四十二、魔法陣塔
「ジェイミー。具合悪い?頭、痛くなった?」
「う?」
気づけばぼくは、本当に頭を抱えていて、カシムが心配そうに覗き込んで来た。
「んん!らいじょうぶ」
「本当に?無理していない?」
「ちてない」
「熱は、無いみたいだけど・・・未だ小さいから。砂漠の旅が辛かったのかな」
ぼくが大丈夫だと言っても心配らしく、カシムは、ぼくの額や首に手を当てて、確認し、首を傾げている。
「ねちゅ、ない。じぇいみぃ、げんき。たら、たくしゃんのちと、ごめにゃ、おもた」
「ただ?たくさんのひと、ごめんなさい?ジェイミー、どういうこと?」
しょんぼりと言うぼくに、カシムが柔らかな表情で問うた。
それは、意味不明なことを言うぼくを責めるのではなく、分からないから教えてという雰囲気で、その優しさに、ぼくは胸があたたかくなる。
「じぇいみぃ、おくりゅにょ、たくしゃんの、ちと」
「うん?ジェイミーを送るために、たくさんの人が動いているから、それで、ごめんなさいってこと?」
「う!」
そう、その通りと力強く頷けば、カシムが、ぽんぽんとぼくの頭を優しく叩いた。
「あのね、ジェイミー。私の国とジェイミーが生まれた国は、これまでお友達じゃなかったんだ。でも、ジェイミーと私が出会ったことをきっかけに、これからは仲良くしたいねって、私の国では決まった。だからね。実は今回、私は、それを伝えに行く役割も担っているんだよ」
「う?なかよち?」
「そう。仲良しになれるよう、ジェイミーも一緒に頑張ってくれる?」
「う!ぎゃんびゃる!」
それって、マグレインとサモフィラスの国交を開くってことだよな!
そっか。
ぼくとカシムが行ったり来たりするためにも、それは大事だよな。
そうしないと、そもそも移動の魔法陣を敷くなんて出来ないだろうし。
よし!
頑張るぞ!
「ありがとう、ジェイミー」
「あーと!かちむ!」
すっかり前向きな気持ちになって、ぼくは満面の笑顔でそう言った。
単純且つ切り替えの早さも、長生きの秘訣だ。
たぶん。
「殿下。揃いました」
駱駝が次々と到着し、整列していくのを見ていると、やがてナスリさんがするすると出て来て、カシムにそう告げた。
「分かった。では、行こう」
ひとつ頷きを返したカシムが、真っすぐ塔へと向かう。
え!?
ちょっと、待て!
壁に向かって行ってどうする!
「かちむ!かびぇ、どん!ちる!」
どう見ても、出入口どころか窓もない、瑠璃石が美しい壁に向かって進むカシムに、ぼくは慌てて声をかけた。
しかもみんな、当然のように駱駝ごと入ろうとしているけど、この塔、そんなに広さないだろ。
いや。
だけど、そうすると駱駝はどうやって移動するんだ?
「大丈夫だよ、ジェイミー」
「れも!」
いやいやいや、大丈夫じゃないだろ。
駱駝問題もあるし、大体がして、向かっているのは壁だぞ?
「見ていてね」
「う?」
焦るぼくに、にっこり笑いかけたカシムが、何かを壁に翳した、と思った時には、中に吸い込まれていた。
いや、表現おかしいだろってぼくも思うけど。
本当にそんな感じで、他に言い様が無い。
すうっ、って吸い寄せられる感覚があって、次の瞬間には、どこかの部屋にいた。
もちろん、駱駝ごと。
「ほおお」
見れば、他の人たちも全員、駱駝ごと同じ場所に居る。
そして、ぎゅうぎゅうと圧迫した感じは、まったくない。
「びっくりした?」
「ちた。びっくい」
ぼくたちが吸い込まれた部屋はほんのり明るくて、壁には、たくさんの色がぼんやりと光っている、と思ったら、その光が少しずつ濃さを増して花の蕾になった。
「ジェイミー。お外も見てみる?」
そして、ぽわんっ、と光の花が開いていく幻想的な風景を、ぽけっと見ていたぼくにそう声をかけると、カシムは壁へと駱駝を寄せる。
「おしょと?」
いやあ、カシム。
そこは壁であって、窓ではないと思うが。
どう見ても壁。
光の花が開いて行く、幻想的な風景を見せてくれているとはいえ、壁は壁。
外を見ることは叶わないのではと思うぼくの前に、星空が広がった。
「わっ!」
壁だった所に星空が見えて、ぼくは驚き仰け反ってしまう。
それに、ぼくたちの居る塔が淡い光を放って、砂漠を照らしているのも分かる。
「うわああ」
さきほどまで居た砂漠を遥か眼下に眺め、感嘆したぼくは、はたと気づく。
「なんれ?」
だって、可笑しいだろう。
砂漠の塔に入っただけで、こんな高い所に来るとか、どんな原理だよ!?
「誰でも自由に入れてしまったら、悪いことをする人も出て来るだろうからね。きちんと管理されているんだよ」
「う・・んん?」
「ふふ。じゃあ、行こうか」
『悪用されないよう、塔は管理されている』という説明だけでは、この不思議な現象・・壁なのに外が見えるとか、いきなり高い場所に居たとかの不明は解き明かされない、と思うけど。
「ふおおおお!」
カシムが、ひらりと手を動かした、その動きに合わせるように、壁に咲いた光の花が蝶となってひらひらと舞う姿に、ぼくは完全に意識を持って行かれた。
凄い!
圧巻。
それに、凄くきれいだ。
「ひあひあ・・きえい」
美しい、様々な色の光の蝶に囲まれ、感動のままにカシムを振り返ったぼくは、そこに、光の蝶という幻想的な場面に、自然に溶け込んでいる王子を見た。
流石カシム。
絵になる。
眼福。
今日も幸せをありがとうと、ぼくは、その姿をしっかり目に焼き付けた。
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