四十四、七色の魚。
照りつける太陽と、どこまでも続く砂の海。
そんな場所を、駱駝の列は、迷うことなく進んで行く。
「みち、ない。わかりゅ、しゅごい」
「ああ。そうだね。砂漠には、道が無いからね。慣れないひとには、無理かな」
「う」
ここで遊びに夢中になって迷子になんてなったら、即乾いて干物になりそうだと、ぼくは改めて、しっかり籠の縁を持った。
「大丈夫だよ。たとえジェイミーが籠から抜け出したとしても、見失ったりしないから」
「うう。おねぎゃ、ちまち」
そこはもう、本当によろしくと、ぼくは振り返ってカシムに頭をさげる。
「うん。任せて」
「くふふ」
ぽんぽんと優しく頭を叩かれて、くふくふと笑ったぼくは、再び前を向いて砂の海を見つめた。
やがて昼休憩、そして出発と、既にして慣れた感覚でいたぼくの前に、再び塔が現れる。
「ジェイミー。あの塔から、チゼンネという港街に行くんだよ。そこが、ここガウディウム大陸の一番端の国で、そこから海を渡った先はもう、グラティアス大陸・・ジェイミーが生まれたマグレイン王国もある大陸だよ」
「おうち・・・!」
もう少しで、本当に家に帰れると、ぼくは、わくわくと魔法陣の塔を見上げた。
瑠璃石で飾られていた最初の塔と違い、今度は何やら赤い石で飾られている。
「あえ・・あにょ、あきゃい、いち。にゃに?」
「ん?あの石は、柘榴石だよ。最初の塔の瑠璃石も、ここの柘榴石も、魔女の拘りらしい・・・まあ、きれいではあるよね」
複雑な感じで苦笑するってことは、カシムとしては『この装飾必要か?』って気持ちなのかもしれない。
「また、ひあひあ、きあきあ、ちょう!」
でも、観光気分のぼくとしては、違う塔を見られるのは嬉しいし、またあの幻想的な場面に行き会えるのも楽しみだと両手をあげた。
「ジェイミー。そんなジェイミーに、残念なお知らせだ」
「う?」
心底残念そうに言うカシムに、ぼくは何事かと首を傾げる。
「あの塔に、ひらひら、きらきらの蝶はいない」
「うう!?なんれ!?」
小さく息を吐き、悲壮な顔でそう告げたカシムに、負けず劣らずの悲壮感をもって聞いたほくは、次の瞬間、カシムが楽し気に笑うのを見た。
お、この顔。
カシム、何か企んでいるな。
「ひらひら、きらきらの蝶はいないが・・別の仕掛けは、ある」
「う!なんらろ」
カシムが、何かを企んでいるのは分かる、そしてそれが、この塔に関することだということも分かるが、当然、内容までは予測できない。
一体、何だろう。
あの塔の仕掛け。
うーん。
考え込むぼくを見て、悪戯が成功したかのように、くすくすと笑うカシム。
「なんだろうね。行けば分かるよ」
そりゃそうだろう!
もう、カシム!
その笑い、やめろ!
くすくすが、楽し気なにやにやになっているからな!
「かちむ、にあにあ。たのちしょう。ぷんぷん」
ぼくを揶揄ってたのしいかと、ふんっ、と拗ねたぼくにも動じることなく、カシムは安定の手綱さばきで、駱駝を歩かせて行く。
「駱駝の旅も、今回は、もう終わりだよ。ジェイミー」
「あー。しょっか。たのちかった!」
初めてのことばかりで、本当に楽しかったと心から言ってカシムを見たぼくは、ついさっきまで拗ねていた事実を思い出した。
まあ、いっか。
ぼくは、過去を振り返らない男だ。
「・・・・・わあ。なんれ?」
ぼくは、否、ぼくたちは今、水のなかに居る。
突然何の話だと思うだろうが、それが現実で、歴然たる事実だ。
つまりこれが、柘榴石の塔のからくり。
「ふふ。不思議だね、ジェイミー」
そして、水のなかなのに呼吸が出来、話も出来てしまう不思議。
柘榴石の塔も、入る時は瑠璃石の塔と同じで、カシムが何かを翳した。
だからぼくは、またいきなり塔の上階にいて、壁なのに景色が見えて、っていう状況を予想していたのだけれども。
ひらひら、きらきらの蝶はいないどころか、まさかのいきなり水の中とか。
でも、何か膜みたいなのの中に居るのか、全然苦しくない、っていうか普通。
しかも、駱駝部隊全員。
「ね、ジェイミー。ここはここで、きれいだと思わない?」
「う。きえい、おもう」
確かに、凄くきれいだ。
ぼく達の居るところも、その周りも、やわらかな光があって明るい。
そして、周りには確かに水がたゆたっているし、そこには、七色に光る泡がぽこぽこ漂っていて、なんとも不思議な光景が広がっている。
「ん・・ちょ」
流石に外・・砂漠の景色は見えないだろうが、水とぼくたちを隔てている何かに触ることはできないかと、ぼくは手を伸ばした。
「なに?ジェイミー。もしかして、あれに触ってみたい?ちょっと待ってね」
触ろうと手を伸ばしたものの、ぼくの短い手では到底届かず、その動きに気付いたカシムが、すうっと駱駝を滑らせる。
「ふぇ!?」
えええ!?
今、何があった!?
駱駝、歩かず滑ったけど!?
「ほら、触ってごらん」
驚くぼくの目の前で、カシムが、水とぼくたちを隔てる何かに触れると、そこがぶよんと動いた。
「わ!おもちりょい!」
その動きが楽しくて、ぼくもぼくもと手を伸ばし、カシムにだっこされるようにして、触ってみる。
「ふよふよ・・ぷりゅっぷりゅ」
楽しい、楽しいと笑ううち、漂っている七色の泡が段々と細かく、数も多くなってきた。
「そろそろかな」
「にゃに・・・っ!わあああ」
カシムがそう呟き、何がと呟きかけたぼくの前で、七色の泡が、七色に煌めく魚に変化した。
おお、壮観!
見事な虹色の世界!
一瞬でぼくたちは七色の魚に囲まれ、そしてそのまま転移した。
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