四、魔道具とアイス
「にいに・・こっ・・んっ・・んっんっ」
この世界は、不思議に満ちている。
特に、みんな普通に魔力を持っていて、魔法陣を扱う魔術や、生活にも取り入れられている魔法という存在は、ぼくに蘇った記憶では扱ったことが無くて、困惑の極み。
「どうした?ジェイ」
「んっんっ・・こっ・・こっ」
だから、色々聞きたいことがあるのに、相変わらず家族を呼ぶ以外鶏なぼくは、懸命に声を発して、ぱんぱんと手でその物を叩いたり、指さしたりして、教えてくれと意思表示する。
「ん?・・・ああ。これが何か知りたいのか。これは通信魔道具だ。ここに魔力を流して使うんだよ。遠くにいる人とお話しすることが可能ってことなんだけど、ジェイには未だ難しいかな」
「だったら、実際にやってみせればいいじゃないか」
「ああ、百聞は一見に如かずってことだな。それはいい」
『なるほど。電話みたいなものか』と思い、ぼくが、装飾の付いた木の箱にしか見えないそれをしげしげと眺めていると、困ったように眉を下げたカール兄様にクリフ兄様が提案して、そうかと明るい顔になったカール兄様に、よいしょと抱き上げられた。
「くふふ」
「ちぇ。ジェイってば、兄貴にだっこされんの好きだよな」
思わず笑顔になったぼくに、クリフ兄様が少し拗ねたように言うけど、申し訳ない。
確かにぼくは、カール兄様のだっこが好きだ。
八歳とは思えない安定感があるし、何より丁寧に優しくだっこしてくれる。
これがクリフ兄様だと、少々乱暴っていうか、雑?いや、不器用なだけなのかもしれないけど、落とされるんじゃないかって思って、しっかりしがみ付いちゃうんだよな。
まあ、クリフ兄様、未だ六歳だから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。
「それはクリフが『ジェイがしがみ付いてくれるから』なんて理由で、落とすかもって空気醸すからだろう」
え。
なに、その話。
「しょうがねえだろ。俺の服を必死に掴むジェイが、すっげ可愛いんだから・・ああ、ほら早く行けよ。ジェイに通信魔道具の使い方、教えてやるんだろ?」
「くく・・じゃあ、頼むな」
「はいはい、お任せ」
苦笑するカール兄様と、何となく気恥ずかしそうにしているクリフ兄様。
そんな兄様たちの会話にぼくが呆然となっているうち、カール兄様はぼくをだっこして、別の部屋へと移動した。
見れば、そこにもさっきの部屋にあったのと同じ通信魔道具が置いてある。
「じゃあ、使ってみるから見ていてね・・・まず、ここに魔力を流して・・・」
「ふあああ!」
魔力って色付きなのか!
それに何だ、あれ。
カール兄様が魔力を流したら、半透明に光る文字盤が空中に現れるとか。
本当、不思議な世界。
思わず、口開けて見ちゃったぜ。
「これで、相手が登録している言葉を入力すればいいんだよ」
カール兄様がそう言いながら、半透明に光る文字盤を操作すると、緑に光っていたそれが赤の点滅に変わった、と思ったら青くなって、クリフ兄様の声が聞こえて来た。
『ジェイ!クリフにいにだよ!』
「くぅにいに!」
なるほど!
使用できる状態になると文字盤が緑になって、相手を呼び出している時は赤の点滅、で通話が開始されると青になるってことだな!
『よし、覚えた』と、大満足、大はしゃぎのぼくが両手両足ばたばたさせるのを、カール兄様も嬉しそうに見つめ、頭を撫でてくれる。
「かぁにいに!あーと!」
あ!
今ぼく、ありがとうって言えたっぽくない?
いや、ちゃんとは言えていないけどさ。
「あーと?ありがとう、って言ったのか?ジェイ!」
可愛い、可愛いと言いながら、ぼくをぎゅうぎゅう抱き締めるカール兄様こそは可愛いと思う。
「クリフ!ジェイが、ありがとうって言った!」
「え!?ほんと!?」
そして、クリフ兄様の居る部屋に戻ったカール兄様の報告を受けたクリフ兄様の目が、きらっきらになって、ぼくを見て来る。
もう、そんなに期待してくれちゃって。
仕方ないなあ。
っていうか、ぼくももっとしゃべりたい。
新しい単語、言えるようになるって楽しい!
「くぅにいに・・も・・あーと!」
息切れしてんのか?ってくらい、息継ぎしながら懸命に言えば、クリフ兄様の顔が一瞬でへにゃあってなって、ぐりぐりって頭を撫でられた。
「ん・・・あ」
ちょっと乱暴だけど嬉しい、って撫でられていたぼくは、視線の先に新たな不思議を発見し、一瞬で意識を持っていかれてしまう。
「今度は何だ?」
少し離れた所にあるそれを目指し、はいはいし始めたぼくに、クリフ兄様が付いて来る。
「こっ・・こっ」
はあ。
『これなあに』ってどうして言えないかな。
鶏卒業はいつだ?
