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二十三、サモフィラスの兄弟王子







「こえは、こえ・・こえは、こえ」


 ぼくが、あの北の森でカシムに拾われてから三日経った。


 あの日からぼくは、当然のように与えてもらった王城の一室で、毎日快適に過ごしている。


 お世話してくれる侍従さんたちも優しいし、明るくて居心地の良い場所にいると、異国に居る心細さも薄れ、前向きな気持ちになれた。


 そして更に嬉しいことに、ここサモフィラスにも、土足で入ってはいけない場所がある。


 しかも、初めから靴を脱いで上がるために造られた、特別な仕様。


 ぼくの自宅であるクラプトン伯爵邸や、クロフォード公爵邸にあるカルヴィンの部屋が、床に直接絨毯を敷いているのと違い、設計時に既に組み込まれているという円形のそれは、部屋の中央に位置していて、周りよりも一段高い、小上がりのような造りになっている。


 そして、招いてくれたカシムの部屋も、ぼくの部屋と同じ造りだったから、この国ではそういう風に造るんだと思ったら、部屋によっては角に合わせて四角く作られていたり、敷物もそれぞれだったり色々だとカシムが教えてくれた。


 よほど、興味津々に見ていたらしい。


 にこにこ説明してくれたけど、小上がりでおいしいものを食べた記憶がちらついていたぼくは、ちょっと恥ずかしかった。


 ともあれ、この国・・サモフィラスでは、そこでお茶をしたり軽食を楽しんだりするのが風習なようで、ぼくは、ピクニック感覚でカシムとお茶をするのが好きになった。


「んと・・こえは、おと・・らからこえ・・こえはいお・・んでくりょらから・・こえ」


 カシムは毎日勉強があって、ずっと一緒にはいられないので、その時間、ぼくはこうしてひとり、気に入りの場所となった小上がり仕様のその場所で、ひとりかるたに勤しんでいる。


 


 それにしても。


 凄いな、カルヴィン。


 よく思いついたな。




 カルヴィンが作ってくれた、ことばのかるたは、先に兄様達がくれた魔法陣かるたの内容を、すべて網羅しているものだった。


 魔法陣かるたで、色を表す紋様と対になる、ことばのかるたは、いろ。


 魔法陣かるたで、黒を表す紋様があれば、それは色の紋様と黒の紋様が組み合わさっているので、いろとくろ。


 そんな風に対になるかるたを揃えるだけでも、文字と魔法陣、両方を覚えることが出来て、一挙両得と、ぼくはほくそ笑んでいる。




 このままいけば、言葉と魔法陣の基礎を完璧に覚えられるぞ。


 ・・・・まあ、発音は未だ未だだけど。




「しゃ・・しゅ・・しょ・・りょ・・・ううう」


 やっぱり拗音にならずに言うのが難しいと、ひとり唸っていると、扉が静かに叩かれて、ぼくを見守ってくれている侍従さんが、さっと開いてくれた。


「ジェイミー。お待たせ」


 そこに、爽やかな笑みを浮かべて現れたのは、自分の勉強を終えたカシム。


 カシムは毎日、自身の予定を終わらせると、こうしてぼくの部屋に来てくれる。


「かちむ!」


 それが、ぼくはとても嬉しい。


 侍従さんがいるとは言っても、ずっとひとり遊びは寂しい。


「ジェイミーも、お勉強中でしたか。精が出ますね」


 にこにこ笑って靴を脱ぎ、すぐさま傍に来てくれるカシムに、ぼくはぎゅっと抱き着いた。


 突如家族から引き離され、森に捨てられたぼくだけど、拾ってくれたのがカシムで本当に良かったと思う。


「それにしてもこのかるた、本当にジェイミーのお気に入りなんですね。ちょっと妬けますが・・あ、このような遊び方はどうでしょう?」


 カシムは、毎食一緒に食事を摂ってくれて、毎日一緒にお風呂にも入ってくれる。


 侍従さんたちの話から、サモフィラスの王城では、家族でも揃って食事を摂るのは特別な日だけと知って、ぼくは本当に心からカシムに感謝している。


「こうちて・・あしょぶ?」


 そしてカシムは、新たなことを考えるのも得意なのか、かるたの新しい遊び方まで考えてくれた。


「はい。こうして、双方のかるたが混ざらないように、何も記載が無い面を上にして並べて・・そうしたら、片方の陣から一枚をめくり、もう片方の陣からも一枚めくって、同じ意味を持つ物を引いたら当たりということです」


 言いつつカシムは、魔法陣で色を意味する紋様と、言葉で<いろ>と書かれたかるたを引き合わせて見せてくれた。


「あっ!わあった!」




 分かったぞ。


 つまりは、神経衰弱か!




