三、おれの、かわいいおとうと ~イアン視点~
「きょうのじぇい、とくにかわいかったな」
歯磨きをし、自分付きの侍従に寝支度をされて、いつものように両親と兄達、そして母に抱かれたジェイミーに就寝の挨拶を済ませたイアンは、ベッドに潜り込み、いつもよりずっと軽やかな気持ちで、今日という日を幸せに思い出す。
ジェイミーが生まれる前、弟が生まれるのだと両親から聞いたイアンは、子どもながらとても楽しみにしていたけれど、その頃から、周りの自分に対する声を理解するようにもなってしまった。
『あの髪色に瞳。ほんとうに旦那様の弟君・・・ハロルド様にそっくり』
『それに、カール様やクリフ様とも似ていらっしゃらないし』
『おひとりだけ、お色があれだけ違うと』
『伯爵ご夫妻は、間違いなくご自身たちの実子だと言われるけれど、違うと思った方がよさそうよね』
『不義の子を堂々と育てるなんて、大胆なことなさるわ』
『不義の子、なんて言っても子供には分からないんじゃない?ちゃんと、親が違う、って言ってあげないと』
『まあ、聞いていると知っていて親切ねえ・・ふふふ』
『カール様や、クリフ様だって、心のなかでは疎んじていらっしゃるんじゃないか?』
時折、邸で開かれる茶会や夜会。
父アレックスが、クラプトン伯爵として領地を治める一方、手広く商売もしている関係で色々な人が集まるそこでは、余り品の良くない話も飛び交う。
もちろん両親や兄達が居るところではそのようなことは無いが、イアンひとりの時を狙って聞こえよがしに言われる言葉は、イアンを酷く傷つけた。
『たしかに、おれだけ、ちあう』
鏡を見る度、イアンはしょんぼりと肩を落とす。
そしてそれは、髪や瞳の色のことだけではなかった。
ふたりの兄はとにかく優秀で、長兄のカールは、齢八歳にして既に次期領主として有能だと言われているし、次兄のクリフは、父の商才をまるごと受け継いだ数字の天才と言われている。
しかしイアンは、何かと本を読みたがる兄ふたりが理解できないほど、勉学に向いていなかった。
じっとしているのは性に合わないし、本を読みたいとも思わない。
『おれは、よそのこ?おとうさまと、おかあさまのこじゃない?だから、ちあう?』
思い悩むうちにジェイミーが生まれ、その姿を見たイアンは、益々落ち込んだ。
『あかちゃん・・きんいろのかみに、あおいめ。みんなとおんなじいろ』
しょんぼりと鏡を見れば、燃えるような赤の髪に淡い翠の目をした自分が映る。
《もしかしたら、今日は色がみんなと同じになっているかもしれない。せめて、髪だけでも》
そんな願いが叶うことはなく。
イアンは、鏡を見るのが嫌いになった。
じぇい、かわいい。
あ、てを、ぱたぱたしてる。
それでも家族はイアンにも優しくて、何かとイアンに構って来たけれど、イアンは徐々にそれを受け入れられなくなっていった。
『おれは、ちあうから』
そんな自分は、みんなと一緒にいるべきではないと、大人たちが囁くのを聞く度、心が痛い。
その言葉を思い出す度、辛くて泣きそうになる。
でも、そんな時でも、ジェイミーを見れば元気になれた。
ジェイミーは可愛い。
ぱたぱたと、足や手を動かして、きゃっきゃと笑う。
そんな様子を遠くから見、笑い声を聞くだけで嬉しくなる。
だから、会いに行くけれど、遠くから見るだけ。
だって、自分は違うから。
自分は違う。
家族ではない。
その認識に強く囚われ、イアンはこっそりジェイミーに会いに行く以外、自分からは家族の傍へ寄らなくなった。
けれど今日。
『いぃにいに』
ジェイミーが自分をそう呼んで小さな手を伸ばして来た時、イアンの中で何かが弾けた。
純粋に自分を見つめる大きな瞳に、心のなかの何かが溶けるのを感じて思わず近づいたイアンは、母に優しく抱き上げられ、ジェイミーと手を繋いで、その小ささ、柔らかさに驚き、守りたい気持ちが湧き上がるのを感じた。
自分より小さな、可愛い弟。
じぇいは、おれがまもる。
思ったイアンは、兄ふたりにも名を呼ぶように言われ、ジェイミーの手本のようにその名を呼んだ。
にいさまたち、いやがらなかった。
おれのことも、かわいいおとうと、っていった。
そのことにも安堵し、笑い合う家族のなかに在って、初めて自分もその一員だと認識出来た。
そしてその後の夕食で、ジェイミーが何かを訴え、泣き出してしまった時はとてもはらはらしたけれど、分かれば自分で食べたいと主張する姿も可愛かったし、上手く食べられなくて不満そうな顔をするのも可愛かった。
それに何より。
かおじゅうべたべたで『にいに』ってよんだの、すごくすごくすごーく、かわいかった。
おれのおとうと、さいこう。
じぇいのえがお、むてき。
あの笑顔は絶対に俺が護ると誓って、イアンは眠りへと誘われて行った。
ブクマ、ありがとうございます。