二十九、馬鹿王子との茶会 ~カルヴィン視点~
「・・・じぇいみぃ・くらぷとん・・れしゅ。はじめまちて」
「上手だぞ、ジェイミー。流石、俺の婚約者だ」
のっけからジェイミーを視界に入れない、そこに無い者として扱う。
本当に、幼稚というか、上に立つ資格が無いというか。
そんな態度を示して来た第一王子に、内心呆れていたカルヴィンは、場の雰囲気に戸惑っている様子ながら、きちんと礼をし、挨拶をしたジェイミーを、抱き締めたいほど誇らしく思った。
ジェイミーは、本当に凄いな。
馬鹿王子より、ずっと大人じゃないか。
「カルヴィン。今日は、カルヴィンの好きな物ばかり用意させた。さ、ふたりきりの茶会だ。ゆっくりしよう」
ああ、やっぱりな。
そんなことだろうと思った。
第一王子が指すテーブルには椅子が二脚しかない。
それつまり、カルヴィンと自分だけで席に着く気なのだと伝わり、余りにあからさまなその嫌がらせに、カルヴィンは却って笑いそうになってしまった。
「ジェイミー。今日のジェイミーの席は、俺の膝の上な」
「う」
しかし、廊下でジェイミーの『きらきら』誉め言葉をもらっているカルヴィンは、そんなことも気にならず、ジェイミーを膝に乗せる。
ああ、ジェイミー可愛い。
俺の癒し。
いつもだったら、もう既に疲弊して帰りたくなっているもんな。
ジェイミー効果は絶大なり、だな。
第一王子は、昔からカルヴィンに執着していて気持ちが悪いほど。
幾ら婚約の申し入れを断っても理解されず、このままでは生贄にされてしまうと、カルヴィンは両親に、ジェイミーとの婚約を急ぎたいと願った。
だがそれで、ジェイミーまで巻き込んでいるんだからな。
ごめんな、ジェイミー。
でも、ちゃんと俺が護るから。
改めてカルヴィンが決意表明をする、 その間にも、第一王子は、赤子は侍従に面倒を見させればいいだの、そんなちびは婚約者として認めない、自分の方がずっとずっときれいだ、などと宣わる。
はっ。
馬鹿を言うな。
世界一可愛くてきれいなのは、ジェイミーだよ。
そして、ジェイミーと俺の婚約を、お前に認めてもらわなければならない義理は無い。
おまけに、なんだ?
侍従に面倒を見させておけばいい、だ?
ジェイミーに会わせろと、最後は脅しのような真似までしておいて、どの口が言っているんだか。
カルヴィンとジェイミーが婚約して直ぐから、ジェイミーに会わせろと、幾度となく手紙を寄こして来ていた第一王子だが、カルヴィンは両親とも相談のうえ、ジェイミーが幼いことを理由に回避していた。
すると痺れを切らしたのか、今度は国王から命令という形で、ジェミーを連れて来るよう通達が来た。
その建前を表面だけでも守る頭も無いのかと、カルヴィンは、似たもの親子の国王と第一王子を頭の中で並べた。
親子揃って、下衆で屑。
「おい!ちび!カルヴィンから奪ったヴァイオレット・サファイアのペガサスを、ボクに返せ!」
「ふえ?」
地団太を踏んで何やら叫んでいる第一王子を、呆れ顔で見ているジェイミーも可愛い、などとカルヴィンが思っていると、第一王子がとんでもないことを言い出し、ジェイミーが驚きの声を発する。
はあ?
何を、お前に返せだって?