「やってみる?」


「う!」


 それは楽しそうだと、ぼくは張り切って臨む。


 かるたを始めたばかりの頃なら、どれとどれが組み合わさるのかも分からないから無理だっただろうけど、今なら大分覚えたから、充分対応できる。


「ジェイミーは本当に賢いね。すぐ、私の言葉を理解する」


 そう言ってやわらかに目を細め、ぼくの頭を撫でてくれるカシムの手が優しい。




 ああ。


 それは、よく分からない記憶のお蔭なんだよ、カシム。


 ずるしているみたいで心が痛むけど、こんな転生特典が有効利用できるのも、多分今のうちだけだから、許してくれ。


 ほら、言うじゃないか。


 二十歳過ぎればただのひと、って。




 心のうちカシムに謝罪しながら、ぼくは短い手を伸ばしてかるたをめくる。




 どれどれ・・・お、魔法陣の方は音か。


 確か、ことばのかるた側では、未だ出ていないな・・よしっ、これ!




「あー」


「ふふ。違ってしまったね。じゃあ、私の番だ」


 そう言って、かるたをめくる所作も、カシムはとても優雅で、真似したいなと思う。


 カシムと過ごす時間は本当に楽しくて、勉強にもなって、ぼくはすぐに夢中になってしまった。


 そして、おおはしゃぎで幾度か繰り返していると、ぼくのちっこい頭と体が限界を伝えてくる。




 ふう。


 遊んでいただけとはいえ、覚えようとしたり当てようと頑張ったりしたから、結構疲れたな。


 ・・・・・ん?


 カシム、どうした?


 窓の外を、そんな切なそうな目で見て。


 あ!


 もしや、気になる女の子・・じゃなかったフィールドでもいるのか?




 カシムは十二歳だと聞いたから充分に有り得ると、出歯亀根性の働いたぼくも外を見ようとするけど、如何せん、ちっこい。


 そんなぼくが窓の外に見ることが出来るのは、大きな木の上の方と空という有様(ありさま)


「どうしました?ジェイミー・・・ああ。外が見たいのですか?」


 何とか見えないかと、ぴょんぴょんしていたら転びかけて、助けてくれたカシムが、そのままだっこしてくれた。


「おしょと・・みゆ」


 本当はこっそり、どんなフィールドなのか見ようと思ったぼくだけど、堂々とカシムの想い人を見ることになってしまったと思いつつ、窓の外を見る。


 そこは、ここに来て初めて見る植物も多く植わっている見事な、吹く風が気持ちのいい庭園で、ぼくも幾度か散歩したことがあった。


 そして今は、暗くなり始めたそこを、あちらこちらに浮いているランタンが、優しい光で照らしている。


「きえい・・・あえ?だれか、いゆ」


 幻想的で美しい庭園を見ていたぼくは、ひと際大きな木の傍に人が佇んでいるのに気が付き、あれがカシムの想い人かと目を凝らした。




 カシムの想い人、背が高いな。


 それに、しっかり筋肉も付いているっぽい。


 カシムと同じ、シードかな?


 そっか、あれがカシムの。




「ああ。あれは、私の兄上です」


「ふぇ!?」


 てっきり、カシムの想い人だと思っていたぼくは、素っ頓狂な声を出してしまう。


「ふふ。驚きましたか?兄上は、私より三つ上の十五歳で、とても優秀な方なんですよ」


「かちむの、にいに」


 そうか、カシムの兄様か、と思ったぼくだけど、何だかカシムに元気が無い。


 


 なんだ?


 どうした。


 兄様と、仲が悪いとかか?


 だから、あんな切ない目で見ていたのか?


 うちじゃ、考えられないけど。




「かちむ。にいに、しゅき?」


「ええ。ですが、私は兄上に嫌われているのです。ですから、ジェイミーとも挨拶できていなくて、すみません」


「んん!かちむ、わるない」


「ふふ。ジェイミーは、いつもそう言ってくれますね」


 だっこしたまま、ぼくを優しく撫でてくれるカシムの手は、いつも通り温かく優しかったけど、その瞳には隠しきれない寂しさがあった。




 ぼくに、何か出来ることがあればいいんだけどな。


 ちっこい居候だからな。




 この国に来て初めて見た、大きな椰子の木の傍に佇む王子を見つめ、ぼくをだっこしてくれながら、その兄王子を見つめるカシムを見つめ。


 ぼくは、小さな胸が痛むのを感じていた。



いいね、ブクマ、評価、ありがとうございます。

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