十九、捨てる者あれば、拾う者あり。
「おや、見てごらんナスリ。本当に、吾の運命がいたよ」
え。
誰?
カンテラを片手に、木々の間から出て来たのは、カルヴィンでも家族でも、我が家の護衛騎士でもなく、見たことのない衣服を身にまとった少年だった。
「殿下。おめでとうございます。それでは、急ぎ帰りましょう」
「そうだね。随分と小さい運命の君だ・・・いったい、いつからここに居たのか」
見慣れない衣装だけど言語は分かってよかった、助けてもらえる、なんて思っていると、少年がぼくへと寄って来た。
見慣れないけど、質のいい生地を使った、上等な服だということは分かる。
っていうか、これってアラビアン!
目と髪の色は、黒か?
暗くてよく分からないな。
「はじめまして。吾は、カシムと言います。君の名前を教えてくれますか?」
ぼくの傍で膝をついた少年は、自分から名乗ると、丁寧にぼくに聞いてくれて、カンテラの明かりでほんのり見える瞳は、優しくぼくを見つめてくれた。
「じぇいみぃ・くらぷとん・・れしゅ」
だからぼくも、今のぼくに出来る最高の礼儀をもって答えれば、カシムが嬉しそうに微笑むのが分かる。
「ジェイミーか。よろしくね」
そう言ってぼくの頭を撫でたカシムは、カンテラを侍従さんみたいな人に渡すと、ぼくを優しく抱き上げた。
「ジェイミー様、はじめまして。私は、カシム様の侍従をしております、ナスリでございます」
「・・はじっ・・まちて」
手際のいいナスリさんは、ささっとぼくの荷物をまとめて、布の袋に入れてくれる。
きっと、このまま家まで送って行ってくれるつもりなのだろう。
「あーと・・んと、あいがと」
「どういたしまして」
良かった、これで帰れると思ったぼくは、嬉々として荷馬車の轍を指さす。
「あえ!」
「ん?なんですか?ジェイミー・・・ああ、轍ですね」
「あえ・・いく・・おうち!」
ぼくが指さした方を不思議そうに見たカシムの視線の動きに合わせ、ナスリさんがカンテラを動かす。
流石だな。
うちのジョンも凄いけど、侍従さんって本当に有能だぜ。
「もしかして。あの轍を辿れば、おうちに帰れると、ジェイミーは言っているのですか?」
ぼくが轍を指さした理由と、ぼくの言葉を解析していたらしいカシムが、分かったというように、その目を少し開いた。
「う!・・・あい!」
分かってもらえたのが嬉しくて、家に帰れるのが嬉しくて、ぼくは思わずカシムにだっこされながら、ぴょんと跳ねてしまう。
「賢いですね。ですが、今日のところはより早く移動できる、安全な場所へ行きましょう」
「う?」
「ほら、ここは、とても危険なので」
ちらりとカシムが視線を動かした先を見て、ぼくは固まった。
げ!
さっきの・・かは分からないけど、また狼がいる!
「カシム様。準備出来ました」
「ありがとう、ナスリ。では、行くよジェイミー」
優しい声でカシムが言った瞬間、カシムの胸付近から何か柔らかい光が溢れ、その光に包まれた、と思ったら、ぼくは、もう知らない場所に居た。
ど、どこ!?
なんか、すっごくきらきらして、豪華な部屋なんですけど!
「お帰りなさい、カシム。そちらが貴方の運命の君?まあ、随分と小さな」
「はい。ですが、間違いないと思います母上。ひとりで件の森に居ましたので」
「まあ。それは怖かったでしょう。もう大丈夫ですからね」
カシムに母上と呼ばれた女性に言われ、ぼくは混乱しながらも、ここは挨拶をしなければと奮起した。
「あいがと・・ごじゃます。じぇいみぃ・くらんぷとん・・れしゅ」
「まあ、しっかりしているのね。わたくしの名前は、ラフィーよ」
にこにこと挨拶をされ、ぼくも引き込まれるようににこにこと笑う。
「洞窟の魔女の占いなど信じないと、常日頃宣言しているカシムに魔女の御言葉があったと聞いた時には、どうしたものかと思ったが。どうだ?カシム。魔女の言葉が真実だった思いは?」
「そうですね。思ったような悔しさはありません。ジェイミーは、可愛いです」
揶揄うような言葉をカシムにかけながら、絶世のと言っても過言ではない美女、ラフィー様の後ろから現れたのは、威厳たっぷりなおじ様で、その迫力に魅入られたぼくは、思わずほけっと見つめてから、その肩越しに、やけに立派な椅子があることに気が付いた。
凄いな。
あの装飾、あの重厚な造り。
まるで玉座みたい・・・・って。
もしかして!
