三十六、家へ帰るための旅。
「カシム、ジェイミー。気を付けて行くのだぞ」
「はい。父上」
「あい。おうしゃま。おしぇわ、にゃまちた」
王城のとある一室で、旅装を整えたぼくとカシムは、国王陛下と王妃陛下、そしてハリムに出発の挨拶をしていた。
そう。
ぼくはいよいよ、家に帰れるのだ!
「ジェイミーは、本当に可愛いわ。カシム、何が何でも勝ち取って来るのよ。その後の援護は、お任せなさい」
「はい。母上」
「早いうちに、棗椰子の株分けもしないとな。そちらの準備は、私がしておこう」
「お願いします。兄上」
「・・・・・?」
勝ち取るって、いったい何を?
それに、棗椰子の株分けって・・・・あ。
そういう大切な時期だから、早く戻れってことか!
悪いな、カシム。
そんな大事な時に、ぼくを送り届ける役などさせて。
でも、ぼくとしては、カシムが一緒に行ってくれることほど、心強いことはない。
「かちむ。あーと」
「ん?何がかな?ジェイミー」
「いっちょ、じぇいみぃ、おうち。あーと」
「ああ。ジェイミーと一緒に、ジェイミーのおうちに行くこと?そんなの、当たり前だよ」
心からの笑顔でそう言ってくれるカシムが嬉しくて、ぼくは、くふくふと笑ってしまう。
「ああ、本当に可愛いわ。こんなに可愛いジェイミーと離れるのは辛いけど、お母様はきっと、胸が張り裂ける思いでいるものね」
「ラフィー。あちらに魔法陣を敷かせてもらえれば、簡単に行き来できるようになる」
「そうよね。少しの我慢よね」
王妃陛下はそう言って、ぼくをぎゅっとした。
えっ?
王様。
魔法陣を、あちらに敷くってことは、ぼくもまた、カシムに会えるってことですか!
ありがとうございます!
「かちむ、あっち、こっち」
「そうだよ、ジェイミー。あちらとこちらを、行き来できるようになるからね。楽しみだね」
「う!」
父様や母様、兄様達やカルヴィンと会えるうえに、カシム達とも自由に会える。
それは、なんて素敵なのだろうと、ぼくは、胸が弾んで仕方ない。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
「う」
カシムはそういうと、ぼくをだっこして、幾つかあるうちのひとつの魔法陣の上に乗った。
そこは、ぼんやりと、幻想的な緑色の光を放っている。
そこへ、ナスリもやって来て、ぼくたちは、改めて国王陛下たちへと向き合った。
「では、父上、母上。兄上。行ってまいります」
「ましゅ!・・・・うあっ」
これまでの感謝の気持ちも込め、思い切り頭を下げたら、背負わせてもらっていたお出かけリュックが、ずずっと頭の方へとずれてしまい、ぼくはあわあわと暴れてしまう。
「大丈夫?ジェイミー」
「うぅ」
そして、そんなぼくに優しく笑いかけ、きちんと直してくれるカシムを見た、ら。
その後ろに広がっているのは、既に知らない場所だった。
王城や、カシムの部屋みたいに立派な所だけど、見たことない。
「ろこ?」
「ここは、ミリクセという街にある別宮だよ。安全だから、安心して」
移動の魔法陣に乗って作動したのだから当然なのだけど、やっぱり混乱しかけてきょろきょろしてしまったぼくに、カシムは優しくとんとんしてくれる。
「べちゅぐ」
「そうだよ。この街から少し移動して、魔法陣のある塔まで行くんだ。ちょっと旅をすることになるから、準備をしようね」
「う?」
準備なら、して来たんじゃないか?
旅装だろ?
これ。
「ああ、そうなんだけどね。ここで、水や食料をきちんと用意して行く必要があるんだ。ここと、その塔の魔法陣の間には隔てがあって、跳ぶことが出来ないんだよ」
「ひゃだて」
「そう。別名、洞窟の魔女のはばかり、なんて言うんだよ」
「うう」
はばかり・・・つまり、お手洗いか。
魔女のお手洗いがあるから、魔法陣を使って跳べないって?
