表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/92

三、おれの、かわいいおとうと ~イアン視点~







「きょうのじぇい、とくにかわいかったな」


 歯磨きをし、自分付きの侍従に寝支度をされて、いつものように両親と兄達、そして母に抱かれたジェイミーに就寝の挨拶を済ませたイアンは、ベッドに潜り込み、いつもよりずっと軽やかな気持ちで、今日という日を幸せに思い出す。


 ジェイミーが生まれる前、弟が生まれるのだと両親から聞いたイアンは、子どもながらとても楽しみにしていたけれど、その頃から、周りの自分に対する声を理解するようにもなってしまった。


『あの髪色に瞳。ほんとうに旦那様の弟君・・・ハロルド様にそっくり』


『それに、カール様やクリフ様とも似ていらっしゃらないし』


『おひとりだけ、お色があれだけ違うと』


『伯爵ご夫妻は、間違いなくご自身たちの実子だと言われるけれど、違うと思った方がよさそうよね』


『不義の子を堂々と育てるなんて、大胆なことなさるわ』


『不義の子、なんて言っても子供には分からないんじゃない?ちゃんと、親が違う、って言ってあげないと』


『まあ、聞いていると知っていて親切ねえ・・ふふふ』


『カール様や、クリフ様だって、心のなかでは疎んじていらっしゃるんじゃないか?』


 時折、邸で開かれる茶会や夜会。


 父アレックスが、クラプトン伯爵として領地を治める一方、手広く商売もしている関係で色々な人が集まるそこでは、余り品の良くない話も飛び交う。


 もちろん両親や兄達が居るところではそのようなことは無いが、イアンひとりの時を狙って聞こえよがしに言われる言葉は、イアンを酷く傷つけた。


『たしかに、おれだけ、ちあう』


 鏡を見る度、イアンはしょんぼりと肩を落とす。


 そしてそれは、髪や瞳の色のことだけではなかった。


 ふたりの兄はとにかく優秀で、長兄のカールは、齢八歳にして既に次期領主として有能だと言われているし、次兄のクリフは、父の商才をまるごと受け継いだ数字の天才と言われている。


 しかしイアンは、何かと本を読みたがる兄ふたりが理解できないほど、勉学に向いていなかった。


 じっとしているのは性に合わないし、本を読みたいとも思わない。


『おれは、よそのこ?おとうさまと、おかあさまのこじゃない?だから、ちあう?』


 思い悩むうちにジェイミーが生まれ、その姿を見たイアンは、益々落ち込んだ。


『あかちゃん・・きんいろのかみに、あおいめ。みんなとおんなじいろ』


 しょんぼりと鏡を見れば、燃えるような赤の髪に淡い翠の目をした自分が映る。


《もしかしたら、今日は色がみんなと同じになっているかもしれない。せめて、髪だけでも》


 そんな願いが叶うことはなく。


 イアンは、鏡を見るのが嫌いになった。








 じぇい、かわいい。


 あ、てを、ぱたぱたしてる。




 それでも家族はイアンにも優しくて、何かとイアンに構って来たけれど、イアンは徐々にそれを受け入れられなくなっていった。


『おれは、ちあうから』


 そんな自分は、みんなと一緒にいるべきではないと、大人たちが囁くのを聞く度、心が痛い。


 その言葉を思い出す度、辛くて泣きそうになる。


 でも、そんな時でも、ジェイミーを見れば元気になれた。


 ジェイミーは可愛い。


 ぱたぱたと、足や手を動かして、きゃっきゃと笑う。


 そんな様子を遠くから見、笑い声を聞くだけで嬉しくなる。


 だから、会いに行くけれど、遠くから見るだけ。


 だって、自分は違うから。


 自分は違う。


 家族ではない。


 その認識に強く(とら)われ、イアンはこっそりジェイミーに会いに行く以外、自分からは家族の傍へ寄らなくなった。


 けれど今日。


『いぃにいに』


 ジェイミーが自分をそう呼んで小さな手を伸ばして来た時、イアンの中で何かが弾けた。


 純粋に自分を見つめる大きな瞳に、心のなかの何かが溶けるのを感じて思わず近づいたイアンは、母に優しく抱き上げられ、ジェイミーと手を繋いで、その小ささ、柔らかさに驚き、守りたい気持ちが湧き上がるのを感じた。


 自分より小さな、可愛い弟。




 じぇいは、おれがまもる。




 思ったイアンは、兄ふたりにも名を呼ぶように言われ、ジェイミーの手本のようにその名を呼んだ。




 にいさまたち、いやがらなかった。


 おれのことも、かわいいおとうと、っていった。




 そのことにも安堵し、笑い合う家族のなかに在って、初めて自分もその一員だと認識出来た。


 そしてその後の夕食で、ジェイミーが何かを訴え、泣き出してしまった時はとてもはらはらしたけれど、分かれば自分で食べたいと主張する姿も可愛かったし、上手く食べられなくて不満そうな顔をするのも可愛かった。


 それに何より。




 かおじゅうべたべたで『にいに』ってよんだの、すごくすごくすごーく、かわいかった。


 おれのおとうと、さいこう。


 じぇいのえがお、むてき。




 あの笑顔は絶対に俺が護ると誓って、イアンは眠りへと(いざな)われて行った。


 

ブクマ、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