遂に、妄想と現実の違いも分からなくなったのか。
この馬鹿王子。
「殿下。今のお言葉は、ひとつも正しくありません。私は、私の意思でヴァイオレット・サファイアのペガサスをジェイミーに贈りました。そして、そもそもあれは、ジェイミーのために作らせたものなので、殿下にお返しするようなものではありません。あのヴァイオレット・サファイアのペガサスの持ち主は、ジェイミーただひとりです・・・ああ。将来、私とジェイミーの間に子供が生まれれば、やがてその子に継がせることになるでしょうが」
自分にひっしと縋り付くジェミーの背に、安心させるよう手を回して、カルヴィンは、怒りを抑えた声でそう言った。
「そんなカルヴィン!ボクがずっと、カルヴィンと婚約したいと言っていたのに!」
「そのお話は、その都度、幾度もお断りしました」
「どうして!?ボクは、第一王子だけど、フィールドだから王太子にはなれないって、だから公爵夫人になれるよ、って、ちゃんと説明したのに!」
はあ。
頭、沸いているのか?
だ、か、ら。
俺が、お前を、公爵夫人になんか迎えたくない、って言っているんだよ!
俺の両親も以下同文!
断られた段階で気づけよ!
大体、お前が王太子になれないのは、フィールドだからじゃないだろうが。
・・・・・ん?
ジェイミーが、何か誤った解釈をしているような・・・・。
もしかして、フィールドだから王太子になれないって、信じたのか?
しょうがない。
ジェイミーのためなら、説明するか。
「それも違います、殿下。殿下が王太子になる資格無しと判断されたのは、フィールドだからではありません。この国では、シード、フィールドに関係なく、その地位に相応しいと判断されれば、王太子となることが可能です。王太子になれないことと、フィールドであることは、まったく関係ありません」
王族、しかも国王と王妃の第一子として生まれたんだから、お前にも充分に資格はあったんだよ。
国王と王妃の子は、シードだろうとフィールドだろうと、王太子、王になる権利があるんだから。
だけど無能すぎて、王太子に相応しいかを見極める最初の選定の儀で、早々に王太子の資格無しとなったんだろうが。
しかも、三回ある選定の儀の、その初回で落ちるなんて前代未聞だって、未だに言われてんの、知らないのか?
「だ、だけど!この美しいボクが妻になるんだぞ?嬉しいだろう?何を言っても不敬と言わないから、本心を言ってみろ。愛を囁け」
「いいえ、少しも嬉しくなどありません。殿下の我儘と、贅沢好きで散財好き、おまけに横暴な性格は有名ですから。それなのに『愛を囁け』?冗談も、休み休み言ってください」
本当、馬鹿を言うのもいい加減にしろ。
気持ち悪い。
「カルヴィン!ボクを愛して妻にしろ!」
「私の妻となるのは、ジェイミー・クラプトンだけです」
ああ、もう。
いつまで続くんだよ、この話。
いい加減にしろ、って言っているだろ!
お前を愛すことなんて、世界が滅んだってないんだよ!
俺には、ジェイミーがいるんだから。
「ああ・・・この馬鹿王子。ジェイが居なかったら、殴ってる」
「ふぁっ!」
駄目王子、会話の理解も出来ない馬鹿王子と、直接口にしないよう、癒しのジェイミーの背をとんとんし、思わず小声で言ってしまったカルヴィンの言葉に、ジェイミーがおかしな声を出した。
可愛い。
そして、自然と湧き上がる笑顔をジェイミーに向けたカルヴィンに、第一王子が愕然とした顔になる。
「なんで・・なんで、そんなちびに、そんな笑顔」
「幸せだからですよ。ジェイミーと居ると幸せなので、自然と笑顔になるのです」
ジェイミーは、俺の癒しで可愛くて特別。
「カルヴィン。ボクと結婚しろ。でないと、そのちびを殺す」
「殿下。もし、ジェイミーに手を出したら・・・王家が入れ替わりますよ」
ジェイミーを、なんだって?
冗談でもそんな言葉を口にしたこと、後悔させてやろうか。
・・・・・って、どうした!?
ジェイミー!
俺が怖かったか!?
物騒な言葉に、物騒な言葉を返し、ぎろりと第一王子を睨み付けたカルヴィンに、ジェイミーが竦みあがったのを見て、カルヴィンは慌ててその顔を覗き込んだ。
いいね、ブクマ、評価、ありがとうございます。