二十五、兄王子、ハリムの理由。
「これは。もしかして、カシムは私を嫌っていない、と言っているのかい?ジェイミーは、優しいな」
「うう!うしょ、ない!かちむ、はあむ、しゅき!」
ハリムの胸元をがっしり掴んで言い切れば、ハリムが益々困ったように眉を下げた。
「ジェイミー。私はね、カシムに嫌われても当然のことをしてしまったんだ。だから、今更好かれようなんて、思ってはいけないんだよ」
「う?」
カシムに嫌われても当然のこと?
いやでも、カシムは完全に、自分がハリムに嫌われているって思っているよな?
「カシムが生まれた時、私はとても可愛くてね。ゆりかごで眠るカシムを、そっと抱き上げようとしたことがあるんだ」
「う」
カシムが生まれた時、って言ったらハリムは三歳か。
おお、三歳のハリムと生まれたばかりのカシムか。
ふたりとも、可愛かっただろうな。
「ちゃんと、母上たちの真似をしたつもりだったのに、私が抱き上げようとした途端、カシムは首がだらんとなって、背中に後頭部が張り付いた」
「うぇ!?」
背中に後頭部が、って。
それってかなりの大惨事なんじゃ・・・って。
人間の首って、そんな角度に曲がるものなのか?
「信じられないだろう?でも、本当にね。こう、後頭部が背中にがんっ、ってなって・・すぐに侍従が抱き直してくれたけど、驚いたんだろう。カシムは火が付いたように泣き出して、その後もなかなか泣き止まなくてね。それも、怯えたように泣くのが可哀そうで、申し訳なくて。私も一緒になって泣いてしまった」
「うぅ」
頭が後ろにがんって・・・。
そりゃ怖い。
ハリムも、恐怖だったろうな。
「父上も母上も、首が座っていない赤ちゃんだからだと言って、私を責めることもなく、きちんと抱き方を教えてくれたのだが・・・それから、怖くて触らないようにしている」
「うう」
分かる、分かるよ。
そんな体験したら、怖くてだっこできなくなるよな。
・・・・・いやでも。
それからって、十二年ってことか?
長すぎやしないか?
「でもね、ゆりかごで眠るカシムは本当に可愛くて、たまに頬をつついたりはしてしまっていたんだ。眠っていても反応するのが、本当に可愛くて」
「うう」
それも分かる!
うちも、兄様達がかわるがわるやってきて、ぼくのほっぺをぷにぷにしたり、つついたりするから。
なんか、癒し効果があるんだろうな、うん。
「だからね、ジェイミー。カシムは、私と一緒に食事をするのは、恐ろしいと思うんだ」
え。
それで、そこに辿り着いちゃうの!?
「んんん!ない!かちむ、はあむ、おしょ・・ない!」
恐ろしいと思うどころか、切ない目で見ていましたって!
大丈夫だから、一緒にご飯食べよう!
な!
「だが・・・」
ぼくが必死に説得するも、ハリムは折れる気配が無い。
こうなったら仕方ないと、ぼくは奥の手を使うことにした。
「かちむ、いたい、いたい」
「なっ・・なんだって!?」
「ここ・・いたい、いたい」
食事の席で、カシムが苦し気に胸を押さえていたと、動作と拙い言葉で伝えれば、ハリムはすぐさま青くなってぼくの目を覗き込んで来た。
「ジェイミー。カシムは、どこか悪いのか?病気なのか!?ああ、そんなの分からないよな。どうしよう。すぐに確認した方が・・だが、冷たい目で見られたら・・いや、手遅れなど言語道断。ジェイミー。カシムは、胸を抑えたんだな?」
「う!・・・あい!」
それは間違いないと、ぼくは元気に返事をする。
「分かった・・・ヤシン、すぐに連絡を。今日の夕食は、カシムやジェイミーと共にする」
「畏まりました」
ヤシンって呼ばれたハリムの傍に付いている人が、答えると同時に他の侍従さんに何か指示を出した。
うわあ、決断した時のハリム格好いい。
一気にきりっとなって、指示飛ばすの、すっごく格好いい!
「はあむ・・きゃこい」
思わず呟いたぼくは、ヤシンさんがぼくを見てにっこり笑い、頭を下げてくれるのを見て首を傾げる。
なんだろう?
ぼく、何かいいことしたのか?
「ああ・・・つい、指示してしまったが。カシムは嫌がるんじゃないか?私の心配など不要と言われたら、やはり辛いのだが」
「にゃ・・にゃにゃ・・にゃう!」
「ん?ジェイミー、猫の真似か?可愛いぞ」
「んん!ちあう!」
「違うのか。何が違うのだろう・・いやしかし、可愛くて、癒されるな。もしカシムに嫌がられたら、慰めてくれ」
そんな心配要らないと言おうとした結果、ぼくは謎の猫言葉を話しているかのような扱い・・いや、ただ単に猫の真似をしている扱いとなり、何だか遠くを見てしまう。
だけど、まあ。
癒しって言われたんだから、まあいいか。
それにしても、言葉の習得って難しい。
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