三十三、国王の宮殿
「ジェイミー様。こちらに、お着換えしましょうね」
「う?」
カシムと一緒のお昼ご飯を終え、いつものように午後の勉強へ向かうカシムを見送り、歯磨きをしてもらって、まったりと過ごしていたぼくに、侍従さんが、にこにこしながらそう言った。
着替え?
今から?
あ!
もしかしてぼく、汚しちゃったか!?
「ああ。違いますよ、ジェイミー様。ジェイミー様は、お服を汚されてなどいません。今日はこれから、国王陛下、王妃陛下とお会いになられますので、そのためのお着換えでございます」
え!?
それって、国王陛下に謁見するってこと!?
もしかしてぼく、何かしちゃったのか!?
「おうしゃま?」
もしや、追い出されるのかと驚き問うも、侍従さんの表情に、ぼくを蔑む色はなくてくて安心する。
そりゃそうか。
追い出すなら、着替えなんてしなくていいもんな・・・って、いや。
着て来た服に着替えさせて、それで、とか?
・・・・・有り得る。
「はい。まずは、お体を清めましょう」
ぐるぐる考えるぼくを他所に、侍従さんは、にこにこしたままぼくが着ている服を丁寧に脱がし、香りのいいお湯を使って、柔らかい布で優しく体を拭いてくれる。
カシムやハリムとは仲良くなったけれども、ぼくの何かが最高権力者である国王陛下の逆鱗に触れ、結果、追い出すための準備かと、戦々恐々としていたぼくも、その香りに癒され、心地のいい温度のお湯に、尖った気持ちも和んで、思わず笑みが浮かぶ。
「いい、におい」
すうっと吸い込み、にこりと笑えば、侍従さんが何故か『うっ』と唸った。
なんだろう。
時折おかしくなる、ジョンみたいな動きなんだが。
「ジェイミー様は、本当に賢く、お可愛らしくていらっしゃいますね。カシム様も、最近はとても嬉しそうで、私共もジェイミー様に感謝しているのです」
「うう?」
ん?
それってカシムが、前は嬉しそうにするのは稀だったとか、そういうことか?
そういえば、カシムが笑うようになった、みたいなことをハリムも言っていたしな。
全部が全部、ぼくのお蔭、ってことも無いだろうけど、いい方に変化したなら、何より。
「じぇいみぃ、かちむ、にいに、しゅき!」
カシムはぼくの、もうひとりの兄様みたいなものだから、と言えば、侍従さんが益々にっこりした。
「そうですね。ジェイミー様は、カシム様も、カシム様の兄君であるハリム様もお好きですよね。そして、おふたりの縁を結んでくださった。本当に、ありがとうございます」
「うぅ」
ああ、なるほど。
カシムとハリムは、互いに誤解し合っていたけど、それが解消されたから、侍従さんたちも喜んでいるってことか。
どんなに気を揉んでも、侍従さんの立場じゃ入り込めない一線って、ありそうだもんな。
まあ、客人たるぼくの特権ってことで。
カシムは命の恩人だから、少しでも役に立てたのなら、良かった。
「ジェイミー。支度は出来た?」
そこへ、いつもより少し上質な衣装に身を包んだカシムが現れ、ぼくは、ひと目見ただけで釘付けになってしまう。
カシム。
なんて、格好いいんだ。
異国の王子様みたい・・って、正に異国の王子様なんだけど・・・はあ。
麗しい。
これぞ、眼福。
「ジェイミー!とても可愛です!それに、今日は貴公子然として、凛々しいですね」
いやいやいや、それぼくの台詞だから!
「かちむ、きえい!」
「え?私をきれいと言ってくれるのですか?嬉しいです。ありがとう、ジェイミー」
きゃっきゃと互いに褒め合った後、カシムはぼくをだっこして、何処かへと歩いて行く。
「かちむ、どこ、いく?」
「今日は、父上の宮へ行くんですよ」
「う」
いつも、ご飯を食べたり、お風呂に入ったりするために移動する廊下とは違う場所を見て、ぼくは、きょろきょろしてしまう。
あれ?
でも、カシムの父上の宮・・つまり国王陛下の宮ってことは、ぼくが最初に行った、あの場所か?
・・・・・覚えが無い。
「私たち王族は、十歳になると、それぞれに宮を与えられるんです。とはいっても、回廊で繋がっているんですけれどね」
「うう」
やはりぼくは、鶏っ子か、と思っていると、カシムがそう言って説明してくれた。
凄いな。
家族ひとりひとり、それぞれに宮があるって。
でも、寂しくはないんだろうか。
・・・・・まあ、その前に。
鶏っ子のぼくは、毎日迷子だろうな。
「さあ、ジェイミー。ここだよ。扉が開くから、頭を下げてね」
扉の前でぼくを下ろしたカシムは、衣服の乱れを直してくれ、肩をぽんぽんしてくれる。
「う」
ぼくは、優しく見つめて来るカシムの目を見つめ返し、決意を込めてこくりと頷きを返した。
ううう。
なんか、凄く豪勢な扉だな。
でも、あの趣味悪いうちの王家と違って、落ち着きある趣の造り。
「緊張しなくても、大丈夫だからね」
「うう」
重厚な木製の扉に嵌め込まれた、濃い青の宝石ひとつでいくらなんだろう、もし傷でもつけたら、と震えるぼくに、カシムが優しく声をかけてくれた。
本当に気配りの男だ。
「カシム。ジェイミー、よく来たな」
「カシム、ジェイミーも。お久しぶりね」
豪勢な扉が開くと、やっぱり豪勢な部屋があったけど、ここへ来て最初に見た部屋とは違うと、ぼくは玉座の無いそこを、興味深く見渡す。
するとそこにハリムもやってきて、王族が勢ぞろいした。
なんかぼく、場違いじゃないか?
立場としてもそうだけど、こんな綺羅が人物化したみたいな、華やかで麗しい人たちのなかにいると、なんか、違う生き物になった気がして仕方がない。
「ジェイミーは、今日も愛らしいな」
「本当に。それに、ハリムとカシムの仲を取り持ってくれたと聞いたわ。ありがとう、ジェイミー」
「んん」
国王陛下と王妃陛下に言われ、一緒に夕食を食べるように促しただけのぼくは、そこまで感謝されると面映ゆい。
「ジェイミー、吾も、感謝している」
「私もだ、ジェイミー」
「うう!」
でも、カシムとハリムにそう言われると、何だか嬉しくて、ぼくはカシムとハリムの手を取って、握手してもらおうとした。
あ、あれ?
どうして、こんなことに?
「ふふ。ジェイミーは、本当に可愛いです」
「しかし、怖くもあるな。私と手を繋ぐなど、怪我をしたりしないか?」
「大丈夫ですよ、兄上。ジェイミーも、喜んでいます」
「そうか」
カシムとハリムに握手してもらおうと、それぞれの手を掴んだぼくは、何故かそのままふたりと手を繋ぐ形になって混乱するも、恭しく籠を持って入って来る人たちを見て、姿勢を正した。
・・・・・両手は、カシムとハリム、それぞれと繋いだままで。
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