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二十七、夕餉







「・・・兄上、こちらが吾の運命の君であるジェイミーです・・兄上、こちらが吾の運命の君であるジェイミーです・・兄上、こちらが」


「あああうぅ」


 夕食予定より、随分と早い時間。


 『遅れるといけないから』と、そわそわした様子でぼくをだっこしたカシムは、未だ何の準備もされていない、ハリムと夕食を摂る約束をしている部屋へとやって来た。


 きびきびと働いていた使用人さん達は、予想以上に早いカシムの登場にかなり焦っていて、どうするのかなあ、と、ぼくは、だっこしてくれているカシムを見た。


『・・・早かったようですが、遅れるよりはいいでしょう。ですが、準備の邪魔になってもいけないので、あちらで待っていましょう』


『う』


 流石に、使用人さん達の邪魔になるので、夕食の支度がされていくテーブルに着くことはなく、カシムは近くにあるソファに座り、ぼくをそのまま膝に乗せてくれた。


 それからずっと、念仏を唱えるかの如く、ハリムへの挨拶の練習を繰り返している。




 ハリムと食事を摂れるのは嬉しいけど、緊張もするってことか。




 昼食の間中、そして、午後の勉強を終えて、ぼくとかるたをしてくれている時も、それはそれは嬉しそうにハリムの事を語っていたカシムは、だがしかし、窓の外の陽が傾いているのに気づいた瞬間、まるでばねが仕込まれた人形のように、ぴょんと飛び上がった。


『ジェイミー。遅れては大変だから、かるたはもう、ここでおしまいにしようね』


『う?』


 


 いやいや!


 今、二回戦目を始めたばっかりですけど!?




『ジェイミー。名残惜しいのは分かるけど、いい子だから?ね?』


『うぅ』


 今の今まで、兄自慢をしつつも余裕でぼくに勝っていたくせに、それに未だ時間に余裕もあるのにと、少し恨みに思うも、ハリムとの食事ということで、急く気持ちが分からないでもないぼくは、渋々ながらお片付けを始めた。




 なんだよ。


 折角、ひとりかるたをしないで、カシムとの対戦に備えていたのに。


 ・・・・・まあ、しょうがないけど・・・けど!




『ジェイミーは、本当にいい子だね』


『むぅ』


 そう言ってぼくの頭を撫でるカシムに、未だ納得がいっていないぼくは、手を動かしつつもかなり拗ねていたけど、カシムの、いつもなら有り得ない行動を見てそんな気持ちも吹き飛んだ。


『かちむ!そえ、ちあう!』


『え?・・・ああ、本当だね。魔法陣かるたと、ことばのかるたを、混ぜてしまっていた。教えてくれて、ありがとうジェイミー』


『ううぅ』




 あああ。


 そんなに緊張しているってことか。


 じゃあ、まあ、仕方ないな。




『ジェイミー。情けないところを見せてしまって、ごめんね』


『んん!にゃい!』


 落ち込みながら、混ぜてしまったかるたを仕分けるカシムに、ぼくは精いっぱい、情けなくなんかないと伝えた。


 


 いいんだよ、一部猫言葉になっていようと。


 心だ、心。








「遅くなって、すまない」


 そう言って待望のハリムが現れたのは、約束の時間を少し過ぎた頃だった。


 昼食は、会議をしながら摂って、その後も勉強と仕事があるって言っていたから、きっと忙しいんだと思う。


「いいえ、お気になさらず」


 そんなハリムを、礼をもって迎えるカシムの隣にちょこんと立って、ぼくも丁寧にお辞儀をする。


 言葉には出来ないけど、お疲れ様の心を込めて。


「そうか。楽にしてくれ」


「はい、ありがとうございます。兄上、紹介させてください。彼が、吾の運命の君のジェイミーです」


「じぇいみぃ・・れしゅ」


 本当は庭で会っているけど、ぼくはカシムの客みたいな扱いで王城にいるんだから、カシムが紹介してくれて初めて、正式に存在を認めてもらえるんだと思い、もう一度挨拶をした。


「ああ。ジェイミーも、来てくれてありがとう」


「あいがと・・ごじゃます」


 互いに挨拶を終え、ぼく達は、それぞれ席に着く。


 カシムは、当然のようにぼくの隣に座って、クッションの座り心地など、細やかに気配りしてくれた。




 いつもありがとうな、カシム。




「カシムは、本当にジェイミーを大切にしているのだな。洞窟の魔女の話など、信じていないと聞いていたが」


「はい。吾も、意外に思っております」




 ああ、一人称が「吾」になっているよ。 


 まあ、練習の時からそうだったからな。


 本番では、当たり前っちゃ当たり前か。


 カシム、畏まると「吾」になるみたいだから。




「洞窟の魔女については、私も話で聞いたことしかないが。本当に突然、御言葉(みことば)が下されるのか?」


「はい、その通りです。兄上。吾の場合は、廊下を歩いている時、突然目の前に洞窟の魔女が現れて『とにかく急げ。お前の運命の(きみ)がおる』とおっしゃって。カンテラを押し付けられたと思った時には、知らぬ森に飛ばされておりました。後からナスリも飛ばされて来て、父上たちには魔女殿が知らせると言っていたと言われ。運命の君と言われても、このような暗い森でと途方に暮れていると、強い光が辺りを一瞬照らしたので、そちらへ行くとジェイミーがいました」




