三十、報告と自慢 ~カルヴィン視点~
「カルヴィン。このマカロンは、特別に取り寄せたものなんだ。是非、食べてみてくれ」
媚を売るように言う第一王子に、カルヴィンは目を向けることなく、心中で悪態を吐く。
まったく鬱陶しい奴だな。
もう馬鹿王子を越えて、蠅王子だな、こいつは。
いや、馬鹿であることにも変わりはないから、馬鹿蠅王子か。
「ジェイミー。はい、ジェイ用のお菓子」
マカロンなんて、子供が目を引いて食べたくなるような菓子を用意するなんて、わざとだろう。
欲しがってもやらないとかいう、幼稚な考えなんだろうけどな。
そもそも、二歳のジェイミーには、未だ、砂糖を多用した菓子を食べさせないようにしているんだぞ。
なのに、こんな嫌がらせまでして。
もちろん、茶会だから菓子を用意するのは当然で、その場合にはマカロンだって並ぶだろうことはカルヴィンにも分かっていたが、第一王子が嫌がらせのために選んだと分かるその心持が許せないと思う。
「わあ」
カルヴィンが、持参したバスケットから、いそいそとジェイミー用の菓子と飲料を取り出せば、当のジェイミーが驚いたような声を出す。
こんなこともあろうかと、用意しておいてよかった。
いや、こんなことが無くても、馬鹿蠅第一王子が用意する物なんて怖くて口に出来ないからな。
俺はともかく、ジェイミーには、菓子を並べられて、じっと我慢していろなんて言いたくないし。
年齢の割にしっかりしているジェイミーは、出された物を食べてはいけないと言えば、きちんと我慢するだろうことは、カルヴィンも知っている。
だが、知っているからこそ、事前に出来る対処をして、ジェイミーに余計な我慢はさせないようにしたかった。
「カルヴィン!この茶葉も、非常に手に入りにくい物だが、ボクは王子だからな。手に入れることが出来る。カルヴィンのために用意した逸品だ」
どうだ、と言わぬばかりに偉そうにふんぞり返る第一王子も、裏を知っているカルヴィンには、滑稽に見えて仕方がない。
なあにが、ボクは王子だから、だよ。
その茶葉、第二王子殿下に献上された物を、喚いて国王陛下に口まで出してもらって、強奪したんじゃないか。
『ボクが第一王子なんだから、ボクの物だ』とか、意味の分からないことをほざいて手に入れた結果、第二王子殿下にも、献上した貴族にも、より一層嫌悪されるようになったという事実。
俺が、知らないとでも思ったか?
「ジェイミー。お茶、熱くないか?」
「う!」
腹のなかで考えていることとは裏腹に、カルヴィンは心からの笑顔でジェイミーに問う。
持って来たお茶は、当然の如く冷めてしまっているので、カルヴィンは、自身の魔法で温度調節をしてジェイミーに飲ませ、問えば、可愛い顔で大丈夫との頷きが返って来た。
「そうか。ゆっくり飲めよ?・・・ああ。俺のジェイは、本当に可愛いな」
ああ、本当に可愛い。
可愛くて、賢い。
おい、そこの蠅馬鹿王子。
俺のジェイミーを睨むな、見るな。
汚れるだろうが。
こくんとお茶を飲むジェイミーが可愛いと愛でるカルヴィンは、第一王子に睨み付けられているジェイミーの怯えを感じ取り、最速でこの場を後にすると誓う。
待っていろジェイミー。
こんな茶番、すぐに終わらせるからな。
「おい、ちび。特別に椅子を用意してやるから、ひとりで座れ」
「う?」
最速で茶番を終わらせる気満々のカルヴィンは、第一王子の提案にジェイミーが困り、悩んでいるのを見て、抱き締めたくなってしまった。
この年で、不敬とか分かるの凄くないか?
それに比べて馬鹿蠅王子。
こんな椅子にジェイミーが座ったら、危険だってことくらい分からないのか?
それとも、それが狙いか?
「ジェイ。殿下に勧められたからと、気にしなくていい。あの椅子にジェイがひとりで座るのは未だ危険だし、第一、テーブルから顔が出ない。まあ、そんなジェイも可愛いだろうけど」
椅子に座っているのに、テーブルから顔が出ないジェイミーは、どれほど可愛いだろうと、想像だけで第一王子といる嫌悪感も薄れると、カルヴィンはジェイミーの頭を撫でた。
「それでは、これで失礼をいたします」
きちんと礼をするカルヴィンに倣って、ジェイミーも礼をし、ふたりは揃ってその部屋を出た。
「あぁう」
無意識なのだろう。
扉が閉まった瞬間に、ため息を吐くジェイミーが可愛いと、カルヴィンはその頭を優しく撫でる。
あの馬鹿蠅王子。
最後まで、ジェイミーを睨み付けていたな。
はあ。
父上の方は、どうだっただろ。
クラプトン伯爵夫妻が、嫌な思いをしていないといいのだが。
兎も角、漸く茶番は終わりだと、カルヴィンは大事にジェイミーをだっこして、足早にその場を後にした。
「ジェイミー。この後は、楽しい時間を過ごそうな」
「うぅ」
馬車まで戻って、カルヴィンがそうジェイミーに声をかけた時、既に限界に達していた様子のジェイミーは、とろんとした目でカルヴィンを見返した。
「なんだ。ジェイミーは、おねむか。まあ、父上たちも未だだし、眠っていていいぞ」
「う・・うぅ・・おやしゅみなしゃ」
カルヴィンが自分へともたせ掛けるまま、素直に体を預けたジェイミーが、そう呟くように言って目を閉じる。
「むにゅぅ」
よほど精神的に疲れたのだろう。
ジェイミーは、口をもごもごさせると、気持ちよさそうに、カルヴィンにお腹をぽんぽんされながら、すとんと寝入ってしまった。
「おお。戻っていたか、カルヴィン」
「はい、父上。母上も、クラプトン伯爵夫妻も、お疲れ様でした」
「本当に疲れたわ・・・話が通じなくて」
辛辣な物言いで、父の手を取り馬車に戻って来たクロフォード公爵夫人は、カルヴィンに凭れて眠るジェイミーに目を細めた。
「癒されるわ・・可愛い寝顔ね」
「ジェイミーは、起きている時も可愛いです」
「もちろん、知っているわよ。もう、カルヴィンったら」
そんな母と息子の会話を聞きながら、クロフォード公爵も笑みを浮かべてジェイミーの頭を撫でる。
「しかし、本当に癒される。クラプトン伯爵、伯爵夫人、今日は義兄が済まなかった」
「いえ。公爵が、ジェイミーの味方をしてくださって、本当に心強く思っております」
「父上」
大人たちの様子から、国王との会話はやはり想像通り、婚約関係のことなのだろうとカルヴィンは緊張した。
「カルヴィン。そちらは、どうだった?」
「はい。予測通り、ジェイミーを貶める行為を繰り返しましたが、すべて回避しました。ただ、ジェイミーは敏感に感じ取っていて。それで、疲れてしまったのだと思います」
「まあ。予想していたとはいえ、こんな小さな子に」
そう言って眉を顰めるクロフォード公爵夫人に、カルヴィンも同意の意を示す。
「あれがこの国の王子かと思うと、遺憾でしかありません。ですが、ジェイミーは立派でしたよ。きちんと挨拶も礼もして。あの愚かな第一王子殿下よりずっと立派でした」
それからカルヴィンは、いかにジェイミーが、礼儀知らずの王子に対しても見事な対応をしたか、己のことのように自慢しまくった。
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