なんか、自然の作用があるんだろうな。
「それから、衣服も少し買い足すし。何より、足が必要だからね。そういった準備のために、今日はここで一泊するんだよ」
「う」
なるほど。
そういうことか。
ぼくが、既に旅装だと自分の服を引っ張って訴えれば、カシムはきちんと理解してくれて、分かるように説明してくれる。
ほんとに、カシムって凄くないか?
・・・・・あれ。
でも、そうしたら今している旅装の意味は?
「じゃあ、ジェイミー。まずは、街へ行ってみよう。きっと驚くよ」
「う」
くすくすと楽しそうに笑うカシムに、ぼくは是と頷いた。
「ふわああ」
街は、とても賑やかだった。
色々な色の焼き物とか、皮で出来た小物なんかがいっぱいあって、活気がある。
そして向こうの通りには、どうやら食べ物の屋台もあるらしく、時折手に持って、おいしそうに食べながら歩いているひとを見かける。
あれ、すっごく美味しそう。
お、今、いい匂いが!
食べ物に釣られ、ぼくは、本能のままに駆け出したくなる。
だがしかし、である。
何よりひとがたくさんいて、そんなことをすれば迷子一直線だと、ぼくは予防線を張ることにした。
「かちむ」
「うん。だっこがいいね。ジェイミー」
迷子避けのため、カシムの手をしっかり握ったぼくに、カシムは嫌がることなく笑いかけ、迷うことなくだっこしてくれる。
悪いな、カシム。
世話になる。
「じゃあまずは、靴や衣服を買おうね」
そう言って、カシムは迷路みたいに入り組んだ道を、すいすい進んで行く。
後ろにはナスリさんがいて、やっぱり、にこにこすいすい付いて来る。
だっこされているぼくは、あちこちきょろきょろ見渡して、ぼくたちと同じような旅装のひとがたくさんいることに気付いた。
そして、街のひとの多くは、カシムやハリムたちが着ていたような、刺繍や飾り帯のある服ではなく、元の布そのままの、すとんとした形の物を身に着けている。
もちろん、カシム達が使っていたような装飾品も無い。
だけど、今のカシムは旅装ってことで、もちろん刺繍など無い、質素な衣装を身に纏っている。
もしかして、王族とか貴族とかは、衣装が違って。
だから、身分がばれないようにするための対策だったのかな。
かくいうぼくも、王城では、ちっこいながらも、カシム達と同じような服を用意してもらっていたので、そう考えれば納得と、ぼくは、迷子の心配もない安全地帯で、存分にきょろきょろしまくった。
「ジェイミー、可愛い」
「うぅ」
今日だけで、もう幾度聞いたか分からない、カシムの誉め言葉。
服や下着、上から羽織る衣なんかだけでなく、履き替え用の靴も用意してくれたカシムは今、満足そうにとんがり帽子を被ったぼくを見ている。
この帽子、なんでも日除けだけでなく、砂除けにもなるんだとか。
今日は感じないかもね、ってカシムが言っていたから、酷い時は酷いのかも。
そうか、街にいても砂除けが必要な日があるのかと思いつつ、ぼくは戯れにカシムにも、大きさ違いでぼくとお揃いのとんがり帽子を被せて見た。
「かちむ!きゃこい!」
なんだ、この美少年!
いや、知ってたけどさ。
とんがり帽子が似合う美少年。
しかも、凛々しい。
・・・・・っていうか。
兄様達といいカルヴィンといい、カシムにハリム。
それに、うちの両親やクロフォード公爵夫妻、カシムの両親である国王陛下と王妃陛下、そしておまけのとんでも第一王子も顔だけはいい・・・てことで、みんな美形なんですけど。
ねえ。
ぼくは?
思わず真顔になって、小さいうちの可愛いが通用しなくなったら平凡まっしぐらだと、ぼくは店の鏡を見て思った。
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