先は長そうだぜ。
「ん?・・・ああ。これは魔導計算機だ。大きな数字を扱う時に便利なんだぞ」
「クリフは数字に強いからな。クリフはな、数字の天才だって言われているんだぞ、ジェイ」
そんなクリフ兄様が自慢だと顔に描いてあるような、満面の笑みで言うカール兄様を見て、ぼくもにぱあっと笑う。
「くぅにいに・・てんっ・・てっ」
真似して言ってみようとしても、やっぱりうまくいかない。
落ち込みそうになるけど、落ち込んでもしゃべれるようになるわけじゃないから、練習あるのみと前を向く。
「そうだぞ、ジェイ。クリフは数字の天才なんだ」
でも、そんなぼくの拙い発音を、カール兄様はきちんと聞き取ってくれたらしくて、ぼくは思わずはしゃぎ倒す。
「まったく、そういう身内馬鹿みたいな発言はやめろって言ってるだろ」
口ではそう言いつつ、恥ずかしくも嬉しそうなクリフ兄様の指を、ぼくはぎゅうっと握った。
いや、手を握るつもりだったんだが。
ぼくの手が、その。
とてつもなく小さくて、無理だったわけだ。
「なんだ、そんな可愛いことしても、ここにはお菓子も無いから、この魔道具の使い方を教えるくらいしかできないぞ・・・いいか、ジェイ。ここにこうして、魔力を流す・・・と」
「ふあっ!」
クリフ兄様が魔力を流すと、さっきの通信魔道具の時と同じように空中に半透明に光る文字盤が出た。
何度見ても、不思議だし面白い。
そして今度の文字盤には数字が羅列していて、クリフ兄様はぼくにもそれを触らせてくれる。
楽しい!
これ、すっごく楽しい!
適当に数字を打って、並んでいくのを見ているのがこんなに楽しいとは。
思わず、きゃっきゃと声が出てしまうじゃないか。
「お。ジェイも、数字に強いのかな。第二の天才現る」
「俺が、教えてやるぞ」
兄様達は楽しそうに言っているけど、ぼくと兄様達は絶対に違う。
ぼくは、凡人一直線だと確信が持てる。
それを証拠に、兄様達が読んでいる本は、六歳や八歳の子が読むものじゃない高度なものだし、一方のぼくは、読み聞かせしてくれる絵本の大きな文字だって未だ全然分からないんだから。
「あ」
ぼくを天才だって言うなんて、それこそ身内馬鹿だと思いつつ庭を見れば、イアン兄様が走り込みをしているのが見えた。
「ん?ああ、イアンか。あいつ、ほんと体動かすのが好きだよな」
「いぃにいに!」
ぼくがイアン兄様を見つけたのに気づいたクリフ兄様が、だっこしたままぼくを窓まで連れて行ってくれる。
「ジェイ。イアンは、剣術を習いたいんだそうだよ」
そして、カール兄様もその横に並んで、優しい目でイアン兄様を見つめた。
「未だ早い、って言われたのに諦めずに食らいついて、なら体力が付いたらって言われらしいぜ。まあ、俺も剣術きらいじゃないけどさ」
「僕は、そこそこでいいかな。剣術」
カール兄様もクリフ兄様も、剣術より本を読んだり計算したりしている方が好きだとかで、剣術にはあまり興味が無いらしい。
それぞれ、好きなものが違うってことなんだろうな。
好きな物、か。
「あいしゅ」
ぼくの好きなものって何だろう、と思った結果口走ったのは、記憶にあるなかで、とても好きだったアイス・・アイスクリームという言葉。
お!
またも新しい単語じゃないか!
おめでとう、自分!
才能関係でなく、好きな食べ物だったってことは気にしないことにしよう!
・・・ん?
そういや夢は『誰も食べたことが無いアイスを食べること!』だったな。
自分で店をやりたいとか思って、色々な種類のアイス、食べまくったっけ。
でも今世では、普通のバニラアイスさえ、食べ・・る、のは未だ駄目だとしても、見たことさえない。
食べたいな、アイス。
「え!?ジェイ!?愛す、と言ったのか!?」
「誰をだ!?誰のことなんだ、ジェイ!」
「いや、落ち着けクリフ。ジェイは、未だ外の人間に会ったことがない」
「そっちこそ落ち着けよ、兄貴・・・慌てて動くから、本が落ちまくってるぞ。でもそうか。そうなると、俺達の誰かってことか?」
「僕達、家族全員ってことも有り得る」
アイスが食べたい。
それが叶わないならせめてと、ぼくは、次々思い浮かぶアイスを妄想の中でおいしく食す。
ああ、アイス最高。
アイス食べてる時が、一番幸せ。
そんな幸せな白昼夢に浸っていたぼくは、兄様ふたりが大騒ぎしていることにも気づいていなかった。
ブクマ、ありがとうございます。