二十八、あの日の回想 ~カルヴィン視点~
ジェイミー、ごめん。
コリンを信用しきっていた俺が、ジェイミーと奴を、ふたりきりになんてしたから・・・!
コリンが自供した北の森へと向かいながら、カルヴィンは強く唇を嚙み締めた。
『ヴぃ』
そう呼んでくれるジェイミーが、カルヴィンにはとてつもなく可愛い。
それは、ジェイミーの両親、兄達、使用人に至るまで皆同じで、ジェイミーの周りは、いつもあたたかな空気と優しい笑顔であふれていた。
<カルヴィンが、大事にしているという婚約者に会いたい>
そう第一王子から手紙が来た時、『あの愚第一王子め』と、カルヴィンは思わず顔を顰めてしまった。
幾度断っても、懲りるということを知らずに、カルヴィンに婚約を申し込んで来ていた第一王子の魂胆などみえみえで、カルヴィンは、心底ジェイミーを連れて行きたくないと思った。
ジェイミーが、第一王子の悪意に晒されることなど、火を見るより明らかだったから。
しかし、両親であるクロフォード公爵夫妻と、ジェイミーの両親であるクラプトン伯爵夫妻には、国王から同様の手紙が行ったと知って、事態の深刻さにカルヴィンは青くなった。
つまり、王命で俺とジェイミーの婚約をなくし、あの馬鹿王子を俺に押し付けるつもりか?
現在の国王は、カルヴィンの父クロフォード公爵の義兄で、見た目も違えば意見も合わず、大層仲が悪い。
父に対し、国王が、嫌がらせとも思える行為をしているのも知っているカルヴィンは、力、権力で押し通されてしまうのではないかと、心底心配になった。
俺に、もっと力があれば。
『大丈夫だ、カルヴィン。ジェイミーとの婚約破棄などさせない。必ず阻止するから、安心しなさい』
『そうよ。カルヴィンは、こちらのことは気にせず、ジェイミーのことを護らないと』
けれど、不安でいっぱいになったカルヴィンに、クロフォード公爵も、公爵夫人も力強い笑顔でそう言った。
『ジェイミーを、護る、ですか?』
『ああ。陛下は、子供は子供だけで、と仰っているからな。恐らく、私たちにはジェイミーとの婚約解消の圧をかけ、あの愚第一王子は、お前を篭絡することに全力を注ぐはずだ』
『父上。俺は、篭絡などされません。愚第一王子殿下など、出来れば視界に入れたくありません』
有り得ないと強く言えば、クロフォード公爵も、夫人も、分かっていると肩を竦める。
『だろうな。あれだけ嫌がっていれば、愚第一王子に対し、欠片も想いが無いことなど明白だ』
王城へ招かれ、数度に一度は仕方なく登城するものの、不敬ぎりぎりの態度でいるカルヴィンを思い出したのだろう、クロフォード公爵が苦笑いを浮かべた。
『それでも分かっていなかったのですね。まあ、しつこかったですものね』
断っても断っても、婚約の申し込みを続けていた王家に対し、クロフォード公爵夫人は遠い目になる。
『大丈夫よ、カルヴィン。貴方が、第一王子殿下に対し、良い印象をもっていないことなんて、みんな知っているから・・・ご本人と、そのご両親を除いて』
『ともかく、だ。ジェイミーとカルヴィン、そして愚第一王子とで茶会となるようだから、きちんとジェイミーを護るんだぞ?』
『カルヴィン。第一王子殿下が、あんまりジェイミーに酷いことを言うようなら、聞こえないようにしてあげなさい。ジェイミーは、人の悪意になんて、晒されたことが無いんだから』
『あの可愛い耳を、優しくふさぐのよ』と言って、クロフォード公爵夫人は、ふふふと笑った。
『母上?』
『あら、ごめんなさい。ジェイミーが可愛く、驚く姿を想像してしまって』
母であるクロフォード公爵夫人の言葉に、カルヴィンもその姿を想像してみる。
カルヴィンに、突然両耳を優しくふさがれ『ふわっ!?ヴぃ!?』と、飛び上がるジェイミー。
『それは、可愛いですね』
『でしょう?ジェイミーは、カルヴィンにとっての癒しね。きっと、第一王子殿下とのお茶会も、ジェイミーが居るというだけで、これまでより呼吸が楽になるのではないかしら。あら?それって、お互いに護り合うってことね。素敵だわ』
・・・それで、結局城でも、さんざん嫌な思いをさせたのに。
『ヴぃ!』
登城する日。
正装姿で現れたジェイミーは、いつもより凛々しく、カルヴィンはその小さな体を大切に抱き上げた。
向かう先が、行きたくない場所第一位だとしても、その姿を見られただけで幸せな気持ちになれると、清々しい気持ちさえ抱いて、両親たちと別れ、第一王子の部屋へと向かう。
相変わらず、趣味の悪い。
廊下の至る所に飾られた、これ見よがしに派手な美術品と、やたらに金や宝石を使った悪趣味な装飾を見て、カルヴィンは思わず眉間にしわを寄せた。
『わあ・・ぎあぎあ』
しかし、大人しくだっこされているジェイミーがそう呟くのを聞いて、カルヴィンは不安になる。
『ジェイミー、ああいうの好き?』
もしや好みが異なるのかと、幾ばくかの不安を抱いて尋ねれば、すぐさまジェイミーは大きく首を横に振った。
『んん!きあい!』
『え?でも、今、きらきらって言ったよね?俺が、ヴァイオレット・サファイアのペガサスを贈った時と同じ』
あの時も確かにそう言ったと、ジェイミーを見たカルヴィンは、思い切りぽこんと殴られた。
『ちあう!あえ、ぎあぎあ!ヴぃ、きあきあ!』
『え?・・・ああ!ぎらぎらと、きらきらで違うってこと?』
『う!』
分かってもらえて嬉しいのか、ジェイミーが両手をあげてにこにこと笑う。
『そうか。ぎらぎらときらきらか』
何だか楽しくなったカルヴィンは、無敵状態で第一王子との茶会に臨んだ。
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