四十、今はひよこのぼくだけど。
「ジェイミー。今日の夜には、最初の魔法陣塔に着く予定だよ」
「う。わあった」
今日も今日とて、カシムの操る駱駝の背・・に括り付けられている籠に入って移動中のぼくは、何気なく話してくれるカシムの顔を見ることなく答えた。
だって、恥ずかしいじゃないか!
昨日は、星を観ているうちに家族が恋しくなって、べそべそえぐえぐ泣いてしまったんだぞ?
そのうえ、それに対するカシムの漢前ぶりが何とも素晴らしく、ぼくは余計に落ち込んだのだ。
・・・・・とはいえ、晩ごはんも朝ごはんも、しっかり食べたけど。
「ジェイミーは、魔法陣塔を見るのも初めて?」
「う。はじゅめて」
塔というからには、細長くて高い建物なんだろうなとは思うけど、それ以上のことは想像が付かない。
ああ、後、塔の中は殺風景で、吹き抜けの部屋がひとつだけあって、その床の中央に光る魔法陣があるのかな、くらいか。
だって、移動のための塔なんだろ?
「ふふ。楽しみにしておいで」
「たのちみ?」
はて、魔法陣塔を楽しみにするとは?
もしや、子供も喜ぶ、びっくりからくり施設でもあるのか?
遊園地のように遊具があるとか、見晴らしが素晴らしいとか?
あ、見晴らし。
そっちだろうな。
なんだよ、びっくりからくり施設って。
考えたの、誰だ。
・・・・・ぼくか。
「ジェイミー。お茶を飲んでね」
「う」
カシムは、こまめに水分を補給させてもくれるから、お蔭でぼくは脱水症状を起こすこともなく、元気に砂漠を旅出来ている。
ありがとう、カシム。
「かちむ。あーと」
渡されたお茶をこくこく飲みながら、ぼくは、今日も観光気分で砂漠を眺める。
凄いよな。
砂の海、って感じで。
風で砂が流れてきれいだし、なんか、砂丘も見えるし、あそこなんて、砂がぼこぼこして、まるで生きているみたいな動きで面白い。
あれも、風か?
「かちむ。あしょこ、しゅな、ぼっこぼこ」
「っ!ジェイミー、よく見つけた!偉いぞ!」
「ふあっ!?」
ぼくが指さす方を見たカシムは、一瞬で表情を引き締めると、手綱を強く握って、声を張る。
「魔蠍だ!戦闘態勢を取れ!」
カシムは、そう叫ぶと同時に、ぼくを籠の奥へ押し込んだ。
「ジェイミー。そこで、じっとしているんだよ」
その言葉に、ぼくが返事をするより早く、カシムは籠に蓋をしてしまう。
なっ。
何が、どうなっているんだ?
籠のなかは、狭くはない。
ぼくひとりくらい、余裕で寝転がれる、んだけど落ち着かない。
「砂に足を取られるな!地上へおびき出せ!」
カシムが何やら指示を飛ばし、何かが激しく動く気配がし始めた。
それが、護衛の騎士さん達なのか、魔蠍なのか分からなくて、ぼくは、籠の外が見えたりしないかと、じっと目を凝らしてみる。
・・・・・駄目だ。
全然、外が見えない。
一見普通の籠なのに、やっぱり普通の籠ではないのだろうなと思う。
だって、編み目はあるのに、風を感じない・・つまりは砂が入ることも無ければ外も全然見えなくて、でも明るさはあって息苦しくも無いなんて、何か仕掛けがあるに違いない。
それにしても。
暗くはないから、そこまで閉塞感は無いけど、外が気になって仕方がない。
カシムは、ぼくの安全のために、蓋をしたに違いないのだけど・・・ちょっとだけ、ほんのちょっとだけなら、見てもいいよな?
「ん・・ちょ」
少しの間だけ、のぞき見するだけだからと自分に言い訳をして、よいしょと籠の蓋を持ち上げ頭に乗せたぼくは、少しだけ顔を出した。
目が、籠の縁に来るくらい、ほんの少し。
げっ、くじら!?
巨大海老!?
そして、目の前に現れたそれを見て、思わず、記憶のなかの何かが叫ぶ。
ぼくが見たもの。
それは、何か巨大な生物の腹だった。
そして、うねるように体を捻ったそれが、頭から砂に潜り込もうと蠢く。
その時に見えたのは、鋭い足としっぽ。
あれが、魔蠍。
呆然とするぼくの後ろで、カシムが何か魔法を飛ばし、魔蠍が完全に砂に潜り込むのを阻止する。
そしてすかさず追撃する護衛の騎士たち。
凄い。
あんなに、大きな生き物と闘うなんて。
魔蠍は、とてつもなく大きく、その足の先は一本一本が、太い針のようにとても鋭い。
そして、しっぽたるや、巨大な剣のようで、少し触れただけで、ぼくなんて真っ二つになること間違いなしだと思う。
そんな魔蠍相手に、カシムも騎士たちも、怯むことなく立ち向かう。
「ふおおお」
ぼくを乗せているからか、カシムが突撃することは無いけれど、剣を構える姿はとても凛々しい。
「ジェイミー。危ないから、それ以上は顔を出してはいけないよ」
「う」
ちらりと後ろを見て、カシム格好いいなんて思っていたぼくに、カシムが苦笑してそう言った。
どうやら、こっそりのぞき見は、しっかりばれていたらしい。
でも、許可ももらったことだしと、ぼくは堂々と見学させてもらうことにした。
魔蠍は、幾度も砂に潜ろうとしては阻止され、大分荒れている様子。
そして、そのしっぽを振るだけで、砂が激しく動き、地面が揺れる。
そんななか、カシムは危なげなく駱駝を操り、適格に魔法攻撃を仕掛けていく。
その姿は、正に砂漠の戦士。
ぼくも、剣を習おう。
魔法も、もっとしっかり勉強しよう。
籠のなか、生まれたてのひよこのように蓋を頭に乗せながら、ぼくはそう決意した。
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