
「かちむ」
「なあに?ジェイミー」
「あっちの、おくに、じぇいみぃ、いいよ・・あいがと」
海の向こうにあるのだろう国を想定し、指をさして言ったぼくを、カシムは目を瞬かせて見つめる。
つ、伝わらなかったか?
ぼくの入国手続き、ありがとう、なんだが。
「んと・・・じぇいみぃ、どこのこ?わかない、けろ・・かちむ、と、かちむのちーうえが、んと」
「ああ!あちらの国への入国のために、ジェイミーの身元保証をありがとう、ってこと?」
「う!」
やった、伝わったと喜ぶぼくを、カシムは感慨深そうに見た。
「ジェイミーは、本当にしっかりしているね。入国の心配が出来るなんて。でも、大丈夫だよ。これから行くセパアラ王国のイデラ領とは、貿易もしているし、領主のアベイタ伯爵とは、幾度か会ったこともあるから」
話は既に通してあるから大丈夫と、カシムは何とも力強く頷く。
「あーと」
そっか、貿易相手か。
てことは、もしかして、カシムには王族として挨拶しなくちゃいけない場面とかも、この先はあるんだろうな。
何と言っても、他国に、王子が行くことになるんだから。
お忍びとしても、国を通るだけだとしても了承が必須だろうと、ぼくは、ひとりうんうんと頷く。
そして、それとは別に、ぼくは期待していることがある。
それは、父様や母様が、どこかまで迎えに来てくれるのではないか、ということ。
ぼくの家に着く前に、どこかの街で会えると、半ば本気で信じている。
なんといったって、ぼくをとっても大事に思ってくれている、父様と母様だからね。
それに、もしかしたら、兄様達も来てくれるかもしれない。
そう思うと、ぼくは踊り出したくなってしまう。
とはいえ、父様と母様が出国するのに、どんな許可が必要なのか、そして、マグレイン王国の国交がどうなっているのかなんて、ぼくは、ちっとも知らないのだけど。
期待する気持ちは、とどまることを知らない。
「あ、あ、あーうえ、ち、ち、ちーうえ、にいに、にいに、にいーに」
気持ちが昂るまま、ぽんぽん跳びながら歌ったら楽しくなって、調子に乗ったら、すべって転がりかけた。
危ない。
岩に激突するところだった。
「かちむ、あーと」
「どういたしまして」
そして、安定のカシムに支えられ事なきを得たぼくは、足は弾まないよう、地面から離れないようにしながら体を上下させて、また歌う。
「あ、あ、あーうえ、ち、ち、ちーうえ、にいに、にいに、にいーに!」
ああ。
早く会いたい。
ぼくの家族。
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