二十四、サモフィラスの兄弟王子 2
・・・・・んん・・水音がしてる・・・カシム、戻って来たんだな。
毎朝、鍛錬ご苦労様。
ぼんやりと、覚め掛けの頭で思い、ぼくはふわっとあくびをした。
「むにゅ」
「ジェイミー様。お目覚めですか?」
ころんと転がりそうになりながら、よいせと起き上がれば、すぐさま侍従さんが来てくれて、それと同時にカーテンも開いて明るくなる。
「おあよ・・・」
見れば、カーテンを開けてくれている侍従さんは別にいて、部屋は一気に朝の光で満ちた。
「おはようございます、ジェイミー様」
そしてひとりの侍従さんが、ぼくの顔を洗ってくれて、歯を磨いてくれている間に、もうひとりの侍従さんがお着換えの用意をしてくれる。
「ジェイミー、おはよう」
それらの支度がすべて終わる頃、カシムがナスリを伴って現れた。
「おあよ・・かちむ」
ここの、甘酸っぱい風味の歯磨き粉もいいよな、なんて思いつつ、ぼくはカシムにだっこされて朝食のテーブルに着く。
食事は、ナッツ類や果物が豊富に揃えられていて、色もきれいで、ぼくはいつも、うきうきしてしまう。
そして、ぼくの食事用の物は、喉に詰まったりしないようにという気配りなのだろう、細かく擦りおろされていたり、刻まれたりしていて、とても食べやすい。
それに、このスプーンとフォーク!
ほんっとに使いやすい。
ぼくが来た日は、大人用のスプーンやフォークだったものが、翌朝には、木でできた小さな子供用のスプーンとフォークが用意されていた。
この木製のスプーンとフォーク、滑らかに表面が処理されていて、すべすべと気持ちがいいし、しっかりした材質っぽいのにとても軽い。
「ジェイミーは、本当においしそうに食べるね。それに、とてもフォークやスプーンの使い方が上手だ」
「こえの・・っかげ!あーと!」
はしゃいで、手に持っていた木で出来たスプーンを見せれば、何故かカシムが胸を抑えた。
「かちむ!いたい、いたいなの!?」
もしや、何かの病気かと思い、ぼくは心配になってしまう。
カシム、未だ若いのに。
持病か何か、あるのか?
「ああ、いや。そうだな。病の一種といえば、一種か。だが、心配いらない。大丈夫だよ、ジェイミー」
何ともないよと、証拠のように空になった皿を見せられ、ぼくはそれ以上追及することが出来なかった。
「かちむ!いってらったい!」
「行って来ます。なるべく早く、戻るからね」
カシムの部屋の前で、勉強へと向かうカシムを見送り、ぼくは一旦自分の部屋へと帰る。
そう、ぼくは、寝る時と朝ごはんは、カシムの部屋で過ごしているのだ。
何故かと言えば、ここに来た初日の夜に、ぼくが大泣きしたからである。
悪いか。
だって、仕方ないじゃないか。
いつ帰れるのかも分からない、異国の地にいるんだぞ?
家族とも、親しい人たちとも離れてたったひとり。
・・・なんて、言い訳するまでもなく、誰もぼくを責めたり、うるさいと言ったりしなかった。
『大丈夫だよ、ジェイミー。一緒に寝ようね』
ただカシムはそう言って、ぼくをぎゅうってしてくれた。
大人だ。
カシムも、兄様たちやカルヴィンと同じで、何事にも優秀なうえに大人びている。
これが優秀なシードの能力ってやつかと、ぼくは自分の周りの人たちを思った。
あー、風が気持ちいいぜ。
そして、大人びてもおらず、優秀でもないぼくは、特にやらなくてはならないこともないので、朝ごはんの後は、優雅に散歩を楽しむことにした。
いつもみたいにかるたをしてもいいんだけど、昨日の自分の持続力からして、カシムと対戦する前に、あまり脳を使ってしまうのは、良い策ではないと判断した。
ふっふっふっ。
待っていろよ、カシム。
今日のぼくは、一味違うぞ。
「あー・・みがなってりゅ」
そして、短い足でぽてぽて歩いていたぼくは、大きな椰子の木をぽかんと見上げて、間抜けに呟いた。
いやしかし、見た目は椰子の木だと思うんだけど、実がなんか違う。
椰子の実よりずっと小さい実が集まって、房みたいになっている、ってことは、これ、椰子の木じゃないのか?
全然、堅そうな実じゃないし。
ぼくが知っている椰子の実は、ごろんと大きく堅い実で、刃物でやっと切れるかどうかって感じだった。
見た目は、全然違うよな。
「ジェイミー様。棗椰子が気になりますか?」
「ああう!」
ぼくが、あまりにも熱心に見上げていたからだろう。
一緒にお散歩してくれている侍従さんが、ぼくの視線に合わせて膝を折り、そう聞いてくれた。
そっか!