 洞窟の魔女に、運命の(きみ)か。


 陛下たちは、占いとかも言っていたから、託宣とか、そういうのが強く信じられている国なのかな。


 ・・・・・カシムは、あんまり信じていなかったみたいだけど。




「暗い森に、このように(いとけな)い者がひとりで」


「はい。吾が間に合って、本当によかったです」


「うぅ」


 あの、狼に囲まれた恐怖を思い出し、ぼくは思わず身震いした。


「ですが兄上。ジェイミーは勇敢で、立派だったのですよ。数匹の魔狼相手に、どうやら手持ちの魔道具で応戦したらしいのです。吾が見た光は、それだったかと」


 ぼくが震えたのが分かったんだろう。


 カシムが優しく抱き寄せながら、そう言った。


「ジェイミーは、魔道具を携帯していたのか?」


「はい。幾ばくかの菓子と飲料、それから、かるたと共に」


「かるた?」


 カシムの説明に、ハリムが不思議そうに首を傾げる。




 おお。


 格好いいのに、そんな仕草も似合うなんて、いい男は得だな。




「はい。魔法陣が描かれている札と、言葉が書かれている札になります」


「ほう。ジェイミー、今度私にも見せてくれるか?」


「う!・・えと・・あい!」


 大して変わらないんだけど、それでも何とか、丁寧な返事をしようと心がけているのが分かったのか、ハリムがふっと笑った。


「そんなに気張らずともよい。ジェイミー、カシムを笑顔にしてくれたこと、感謝する」


「う?」


 


 カシムを笑顔に?


 カシムって、笑わないひとだったのか?




「ところで。ジェイミーの家族の捜索は、進んでいるのか?」


「っ!」


 『ぼくの前ではカシム、よく笑うけど』なんて思っていると、ハリムが唐突にそんなことを言うから、ぼくはびっくりして、危うく手にしていたフォークを投げるところだった。


 危ない。


「はい。吾が飛ばされた森の感じ、それにジェイミーが身に着けていた衣服からいって、他国であることに間違いはありません。それから、ジェイミーに見せてもらった水筒やリュックに、紋章が入っていました。その紋章を使っている「クラプトン家」か、「クランプトン家」が、ジェイミーの家なのだと推測されますので、捜索隊が動いている家門と併せて調査しています」




 そっか。 


 『リュックの中身も見ていいですか』って言って、色々確認していたのは、そういうことだったのか。


 ・・・・・でも、なんで「クラプトン家」か「クランプトン家」なんだ?


 ぼくはちゃんと、くらんぷとんって・・あれ?


 くらぷとん、じゃなかったか?


 くらんぷとん、だったっけ?


 


「くらんぷとん・・くらぷとん・・・んん?・・あえ?・・くりゅりゅ・・ぷしゅう」


 考えているうちに分からなくなったぼくに、ハリムが優しく笑ってくれる。


「無理しなくていい」


「そうだよ、ジェイミー。ちゃんと、探してあげるからね」


 そしてカシムも、ぽんぽんと優しく頭を撫でてくれた。


「幼子なのだ。仕方あるまい。とはいえ、ジェイミーはしっかりしている。それに、とても賢く可愛い。今日も、棗椰子の実を興味深そうに見上げていて。とても愛らしかった」


「棗椰子ですか」


「ああ。熟したら、一緒に食べるといい。私の木の物も、分けてやる」


「光栄です、兄上。ありがとうございます!」




 棗椰子。


 ああ・・・そんな、食い意地が張っているように見えちゃったのか。


 確かに、じぃっと見てたからな。


 でもまあ、兄弟仲良く語らう糧になるなら、喜んで、ってところだな。




「ところで、カシム。胸の痛みは大丈夫なのか?」


「え?」


 兄弟の語らいの種、糧になるなら、自分の恥も喜んで、と思いつつおいしいごはんに舌鼓を打っていたぼくは、神妙な顔で切り出したハリムに、水さえ喉に詰まる思いがした。




 まずい。


 カシム、胸が痛いの内緒にしておきかったかもしれない・・・・・。



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