十七、悪意の矛先
クロフォード公爵邸には、ぼくがカルヴィンと正式に婚約した時、ご挨拶ってことでお邪魔したことがある。
我がクラプトン伯爵邸も、ぼくにとっては豪邸だけど、クロフォード公爵邸は、なんというか、流石公爵家のひと言に尽きる、もはや城、むしろ城な大豪邸だ。
「どうした?ジェイミー。目が丸くなっているぞ?」
「うう・・おうち・・ない」
「ああ。クラプトン伯爵邸に帰ると思っていたのか。今日は、うちで一緒にご飯を食べるんだよ」
疑問いっぱいのぼくに、カルヴィンが優しく教えてくれる。
そうなのか。
今朝は、うちにクロフォード一家が迎えに来てくれたから、帰りも送ってくれるんだとばかり思っていた。
「もちろん、その後で送ってあげるのだけれど。よかったら、泊まって行ってもいいのよ?」
「いえ、クロフォード公爵夫人。それは、流石にご迷惑ですので」
クロフォード公爵夫人の言葉に、父様が苦い顔して、速攻で何か言っているけど、いやいや。
社交辞令に決まっているでしょうが。
「母上、それはいいですね。な?そうするか?ジェイミー。夜は、俺と一緒に寝ればいい。何も心配いらない」
「ヴィといっしょ・・たのちしょう!」
「では、そうするか。クラプトン伯爵、ジェイミーは我が家の嫁となる存在だ。もちろん、大切に扱うから、心配無用だ」
え?
クロフォード公爵まで、ぼくの頭を撫でて、笑顔で?
え?
本気?
カルヴィンも、のりのりで一緒に寝ればいいなんて言うから、ぼくものったら、何か、話がそのまま進んでしまった。
父様が、とっても苦い顔でぼくを見ている。
・・・・・う・・ごめんなさい。
「ジェイミー。ここが、俺の部屋だ」
夕食前、未だ何か相談することがあるという親達から離れて、ぼくはカルヴィンの部屋にご招待してもらった。
「うう」
すっごく広くて、本がたくさんある部屋で、ぼくは、少し緊張しながら、お出かけリュックを大事に抱えて絨毯に座る。
「ジェイミーが、いつ来てもいいように、土足厳禁の絨毯部分を作ったんだ。俺も、この場所を気に入っている」
「う!」
ぼくのために用意してくれた、というのが嬉しくて、ぼくは両手をあげて喜びを表現した。
「嬉しいな。今日は、夜もずっとジェイミーと居られる。何をして遊ぼうか」
「かりゅた!」
「そうか。ジェイミーは、かるたが好きだよな。あ、そうだ。ちょっと待ってろ」
そう言って、カルヴィンが机の所まで行って、何かを持って帰って来る。
「これは、ジェイミーのために作った、言葉のかるただ。一緒に遊ぼう」
「う!あーと!」
『喜んで!』と、手をあげたところで、扉を静かに叩く音がした。
「カルヴィン坊ちゃま。旦那様がお呼びでございます」
「ん?コリンか。じゃあ、行こうかジェイミー」
カルヴィンが手作りしてくれたらしいかるたを嬉しく見つめていると、クロフォード公爵邸の侍従さんが来て、カルヴィンを呼んだ。
コリンさんは、昔からクロフォード公爵に仕えている、信用のおけるひとだって、クロフォード公爵もカルヴィンも言うけど、ぼくは苦手。
だって、なんか見下した目で見て来るから。
「ヴぃ」
それでも、カルヴィンの傍に居れば安心と、ぼくはおでかけリュックを装備した。
もちろん、今もらったばかりのカルヴィン手製のかるたも大事に入れた。
これで、準備は万端。
「いえ。カルヴィン坊ちゃまだけで、とのことです」
カルヴィンもそう思ったのだろう。
お出かけリュックを装備したぼくを、そのまま抱き上げようとして、コリンの言葉に動きを止めた。
「でも、ジェイミーが」
「私が見ておきますので、ご安心を」
え!?
それは、ちょっと遠慮したい!
コリンさんとふたりとか、無理!
絶対!
「ヴぃ・・・いっちょ、いく」
「さあ。クラプトン伯爵子息は、こちらに」
「ジェイ・・ちょっと待っていて。すぐ、戻って来るから。コリン、頼むね」
「はい。カルヴィン坊ちゃま」
「ヴぃぃ!」
頼む!
置いて行かないでくれ!
「うるさい子だな。品も何もあったもんじゃない」
え?
カルヴィンが行ってすぐ、コリンはそう言ってぼくを汚らわしい物を見るような目で見た。
「伯爵家の分際で、カルヴィン坊ちゃまの妻になる?冗談も休み休み言え。身の程知らずが」
「ふぇ」
今日は厄日か!?
あの第一王子に続く第二弾!
人生で初めて悪意に会う日特集か!?
そんな特集、要らないんだけど!
「立場を弁えない者が、どのような末路を辿るのか。身をもって体験しろ。クラプトン伯爵家とて、上に三人も優秀なシードがいるんだ。お前など不要だろう」
嗤いながら、コリンがぼくを洗濯物を入れる布の袋に入れようとする。
「うー!あーああああ!!んぐっ」
「静かにしろ!この汚物が!」
精いっぱい叫んだのに、ぼくの小さな口は、コリンの手で簡単に塞がれ、取り出したハンカチでしゃべれないようにされてしまった。
まずい!
このままじゃ、命の危機だ!
何とか、何処かに運ばれている途中らしい布の袋から出ようと暴れるも、歩行障害にもならない様子で、コリンはすたすたと進んで行く。
「こいつだ。北の森の奥に捨ててくれ」
そして、動きが止まったと思ったら、コリンが誰かにそう言うのを聞いて、ぼくは青くなった。
森に捨てるって、本気か!?
ぼくがお前に何をした!?
「うっ・・・ううううっ・うううう!!」
叫んでも奴らの動きは止まらない。
少しして、荷馬車にでも詰まれたのだろう。
がたがたと、酷い揺れがし始めて、ぼくはクロフォード公爵邸から遠ざかっているのだろう現実を見つめた。
直接殺されないだけ、いいと思うべきか。
それとも、森へ行ったら殺されるのか。
「うぅ・・・」
心細くて堪らなくて、抱き締めたお出かけリュックには、兄様達の愛がたくさん詰まっている。
『ジェイ。お腹がすいたら、これを食べるんだよ?お茶も入れてあるからね』
『つまんなくなったら、この魔法陣かるたで遊ぶといい』
『ひかりが出るおもちゃも、いれておく』
かぁにいに、くぅにいに、いぃにいに。
朝、笑顔で見送ってくれた兄様達を思い出して、ぼくは静かに涙を零した。
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