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三十八、砂漠の旅。





 砂、砂、砂。


 今、ぼくの目の前に広がっているのは、一面の砂の世界。


 白茶けたその地面に駱駝が足を踏み入れ、ゆっくりと進む先に見えるのは、うっすら白くなり始めた空。


 未だ夜の気配が色濃く残る藍色の世界をゆらゆらと、まるで遥か遠い太陽を目指すかのように、駱駝は、一歩一歩進んで行く。


「砂漠、っていうんだよ。ジェイミーは、初めてだよね?」


「う」


「びっくりした?」


「うう。びっくい」


 よく分からない記憶のなかに、こういった景色はあるけど、実際に乾いた風と砂を感じるのは初めてらしく、ぼくは、より一層興奮する。


「私の国、サモフィラスには、こういった場所も存在するんだ。そして私は、兄上が王位を継いだ後は、先ほどのミリクセに居を構えて、交易により力を入れたいと思っているのだけど。ジェイミーは、どう思う?」


「しゅごい、と、おも!かちむ、しゅごい。きゃこい」




 どう思うって、凄く立派だと思うぞ、カシム。


 だってそれって、王位を争うんじゃなくて、ハリムの治世に貢献するってことだろ?


 素晴らしい志じゃないか。




「そうか。ジェイミーがそう言ってくれて安心した。それに、凄く嬉しい。期待に応えるためにも、より一層、励まないといけないな」


「かちむにゃら、できう!」


 


 ああ。


 ハリムとカシムが協力して作る国か。


 それは、楽しみだな。




「たのちみ!・・・っ!」


 首を、ぐりんと後ろに向けて、本当に楽しみだとカシムに告げてから、再び前を向いたぼくは、その先の世界が、白から赤に染まり始めているのを見て、美しさに思わず息を呑んだ。


「日の出だ。きれいだね、ジェイミー」


「う。きえい」


 お互い、言葉少なに音にして、ただ太陽が昇るのを見つめる。


 ゆっくりと、明るくなる世界。 


 やがて、ぼくたちがいる場所にも光が差し始めれば、砂の一粒一粒まで見えるようだと目を細めて見つめ、どんどん青さを増していく空を見つめとしているうちに、ぼくは、どうにもお腹が空いてきた。


 いや、情緒どうした、何処行ったって感じだけどさ。


 生命維持に必要な欲求なんだから、仕方ないじゃないか。




 とはいえ。


 お腹空いたけど、砂漠でごはん、ってどうするんだろ。


 駱駝を止めるとかで、面倒かけてしまうのは、不本意だしな。




 ぐぅきゅるるる。


「あ」


 どうしようかと思っていると、ぼくのお腹が素直に鳴いてしまい、慌てて両手でお腹を押さえる。


「お腹が空いたんだね。ジェイミー」


「ごめにゃしゃ」


 こんな、何も無いところでお腹が空いたと訴えられても、カシムは困るだけだろうと、ぼくは小さく身を縮めた。




 大体にして、ぼくが朝、きちんと起きなかったから食事を摂れなかったんだから、自己責任ってものなんだよ。


 分かっているから、大丈夫だ、カシム。


 ちゃんと、次の食事休憩まで我慢するから。




「どうして謝るの?はい、これ。大きく揺れることもあるかも知れないから、気を付けて。少しずつ、よく噛んで食べるんだよ」


「う?いぃの?」


 ぼくのお腹の音を聞き、何やら荷物を探っていたカシムが、清潔な布に包んだ何かを手渡してくれるのを、ぼくは目を丸くして見つめてしまう。


「もちろんだよ。ただ、駱駝を止めることは出来ないから、それはごめんね」


「うう!かちむ、あーと」


 渡された布の塊を嬉々として開けば、サンドイッチみたいな食べ物が出て来て、ぼくは、その食欲をそそる匂いと見た目に、思わずよだれが出そうになってしまった。


「おいちちょう」


 そして、暫し目で堪能した後、ぼくは、いただきますと、思い切り噛り付く。




 はあ。


 幸せ。




「ジェイミー。はい、飲み物も飲もうね」


「う。あーと」


 カシムは、器用にも駱駝を操りながら、ちょっと甘めのお茶を飲ませてくれて、ぼくは、益々幸せな気持ちになった。


 両手にサンドイッチもどきを持ち、時折カシムが飲み物を飲ませてくれる。


 そして、駱駝の背に揺られ、砂漠の旅を堪能している。


 気分はもう、砂漠の観光客。


「おいちかった。あーと、かちむ」


「どういたしまして」


 景色を眺め、おいしい食事に舌鼓を打ったぼくが、そのままご機嫌で、刻々と変わり行く砂漠や空を見つめているうち、どんどん気温が高くなって来た。


「あちゅい」


 抜けるような青さが際立つ空で、太陽がぎらぎらと輝き出す頃、駱駝の一行がその歩みを止め、休憩だという、誰かの叫びが聞こえた。


「ジェイミー。よく頑張ったね。休憩だよ」


「う」


 カシムは優しく言って、ぼくを籠から出してくれたけど、ぼくは何もしていない。


 ただ、カシムが操る駱駝の背にある籠のなかで、ぬくぬくとごはんを食べ、お茶を飲んで、砂漠を観光していただけである。


 何とも申し訳ない。


 そして、お昼ごはん、となった所で、ぼくは、とある鞄に釘付けになった。




 あの鞄。


 一体、どうなってるんだ?