棗椰子か!
へええ、こんな風に実が成るんだ。
「なちゅめ・・あいあと!」
「どういたしまして。こちらの実は・・・あ」
そうして、にこにこと何かを続けようとした侍従さんが、慌てた様子で姿勢を正し、礼をした。
見れば、いつのまに接近していたのか、見るからに高貴なひとが立っている。
「う!」
だからぼくも、見様見真似のお辞儀を頑張る。
「ああ、いいよ楽にして。こちらも散策しているだけだ・・・君も、楽にしていい」
すぐさまぼくに、楽にしていいって言ってくれて、侍従さんにもちゃんと声をかけている。
高貴なひとなんだろうに、優しいなって思っていると、そのひとがぼくをじっと見ているのに気が付いた。
なんだろう?
初めて会う、よな?
・・・・・うーん・・・あっ!
初めて会う高貴なひとって、カシムの兄様なんじゃないのか!?
この王城で暮らす王族は、四人。
国王陛下と王妃陛下、そしてカシムとカシムの兄様。
カシムはもちろん、国王陛下と王妃陛下にもお会いしたから、残るはただひとりってことだ。
「はじ・・まちて。じぇいみぃ・くらぷとん・・れしゅ」
「ああ。初めまして、カシムの運命の君。私は、カシムの兄でハリムという」
ふおお。
若いのに、威厳が凄い。
カシムは王妃様似っぽいけど、ハリム兄様は完全国王陛下似だな。
「ジェイミーは、棗椰子の実が食べたいのか?」
「う?」
いや、どうだろう。
ぼく、棗椰子の実って食べたことない。
「うわっ」
記憶でもないよな、と思っているとハリムに抱き上げられ、突然のことに驚いて声を出してしまった。
「私にだっこされるのは、嫌か?」
「んん!や、ない!」
そんなぼくが嫌がっていると思ったのか、ハリムが眉をへにょりと下げたのが、何か可愛い。
「そうか。それはよかった・・・ジェイミー、あの実が赤茶色になったら、食べられる。そうしたら、カシムと一緒に食べるといい」
「はむも、いっちょ!」
うっおっ、はむってなんだよ。
これやばくないか?
ハリムってうまく言えないにしても、まずい誤りのような気が。
「ハム?・・・ああ、もしかして、私のことか?」
「う!・・ああ、あい!・・えと、はむ・・ないない・・はあむ!」
「ふふ。それほど気にしなくていい。はあむか。いいな」
よかった!
ハリムって、カシムの兄様ってことは、この国の第一王子なんだろうから。
王太子に一番近い地位なんだろうから、そんな偉いひとに不敬はまずい・・・って。
第一王子が、王太子に一番近いよな?
ハリムは、うちの国の、とんでも第一王子とは違うもんな?
「んと・・はあむ!かちむの、にいに!」
王太子の件はさておき、カシムの兄であることは間違いないと、ぼくは片手をあげて声にした。
「ああ、そうだ。カシムは、優しくて賢いからな。きっとジェイミーのことも大事にしてくれる」
「う!かちむ、しゅき!」
「そうか。私と同じだな」
そう言うハリムの表情が優しくて、カシムを好きなのが同じだということが嬉しくて、ぼくは、くふくふと笑ってしまう。
・・・・・・ん?
ちょっと待てよ。
これって、ハリムもカシムが好き、ってことだよな?
でもカシムは、ハリムに嫌われていると思っている。
・・・・つまり、完全なる誤解じゃないか!
そして、遅ればせながら、カシムがハリムに嫌われている事実は、無い。
つまり、カシムは誤解をしていると理解したぼくは、がしっとハリムの胸元を掴む。
「はあむ・・かちむ、いっちょ、ごはん!」
それなら、一緒にご飯を食べれば即解決と、ぼくは、張り切ってハリムを誘った。
「一緒に食事か。それは、カシムが嫌がるだろう。ジェイミー、私はね、カシムに嫌われているんだ」
「ふぇ?」
哀しそうに言ったハリムに、ぼくは間抜けな声を出してしまう。
「驚いたかい?」
「んんん!かちむ、はあむ、きあい、ない!」
しかし、驚いている場合ではないと、ぼくは懸命にハリムを見つめて訴えた。
何と言ってもハリムにだっこされているからな。
そんな困った顔をしても、この近距離では、ぼくの視線から逃れられない。
覚悟しろよ、ハリム!
絶対、カシムと一緒に、ご飯を食べさせてみせるから!
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