「お・・おうしゃま?」
「ああ、そうだ。我はサモフィラス王国、国王ラムジ。歓迎するぞ、カシムの小さき運命の君よ」
そう言って豪快に笑うラムジ様に、ぼくは息を呑む。
運命の君、ってさっきから言っているけど。
何のだろう?
まさか、生贄だったりしないよな!?
「父上、母上。まずは、湯あみをさせて、食事を摂らせたいのですが」
「そうね。それがいいわ。ジェイミー、ゆっくりくつろいでね」
「また会おう、ジェイミー。カシムをよろしく頼む」
「ふぇ!?」
ちょ、ちょっと待て!
生贄じゃなく、お客さん対応してくれるのは有難いが、ぼくは家に帰りたい。
「おうち・・かえりゅ」
「そうですよね。帰りたいですよね。ですが、すぐには無理なのです」
家に帰りたいと意思表示すれば、ぼくをだっこしたままのカシムが、困ったような笑みを浮かべた。
「こえで・・しゅん、って!」
確かに、ここが家からどのくらい離れているのか、っていうか、たぶん国も違うだろうっていうのは分かるけど、この不思議な道具があるじゃないかと、ぼくはここに来る時に光ったカシムの胸元を指さす。
「ジェイミーは本当に賢いですね。確かに、ここへ戻る時はこれを使えましたけれど。ジェイミーのおうちへ行く導は、持っていないのです」
「ちるべ?」
「そうです。この魔法陣は、記憶させた特定の場所へ行くものなので」
「あー」
そうか。
住所が分からないと使えない、みたいなことだな。
・・・・ん?
でも、行きはどうしたんだ?
「しかも、あの森へは『運命がいる。とにかく行け』と魔女に飛ばされたので、地理もきちんと把握できていません」
「・・・・・」
苦笑して説明してくれるカシムの言葉に、ぼくはすぐに帰ることは不可能なのだと知った。
「大丈夫ですよ、ジェイミー。まずは、お湯を使って、何か食べましょう。きっと、落ち着きます」
ぽんぽんと背中を叩かれたぼくは、ともかくお世話になろうと心を落ち着けたところで、後ろで控えていたナスリさんが、ぼくの荷物を持っているのに気づいて青くなる。
国王陛下がいるってことは、ここって王城だよな?
つまり、おでかけリュックを持ち込んじゃまずい場所なのでは?
『ジェイミー様。おでかけリュックを王城へ持って行くことは出来ませんので、ジョンがお預かりしておきますね』
そう言って、馬車で大事におでかけリュックを持っていてくれたジョンを思い出し、ぼくは、あわあわしてしまう。
「あああ!ごめ・・なしゃ!」
「ん?急に、どうしました?ジェイミー」
「あ、あえ!もってきちゃ・・・!」
「あれ?・・・ああ、ジェイミーの荷物のことですか」
必死にばたばたすれば、カシムがそんなことというような調子で言った。
「なるほど。その服装からして、ジェイミーは何処かの貴族令息なのだろう。それで、王城に私物を無暗に持ち込んではならぬと、教わったのだろう。まこと、賢いな」
「大丈夫よ、ジェイミー。取り上げたりしないから、安心して」
「あーと・・・あ、えと、あいがと・・ごじゃます」
ラムジ様とラフィー様に優しく撫でられ、ぼくは安堵の息を吐く。
「では、湯あみに行こう」
「カシム。その前に、何か飲ませてあげて。唇が、渇いてしまっているわ」
ラフィー様が、ぼくの唇に指を当てて言うのに、カシムが真顔で頷いた。
「ありがとうございます、母上。すまないジェイミー。気づかずに」
「んん!かちむ、わるない」
何を言う。
あの森から連れ出してくれただけで、もう大感謝だというのに。
「ありがとう。では、行こうか」
こんなちっこいぼくにも礼儀を忘れない。
カシムは立派な王子様だなって、ぼくは自分の国のとんでも第一王子を思い出す。
「湯あみの前に、水分を取るだけでなく、何か食べるか?いやでも、湯を使う前に食すのは余りよくないか?どうなんだろう」
聞いたか?
とんでも第一王子よ。
カシムのこの気遣い。
ひとり呟くカシムは、あの第一王子と同じくらいの年なのに、本当に大違いだとしみじみ思う。
そうしてぼくは、カシムにだっこされたまま、優しい笑顔で手を振ってくれるラフィー様とラムジ様に手を振り返し、その豪華な部屋を後にした。
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