 色々、出て来過ぎだろ。


 もしや、魔法の鞄か?




 いつのまにか日除けのテントが張られ、侍従さん達がてきぱきと動いているのを見ていると、その鞄。


 一見普通の、肩掛け布鞄から、出るわ出るわ、色々な物が出現する。


 まずは、低いテーブル、


 それから、お皿にコップ、フォークにスプーン。


 そして、色々な食べ物。


 侍従さんが、入れ替わり立ち代わり、その鞄から取り出しては配置して行くのを、ぼくはぽかんと眺めてしまった。


「ジェイミー?どうかした?」


「あえ・・いっぱ」


「ああ、あの鞄か。大きさの割に、たくさん入っているから驚いたんだね」


「う。おどりょいた」




 いやいやいやいや。


 大きさの割に、なんてもんじゃないでしょ。


 鞄にテーブルが入っているって、どうなってんの?




「あの鞄は、魔法陣付きなんだよ。だから、たくさんの物を入れられるんだ」


 大混乱しつつ、素直に頷くぼくの頭を撫で、カシムが、あの鞄には魔法陣が組み込まれているのだと教えてくれた。


 だから、見た目より多くの物が入るのだと。




 へえ、なるほど、とは思うけど。


 でも、凄すぎるでしょ。


 テーブルまで入るとか、どんな鞄だよ。


 それに、鞄から出て来るテーブルって。


 鞄の出入口は、どうなってんの。


 一旦、テーブルが縮むとかか?




「さ、ジェイミー。ごはんにしよう」


 ぼくが疑問に思ううち、用意が整ったらしく、カシムはぼくと並んでテーブルに着いた。


 砂漠に張ったテントの中だというのに、暑くもないし、絨毯もしっかり敷かれているのでとても快適で、ぼくは、おいしくお昼ごはんをいただく。




 それにしても、外は凄く暑かったのに、中は快適温度って、どうなってんだろ。


 別に何か、装置があるようにも見えないし。




「かちむ」


「どうしたの?ジェイミー」


 不思議なことは聞く。


 その精神を発揮し、ぼくは質問の鬼と化す。


「んと、おしょと、あちゅい、にょに、なか、しゅじゅちい、どして?」


「それはね。このテント自体に、魔法陣を使っているからだよ」


「まひょうじん」




 そっか。


 魔法陣仕込みのテントか。


 魔法陣を扱えるようになれば、作れるようになるのかな。


 それにしても、今の外との気温差って、どのくらいなんだろ。




「おしょと、あちゅい?」


 さっきより気温も上がっているはずと、尋ねるぼくに、カシムが何故か小さく笑った。


「暑いよ・・・ちょっとだけ、出てみる?」


「う」




 そっか、ぼくがそう言うだろうって、予測しての笑みか。




 先ほどのカシムの笑みの意味に気付くも、恥ずかしさより好奇心の勝るぼくが、一も二も無く頷くと、カシムが、テントの端まで歩くぼくに付き合ってくれる。


「ちょっとだけ、めくってごらん」


「う・・・あちゅ!」


 少し、ほんの少しだけ、テントの出入り口をめくっただけで、外の熱気の凄さが伝わって、ぼくは思わず手を離した。


 これはもう、暑いというより、熱いの世界だ。


 灼熱ってやつだ。


「ジェイミー。お外は暑いだけじゃなくて、魔蠍とか、魔蜥蜴とか、危険な生き物も居るから、絶対にひとりで出てはいけないよ?」


「う!」




 何だって?


 魔蠍に、魔蜥蜴?


 そんな怖そうなものもいるのか。


 分かったよ、カシム。


 絶対に、ひとりでは行動しない。




「ふふ。そんなに怖がらなくても大丈夫だよ、ジェイミー。ひとりにならなければ、護衛も居るし、何より私が、必ずジェイミーを護るから」


 ひっしとしがみ付くぼくを優しくぽんぽんして、カシムがそう言い切って微笑む。


 何とも、力強い。


「かちむ。あーと。よろちく、おにゃぎゃちまちゅ」


 カシムと、カシムの剣を交互に見つめ、ぼくは心を込めて頭を下げた。


 今は、休憩で傍に置いているけど、この旅で、カシムは帯剣している。


 そんなカシムも格好いいとか思っていたけど、もっと現実的に必要なんだと知って、ぼくは自分の浮かれ気分を叱咤した。




 ・・・・・でもやっぱり、出発となって再び剣を佩いたカシムは、とても格好良かった。



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