三十七、駱駝の背の、籠で揺られて。
「・・・・・起こさなくて構わない。ジェイミーは、このまま連れて行く」
んん・・・なんか、カシムの声がする。
むふぅ・・お布団、あったかい。
すごく、気持ちいい。
「畏まりました。では、こちらにお着換えを」
「ああ」
・・・ええと。
確か夕べは、ミリクセっていう街の離宮に泊まって、おいしいお料理をたくさん食べて、離宮の侍従さん達にお世話してもらってお風呂に入って、それで、カシムと一緒に寝た・・はず。
「・・・むにゅ?」
声を潜めての会話が聞こえ、続いて優しく抱き上げてくれるカシムの腕を感じたぼくは、ゆっくりと目を開けた。
「ああ、起こしてしまったね。ジェイミー」
「ん・・・かちむ・・も、あしゃ?」
何だか部屋も暗いし、寝足りない。
油断すると、かっくんと首が倒れてしまう。
「未だ、夜明け前だよ。ジェイミー。寝ていていいから、お着換えしようね」
「うう」
そんなぼくの頭を優しく支え、カシムがぽんぽんしてくれた。
寝ていていいけど、お着換えはするんだ・・・・。
ん。
ねむ。
ぼんやりとしている間にも、侍従さんが手早く着替えさせてくれる。
そして、眠気に負けてふらふらするぼくを、カシムがしっかり支えてくれた。
「・・・かちむ・・じゅじゅさ・・あーと・・ふぁ」
こっくりしそうになりながら、カシムと侍従さんにお礼を言えば、カシムがふふっと笑う気配がする。
・・・・・ああ、駄目だ。
眠すぎる。
目を開けていられない。
「ふふ。おやすみ、ジェイミー」
カシムが、だっこしてくれたのだろう。
ゆらゆらする心地良さに、逆らうことなく目を閉じたぼくは、その後、カシムによって運ばれたらしい。
気づけば外で、その手を離されて、籠に入れられる所だった。
「っ!・・・かちむ!」
なんだ!?
どうした!?
まさか、この籠に入れて捨てられるのか!?
カシム、ぼくを捨てるのか!?
「ジェイミー?ああ、籠に入るのが怖いのかな。それとも、寝起きでびっくりした?」
突然目を開け、必死にカシムに縋り付くぼくを、カシムが優しくぽんぽんする。
いや、ぽんぽんは、安心するけども!
そうじゃなくて!
怖くてびっくり、両方だよ!
カシム!
なんで、どうして、ぼくを捨てようなんて・・・・・!
「ジェイミー。これから、移動のために駱駝に乗るんだよ。ジェイミーは未だひとりで乗るのは危険だから、私の前に籠ごと乗ろうね」
「・・・・・う?」
籠ごと、駱駝に乗る?
カシムの前に?
「かちむ、いっちょ?」
「ああ。一緒だから、安心して」
じっとカシムの目を見て言うぼくに、カシムは、落ち着かせるような笑みを浮かべて頷いた。
「じぇいみぃ、ちゅてない?」
「ちゅて?・・・っ!もしかしてジェイミーは、私がジェイミーを捨てるかも、って思ったの!?」
「う」
だってほら、籠に入れて、そのまま置き去りとかありそうだな、って。
「ジェイミー」
「うぅ」
何だろう。
カシムの目が怖い。
声も、聞いたことないくらい低いし、何かを堪えている感じで、口元だけ微笑んでいるのが、また怖い。
「いいかい、ジェイミー」
「う」
「私がジェイミーを捨てるなんて、絶対に、何があっても無いから。二度と、そんな勘違いをしてはいけないよ?」
「う」
「本当だね?二度と、しないね?」
「ううっ!」
絶対、二度としない、天地神明に誓ってと、こくこく頷くぼくに、漸くカシムの目がいつもの穏やかさを取り戻す。
「じゃあ、約束だ」
「やっちょ」
そうして、ぼくとカシムは、指と指を絡めて約束をした。
良かった。
捨てられるんじゃなくて。
「では、出発しよう」
「わっ!」
カシムの掛け声と共に、ぼくが入っている籠を、カシムがしっかりと片手で抑えた、と思ったら、急に視界が高くなった。
籠のなかに座っている時はよく分からなかったけど、どうやらぼくは既に駱駝の背に乗っていたらしい。
というか、駱駝の背に括りつけられている籠に入れられたというべきか。
ともかく、高くなった視界が楽しくて、ぼくは、籠の縁につかまって外を眺める。
「しゅごい!」
「籠から落ちないように、気を付けるんだよ」
「う!」
カシムに言われ、本当は、両手を挙げたいほどの興奮を、ぼくは何とか片手で堪えた。
確かに、この高さから落ちたら助からないだろうかな。
それは、気を付けないと。
はしゃぎ過ぎて落下する、なんて悲劇は避けないと、と、ぼくはしっかり籠につかまり、上体が籠の外に出過ぎないよう注意しようとして、そもそも、そこまで背が届かないことを知る。
「あー」
顔はしっかり出るけど、肩より下は出ない。
なるほど。
きちんと、対策されているわけか。
それでいて、外を見ることは出来るから、凄いな。
「ジェイミー。楽しい?」
「う!」
これなら安心と、ぼくは、存分に景色を楽しむ。
未だ夜明け前の街はとても静かで、静謐な空気に満ちている。
そのなかを、ゆっくりと進んで行く駱駝の列。
「この先の景色。きっと、ジェイミーは驚くよ」
「う?」
なんか、楽しそうに言うカシムが、いつもより子供っぽく見える。
・・・・・って、カシムは未だ十二歳なんだよな。
なんか、すっごく大人びているから、忘れそうになるけど。
でも、それを言ったらあんなにしっかりしているカール兄様とカルヴィンも、未だ十歳だからな。
恐るべしシードってやつだな、やっぱ。
藍色の世界を進むうちに目も慣れ、道の両側に続く石造りの家々の様子が分かるようになってきた。
白っぽい石を積み上げて出来ている家々は、ぼくが生まれ育った国、マグレイン王国と違うのはもちろん、サモフィラスで、ぼくがこれまで滞在させてもらっていた王城とも様子が違い、乾いた風と共に生きている、そんな風に感じられる風格を持っていた。
「んむ」
そうして進につれ、風が砂を運んで来るようになって、ぼくは口をぎゅっと瞑る。
「ジェイミー」
するとカシムが、ぼくが被っている衣のどこかを、くいくいってして、口元を覆うようにしてくれた。
おお、凄いぞカシム。
快適になった!
「あーと」
「どういたしまして」
見ればカシムも頭から布を被っていて、風に靡くそれが、また格好いい。
さまになる、ってこういうことを言うんだろうな。
「ジェイミー。ほら、街を抜けるよ」
正に王子様だ、なんて思っていると、その王子様・・カシムに声を掛けられ、ぼくは前を向いた。
「う?・・・・うわああ」
そこに見えたのは、街のはずれにある立派な門。
そして、その門を潜った先に広がる景色に、ぼくは思わず息を呑んだ。
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