四十三、壊れた魔道具
「あえ?なんれ?」
ヘザンに着いた翌日。
ぼくは、昼近くまでぐっすりと眠った後、ごはんを食べて歯を磨いてもらって、いつものように光が出る魔道具で遊ぼうとして、躓いた。
何故か、光が出ない。
いつもなら、きれいな光を放つその箱は、いくら触れても沈黙したまま、ちんまりとぼくの前に収まっている。
え!?
どうしたんだよ!?
あの森で、力任せにぶっ叩いても無事で、ぼくをカシムと引き合わせてくれたじゃないか!
いや、まさか、むしろそれが原因?
あの時の無理がたたって、寿命が短くなってしまったのか?
「なんれ、なんれ」
焦って呟きながら、ぼくは箱を叩いてみたり、開いて中を覗いてみたりもしたけど、一向に光を取り戻す気配はしない。
「故障でしょうか」
「うう。こわりぇた」
傍にいてくれる侍従さんも困ったように、ぼくと光らなくなった箱を、交互に見つめている。
「修理に出す、といっても、殿下とジェイミー様は、明日までしかこの街に滞在なさいませんし、その短時間で直せるかどうか・・・もしよろしければですが、対策として、修理に出しておいて、後でお届けするということなら、出来ますが」
「うう」
考え込む侍従さんの言葉から察するに、魔道具は壊れたら修理に出すのが一般的らしい。
でも、この魔道具おもちゃは、兄様達が作ってくれたんだよな。
だったら、その兄様達の弟であるぼくに、直せたりしないか?
・・・ええと。
この魔法陣で、光るようになっていた筈だから。
もしかして、これを描き直したら、また光るようになるのか?
仕組みはよく分からないけど、出来ることはやろうと、ぼくは紙とペンを用意してもらい、見様見真似で魔法陣を描く。
かるたのお蔭で、図柄や意味は覚えていても、それを描くとなるとまた別の難しさ、楽しさがあって、ぼくはあっというまに夢中になった。
「こえで、よち」
少々いびつではあるが、魔法陣を描き終えたぼくは、大満足でそれを元の魔法陣の上に張り付けた。
「・・・・・らめか」
しかし、光るはずの箱は、しんと静まり返ったまま、何の反応も示さない。
やっぱり、いびつなのがいけないのかと、もう一度描き直すも、光る筈の箱は海の沈黙。
それならばいっそのことと、音が出る魔法陣に変更してみたり、光るだけでなく、音の出る魔法陣も組み合わせてみたりと、色々試してみたけど、やはり箱が反応することは無かった。
「あああ・・らめ」
「ジェイミー、ただいま。何をしているの?」
幾度目かの失敗に肩を落としていると、仕事だと言って出かけていたカシムが帰って来て、そのまま真っすぐ近づくと、ぼくの手元を覗き込んで来る。
「こわりぇた」
しょんぼりと箱を差し出して言うと、カシムが目を見開いた。
「壊れたから、魔法陣を描き直して直そうとしたの?」
「う。らめらったけろ」
はあ、と沈黙する箱を撫でて言えば、カシムがぼくの頭を撫でてくれる。
「凄いね、ジェイミー。壊れたから直そうとするの、偉いよ」
「れも、らめらった」
直そうとしたけど直せなかった、としょんぼり訴えれば、カシムが優しい笑みを浮かべた。
「うん。ただ描いても、それはただの絵だね。魔法陣としては、作用しない」
「うぅ」
カシム。
優しい、慈悲深い笑みを浮かべて、はっきり切り捨てるなんて、ひどすぎる。
『そりゃ、ぼくは無能ですよ。兄様達とは違いますぅ』なんて拗ねて、ぼくは、箱を抱き締め転がった。
決めた。
いじけ芋虫になってやる。
「ジェイミー。魔法陣を作用させるにはね。魔力を込めながら、描く必要があるんだよ」
「ふぇ?」
「やってみるから、見ていてね」
「う!」
なんだ、ぼくを見捨てたわけではなかったのかと慌てて起き上がり、カシムの手元を見つめる。
「ふおおお」
すると、カシムが描く魔法陣は、ぼくのと違い、描き始めのその時から、きれいな光を帯びていた。
「きえい」
そして描き終えると、魔法陣の光は煌めきを残して消えていく。
「ジェイミーも、やってみる?」
「う!」
そうか、そうだったのかと、ぼくは張り切ってペンを持ち、魔力を込めて魔法陣を描こうとして、撃沈した。
ペンに魔力を流すことは出来ても、それを魔法陣に生かすことが出来ない。
「なんれ?」
ペンを握るぼくの手は、確かに光を放っている。
そして、ペンも暫くはその光を維持している。
つまり、ぼくの魔力をペンは受け止めているのに、それが魔法陣に反映されることはない。
「凄いな、ジェイミーは。ペンに魔力を宿すことだって、難しいのに。毎日練習すれば、作用する魔法陣も描けるようになるよ。でも、未だ小さいから、少しずつね」
「う」
カシムの説明によると、魔道具を動かすことは、万人が出来るように設計されているらしいけど、今回のように魔力を宿す、物質に魔力を蓄えさせるというのは難しいらしい。
え。
うちの兄様たち、凄すぎないか?
そして、兄様達同様に優秀なカシムの指導のもと、地道な努力を始めた凡人のぼくは、改めて非凡な我が兄様たちを思い、胡乱な目になってしまった。
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