三十四、棗椰子
ん?
なんだろう、あれ。
赤茶色の・・実?
それにしても、こんなに恭しく扱うなんて、いったい、何の実だろう。
恭しく籠を捧げ持った幾人もの侍従さんたちを見つめ、彼らが捧げ持っている籠を見上げたぼくは、そこに盛られた何かの果実と思われる物を見て首を捻った。
あんまり、見たこと無い色だよな。
何だろう。
「今年は豊作で、何よりだった」
気が付けば、ぼくが不思議がっている間に、籠を持って入って来た侍従さん達はきちんと並び終えていて、それを確認した国王陛下が、喜びの表情でそう言った。
「ええ、本当に。昨年は、不安に駆られるほどの凶作でしたが、今年は佳き年となりましたね」
そして王妃陛下が、こちらも嬉しそうに言い、何故か締めくくりにぼくを見た。
ん?
なんだ?
その、ちょっと意味有りげな笑み。
豊作で嬉しい、よかったっていうのは分かるけど。
それで、どうしてぼくを見るんだ?
「そうだな。今年は、花の時から色鮮やかで殊に美しく、結実も多かった。慶事の前触れではという声も多く、我も期待していたが。やはり、カシムが運命の君と出会う吉祥だったな」
「ふふ。結実した物がすべて、無事に熟しましたものね。ジェイミーの訪れを、わたくし達同様、大地も喜んでいるようですわ」
え!?
何を仰る。
そんなの、偶然に決まっているでしょうが。
「私もそう思います。そういえば、父上と母上が出会った年もそうだったと聞いています」
『ふぇ!』と、思わず変な声が出そうになるのを何とか堪えていると、ハリムまでもが笑顔で何やら言い出した。
「ああ。我がラフィーと出会った年もまた、見事な花を咲かせ、大いなる実りをもたらしてくれた」
「ふふ。そうでしたわね。皆が、それは喜んで、祝福してくれて。わたくしも、とても嬉しかったですわ」
そう言って微笑み合うふたりはとても幸せそうで、ぼくまで何だかぽかぽかした気持ちになる。
「では。我から皆に。実りを贈ろう」
少し改まって国王陛下がそう言うと、一部の侍従さんが少し前に出て、籠を恭しく掲げた。
「ラフィー。最愛の我妻に、今年の実りを贈ろう」
「ありがとう存じます」
国王陛下は、籠のひとつを手にすると、それを王妃陛下へと渡す。
「陛下。豊穣と、陛下の安寧なる治世に感謝申し上げます」
「うむ」
そして、王妃陛下が国王陛下へと籠を渡し、その次は国王陛下からハリムへ、ハリムから国王陛下へと続き、カシムの時には、何と、ぼくも一緒に並んでお受けした。
しかも、ちっこいぼくのために、王族であるみんなが高さを合わせて屈んでくれるという事態が発生し、ぼくは、畏れ多いなんてものじゃないと大混乱して、カシムに抱き上げてもらおうと思うも、こういう時は、立てるなら、きちんと立っていないといけないんだって、カシムが教えてくれた。
ま、まあ。
ぼくはちっこくとも、ひとりで立てるからな。
それが礼儀というなら、致し方ない。
・・・・・でも、慣れる気はしない。
棗椰子の木は、サモフィラスの王家にとって、豊穣を意味する大切なものだから、王族が生まれたり、伴侶を娶ったりした時には、その親や伴侶となった王族が株分けして、そのひと個人の棗椰子の木を持つことで、初めて王族と認められるくらい、意味のある物らしい。
で、それらの木々は、王城のあの庭にみんな植わっていて、その木々の収穫があった時に、こうして王族だけで祝うんだって。
・・・・・やっぱり、ぼくは場違いなんじゃ?
そして、無事に籠を交換し終えた後は、みんなで別室に移動して、棗椰子を食べることになった。
棗椰子が大切な果実ってこともあるんだろうけど、みんな笑顔で楽しそうなのを見ると、棗椰子が好きなんだろうなって、ぼくまで楽しみになってくる。
そっか。
あれが、棗椰子っていうのか。
表面、固く無さそう。
ああいうの、見たことないかも。
どんな味なんだろ。
「ジェイミー。食べる前に、ちょっと触ってみる?」
ぼくがずっと、籠に盛られた棗椰子をじっと見ていたからか、移動する際、カシムが少しおかしそうにそう言ってくれた。
「う!」
ずっと見ていたのを知られていたのは恥ずかしかったけど、棗椰子に興味津々だったぼくは、一も二も無く頷いた。
おお、むにゅって感じ!?
気を付けないと、指が入り込みそう。
「やわらかくて、驚いた?」
「う!」
「じゃあ、楽しみに食べようね」
「うう!」
どんな味なのか、未知の果実にときめいたぼくは、カシムのだっこで部屋を移動し、当然のようにカシムの隣に座らせてもらった。
「棗椰子は、とっても栄養価が高いんだ。ジェイミーは初めて食べるから、念のため、少しにしようね」
「う」
少しと言われ、そうなのかと納得したぼくの前に、四つのきれいなお皿が並ぶ。
そこに乗っているのは、ひと口ずつほどの棗椰子の果実。
「大地の実りに感謝を捧ぐ」
「だい・・・しゃしゃぐ」
『父上・・国王陛下の後に続いて言うんだよ』と、カシムに教えられた通り、復唱・・できなかったぼくは、何とか言葉尻だけみんなに揃えた。
だって、無理に決まっているじゃないか。
全員で復唱するんだぞ?
速さについていけるわけがない。
「ジェイミー。上手だったよ」
「あううっ」
カシムがにこにこして言うのに、ぼくは『絶対、嘘だ』と、抗議の視線を送る。
『上手だった』だと?
何処がだよ。
きちんと言えなかったの、誰より本人が分かっているんだぞ?
ふん。
「嘘じゃないよ。さ、機嫌直して、食べてみて」
「う」
機嫌をとるようカシムに言われ、ぼくは不服ながらも棗椰子を口に入れた。
言われた通り、国王陛下の木の物だという、お皿のから。
「あっまあ!」
なんだ、これ!?
本当に、普通の果実か?
「おいしい?」
「う!」
棗椰子にすっかり魅了されたぼくは、不服に思っていたことも忘れ、カシムに満面の笑みを向けた。
・・・・・ああ。
ぼくって、単純食いしん坊。
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