四十一、魔蠍はあるけど、お餅は無い。
「ジェイミー。熱いから、気を付けてね」
「う・・・うう」
巨大な魔蠍を倒した後、お昼休憩にしたぼくたち。
そしてぼくは今、そのお昼ごはんのおかずの一品を前に固まっている。
いや、いい匂いはしているんだけどさ。
まさか、魔蠍を食べるとは思わなかったんだよね。
あれって、毒があるんじゃないのか?
「あれ?気に入らないかな?ジェイミーは、魔蠍を食べるの初めて?」
「う。はじゅめて」
「そっか。嫌かな?」
困ったように首を傾げるカシムに向かい、ぼくも首を傾げる。
「いあ?・・わかない・・けろ・・どく?」
解体されているから、見た目は魔蠍って分からなくて、まあ、何か甲殻類のから揚げ?みたいな状態だし、他のテントでは騎士さん達が盛り上がって食べている声が、ここまで聞こえて来るから、ごちそうらしいことは分かるんだけど、やっぱ気になる。
ほら、ぼくちっこいから、ほんの些細なことが致命傷になる気がするんだよね。
カシムがそんなこと、するはずないって思ってもいるんだけど。
まあ、なんだ。
要は、臆病ってことだな、うん。
長生きの秘訣だ。
「ああ、なるほど。ジェイミーは、本当に賢いね。確かに普通の蠍も魔蠍も毒を持っているけど、針で刺されて体内に注入されなければ・・・そうだな、刺されなければ、毒が体に入ることは無いから大丈夫だよ。それにこれは、きちんと熱処理もしてあるから、無害だ。安心して、食べていい」
「ほお」
そうなのか。
じゃあ、安心だな。
なら、ちょっと食べてみるか。
さっきから、いい匂いしているし。
お腹空いたもんな。
どれどれ。
「あ・・おいち!」
どんな目線だよ、って言いたくなるような、偉そうな気持ちで魔蠍のから揚げを食べたぼくは、自分のその態度を心から悔いた。
だって、美味しい。
とても、おいしい。
「気に入ったみたいで、良かった。砂漠ではね、貴重なたんぱく源なんだよ」
「しょっか。かちむ、しゃしょり、しゅき?」
「うん。実は、好物なんだ。だから、ジェイミーが気に入ってくれて、とても嬉しい」
そう言って、にこにこ笑うカシムは、本当に幸せそうに魔蠍のから揚げを食べている。
そうしていると、何だか少し幼く見えて、ぼくは、さっきの、魔蠍との戦闘で見せた凛々しさとはまた違う、カシムの魅力を見た気がした。
「少し時間は押したけど、このくらいなら問題ないから、予定通り魔法陣塔まで進んでしまうね」
お昼ごはんの後、ぼくを籠に入れながらカシムがそう言った。
「う。わあった」
「ちょっと到着は遅くなるから。眠くなったら、寝てしまっていいよ」
「う」
籠に入って運んでもらうだけのぼくは、自由気ままな旅人。
予定が押そうと、どう変わろうと、駱駝を操ってくれているカシム次第なのであるから、何を思うこともなく、こくりと頷いた。
ああ、いや。
ひとつだけ。
今日は、星を観ても泣かないようにしないと。
「・・・ジェイミー。魔法陣塔が見えて来たよ」
「う?」
カシムにそう声をかけられたのは、ぼくが月に見惚れている時だった。
月がきれいだなあ。
月と言えばうさぎ、うさぎと言えば餅つき。
ああ、お餅食べたい。
「うう!?」
などと思っていたぼくは、前方を見て目を見開いた。
なんか、きらきら輝いている建造物があるんですけど!?
あれが、魔法陣の塔ってこと!?
「塔の壁面に、瑠璃石を嵌め込んであるんだよ。月明かりに輝いて、きれいだね」
「うう!きえい!あお!」
月明かりに照らされたその瑠璃石の塔は、神秘的な趣で、ぼくは身を乗り出して見つめてしまう。
「ジェイミー。そんなに夢中になってくれて嬉しいけど、落ちないようにね」
「う!あいがと」
あまりに夢中になるあまり、籠から転がり出そうになったぼくが、あわあわしかけたところで、素早くカシムが捕まえてくれた。
ありがとう、カシム。
いつも、すまない。
「あの塔の魔法陣は、ヘザンという街に通じているんだ。ヘザンにも離宮があるから、今日はお風呂に入れるよ」
「おふりょ!」
たかが一日のことなのに、何だかお風呂がとっても恋しいのは、砂のなかを旅しているからなのか。
いや。
休憩の時に、ちゃんと洗浄の魔法かけてもらっているんだけどさ。
気持ちの問題だな、うん。
「ジェイミー。みんなが揃ってから入るから、ちょっと待ってね」
「う」
塔の前に駱駝を止めて、後方の人たちが追い付いて来るのを待つ。
一番先頭と殿を、護衛の騎士さん達が担ってくれていて、真ん中付近にカシムとぼく、ぼくとカシムの前後に侍従さん達、って感じの列だから、結構な数の人が移動している。
カシムは、第二王子だから、当然の人数で配置なんだろうな。
でも。
よく考えてみたら、その大事な王子様に送り届けられるぼくって、周りから見たら、有り得ないくらい迷惑で、王子様の手を煩わせるとんでもない子供なんじゃなかろうか。
うう。
有り得る。
ってか、そのまんまじゃん。
今更ながらの事実に気付き、ぼくは頭を抱えた。
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