二、伝わらないのが、もどかしい。
その日の夕食は、ご馳走だった。
曰く『ジェイミーが、初めて家族を呼んだ日記念』だそうだ。
因みに兄様達三人の初めて記念日も存在する我が家は、最早記念日で無い日の方が珍しいのではないだろうか。
それにしても・・・うぐっ、やっぱり離乳食なんだよなあ。
そりゃそうか、ぼく未だ一歳未満だもんな。
赤ん坊用の椅子に丁寧に下ろされたぼくは、自分の前に並べられた料理を見て、またため息を吐いた。
うん。
固形物だったもの、らしきもの、が、ところどころにあるのが救いか。
一歳未満の赤ん坊が、肉の塊なんて食べられないのは分かっている。
分かっているが、だがしかし。
心は三人の兄達よりも上になってしまったぼくに、この食事は辛い。
でも、手は込んでいるんだよな。
記念日らしく、見た目も豪華に盛り付けてあるし、少しずつの量ながら種類もあるし、食材もふんだんに使ってあるだろうことは明白。
だがしかし、離乳食。
つまりは、どろどろに近い。
まあ、やっと歯が生え始めたところだから、仕方ないんだけど。
「はい、ジェイ。あーん、して」
そして何事も侍従任せにしない母様が、いつも通り隣に座って食べさせてくれようとしているのを見て、反射的に口を開けようとしたぼくは思いつく。
今なら、ひとりで食べられるんじゃないか?
今のぼくには、よく分からない知識と記憶がある。
いつだか分からないが、ぼくは確かにひとりで食事をしていた。
なら、今のぼくにも可能な筈。
「んんっ」
思いついたら即実行。
ぼくは、母様に向かって口を開けることなく、それどころか、ぎゅっと口を噤んで自力で食べる旨を訴えてみた。
「どうしたの?ジェイ。ほら、あーん、よ。いつも、上手に出来るでしょう?」
「やーや・・ぅ・・や・・あうう!」
自分でやれると言いたい。
しかし、上手く言葉が出ない。
仕方なく、ぼくはスプーンを置いてほしいとテーブルを叩いた。
「え?どうしたの?ジェイ」
スプーンを置いてほしいのだと、身振り手振りで訴えながら、戸惑う母様を懸命に見上げるも通じない。
「ジェイ、ごはんだよ。カールにいにが食べさせてあげようか?」
「ジェイ、クリフにいにの方がいいか?さ、食べような。美味しいぞ?」
「何か、嫌いなものでもあったのか?」
兄様達も父様も心配そうに言ってくれるけど、ぼくは上手く伝えられないことが悔しくて、涙まで出て来た。
「やーや・・こっ・・こっ・・」
ここに、スプーンを置いてほしいんだってば!
「こっ・・んくっ・・こっ・・うぇえ」
「なくな、じぇい」
「こっ・・こっ・・・うぇええええん」
こっ、こっ、って鶏かよ!
イアン兄様に言われて益々涙が出て来て、懸命にテーブルを叩きながら、余りの不甲斐なさに自分自身で突っ込みを入れる。
うう。
悔しい。
うまく伝えられないことが、こんなに悔しくもどかしいなんて。
「・・・もしかしてジェイ。スプーンをここに置いて、って言っているの?」
その時、まさかとでも言いたげな母様の声がして、ぼくは、ぱあっと母を見た。
「あーうえ!」
現金なもので、嬉しさに涙も引っ込み、ぼくは喜びに満ちた目で母様をみあげる。
「少し早い気もするけれど・・・挑戦してみる?」
「うっ!」
そして念願のスプーンを手にいれたぼくは、速攻で撃沈した。
乳児の手、なんでこんなに動かせないかな!
こぼしちゃったどころの騒ぎじゃないんだけど!
「ジェイ、上手よ。スプーンはね、こうやって持つの」
膝に置かれた大判のナフキン。
その上にもテーブルにも、ぼろぼろと盛大に零して焦るぼくに、母様が優しい声をかけ、きちんとしたスプーンの持ち方を教えてくれる。
「ん・・・ん」
ん?
こうやって・・・こう・・・・。
それがまた難しいのだが、ここで変な癖がついてしまうのも嫌なので、懸命に握り、覚える・・・が、なかなか実行に移せない。
なんで、スプーン扱うのがこんなに大変なんだよ!
「ふふふ。いい感じよ、ジェイ。本当に上手だわ」
「うー」
「おれも、まだうまくないから。だいじょうぶだよ、じぇい。いっしょに、れんしゅうしよう?」
こんな状態で、どこが上手だと言うんだ、と僻みつつもひとりで食べ続けていると、イアン兄様の優しい声がした。
「ジェイは赤ちゃんなのに、努力家だね」
にこにこ笑って言うカール兄様は、未だ八歳なのに上手にカトラリーを扱っていて、益々落ち込む。
「そうだぞ。ジェイは赤ん坊なんだから、出来なくて当たり前だ。俺達の真似してればいいんだって」
「う?」
けれどクリフ兄様に言われて、ぼくは、あっと気が付いた。
そうか。
兄様達を見倣えばいいんだ。
「にいに」
嬉しくなって、にぱあっと満面の笑みを浮かべてしまったぼくを見て、家族全員が固まった。
しまった。
口のまわり、べたべただった。
ありがとうございます。