十六、空に浮くランタン
「さ、面倒な事は終わりだ。お疲れ様、ジェイミー」
「うう」
カルヴィンにだっこされたまま馬車に乗せてもらったぼくは、漸くお役御免だと、ほっと息を吐いた。
結局、あの後三人でお茶をしたぼく達だけど、その空気は和やかとは程遠いものだった。
『カルヴィン。このマカロンは、特別に取り寄せたものなんだ。是非、食べてみてくれ』
『ジェイミー。はい、ジェイ用のお菓子』
第一王子殿下が笑顔でカルヴィンにマカロンを勧めるのに対し、カルヴィンはそちらを見もせずに、持参のバスケットからぼく用のお菓子とお茶を取り出して、甲斐甲斐しく世話を焼く。
結果、第一王子殿下が、ぼくを睨む。
『カルヴィン!この茶葉も、非常に手に入りにくい物だが、ボクは王子だからな。手に入れることが出来る。カルヴィンのために用意した逸品だ』
『ジェイミー。お茶、熱くないか?』
『う!』
『そうか。ゆっくり飲めよ?・・・ああ。俺のジェイは、本当に可愛いな』
第一王子殿下が、用意したのは希少な茶葉だと熱弁する間も、カルヴィンは、自分の魔法でぼくのお茶の温度の調節をし、ぼくの相手をするのに夢中。
結果、第一王子殿下が歯ぎしりしてぼくを睨む。
うう。
胃が痛くなりそう。
『おい、ちび。特別に椅子を用意してやるから、ひとりで座れ』
『う?』
鋭く顎で示されて、侍従さんが持って来た椅子を見てみれば、それは大人用の椅子で、ぼくはとてもひとりでは座れない。
座面の幅も狭いし、ひじ掛けもないから、背もたれによりかかっても、バランスを崩した瞬間に落下すること間違いなし。
でも、第一王子殿下が用意したものだし、どうしたものかと思っていると、カルヴィンが優しくぼくの頭を撫でた。
『ジェイ。殿下に勧められたからと、気にしなくていい。あの椅子にジェイがひとりで座るのは未だ危険だし、第一、テーブルから顔が出ない。まあ、そんなジェイも可愛いだろうけど』
家ではいつも、当たり前のように子供用の椅子があるから、それが普通みたいに思っていたけど、外では違うと知った、二歳のぼくだった。
結局、終始そんな感じだったものだから、お茶会を終える頃には、ぼくはぐったりと疲れてしまって、カルヴィンのだっこで第一王子殿下の前を辞した。
それも気に入らなかったんだろう。
第一王子殿下は、ずっとぼくを睨み続けていた。
最後まで、ぼくのこと射殺しそうな目をしてたよな。
ぼく一応、未だ二歳の幼児なんだけど。
あの王子様、一体何歳なんだろう。
「ジェイミー。この後は、楽しい時間を過ごそうな」
「うぅ」
いや、カルヴィン。
ぼくは、正直もう眠りたい。
「なんだ。ジェイミーは、おねむか。まあ、父上たちも未だだし、眠っていていいぞ」
「う・・うぅ・・おやしゅみなしゃ」
クロフォード公爵家の馬車は、クッションもふかふかで、おまけにカルヴィンが、自分の方へ優しくもたれさせてくれるのが、凄く気持ちいい。
「むにゅぅ」
ぼくは、カルヴィンにお腹をぽんぽんされ、抵抗する気もなく夢の世界へと旅立った。
「・・・まったく、酷い話ですわ。横恋慕を正当化しようだなんて」
「あれが義兄だなどと。本当にお恥ずかしい限りだ」
・・・・・ん?
あに?
今のって、クロフォード公爵か?
「ジェイ。起きたか?」
「ヴぃ・・?」
「まあ、可愛い。おはよう、ジェイミー」
そう言って、極上の笑顔を見せてくれるのは、クロフォード公爵夫人。
どうやら、ぼくが眠っている間に全員集合していたらしく、父様と母様もぼくを見つめていた。
「あーうえ!」
ちょっと久しぶりの、大好きな母様が居る!
喜びのままきゃっきゃと抱き付けば、しっかりと抱き締め返してくれるのが嬉しく、安心する。
「あの愚王子のせいで、たくさん嫌な思いをさせてしまって、悪かったな、ジェイミー」
「んん!」
クロフォード公爵に言われ、ぼくは慌てて首を横に振った。
「ふふ。あのお馬鹿さんよりずっと立派だったって、カルヴィンに聞いたわ」
「う!?」
いやいや、クロフォード公爵夫人!
それは、カルヴィンの欲目というもので!
「本当ですよ、父上。あれで十四歳だなんて、従弟として恥ずかしいです」
「その気持ちはよくわかる。私も、あれが義兄とは思いたくない」
そう言い合い、カルヴィンとクロフォード公爵が一緒にため息をついている。
よく似た外見をしているふたりがそうしていると、お揃いみたいで面白い。
「ヴぃ・・いっちょ・・かあい!」
「一緒?もしかして、父上とということか?本当にジェイは賢いな」
よしよしと撫でてくれるカルヴィンの肩越しに、外が見える。
ん?
あれ、何だ?
ランタンが浮いているように見えるんだが。
っていうか、馬車動いていたのか。
全然揺れないから、分からなかったぜ。
「ヴぃ・・あえ、なあに?」
知らないことは聞く。
その習性のままに聞けば、カルヴィンがすぐに教えてくれた。
「あれ?・・・ああ、ランタンか。あれは、暗くなったら周りを照らすための物だよ」
「ういてりゅ」
やっぱりランタンか。
で、なんで浮いているんだ?
「ランタンが浮いているのは、浮遊の魔法陣が組み込まれているからだ。魔力を貯めておく装置も入っていて、暗くなると自動で点灯するようになっている」
「ほぇ」
すごいな、それ。
・・・ん?
でも、貯めてある魔力が尽きたらどうするんだ?
その前に補充するんだろうけど、もし忘れたりしたら?
「まりょ・・ないない・・おちりゅ」
「万が一、魔力が枯渇・・なくなった時の対策も、もちろんある。魔力が完全に尽きる前に、地上に降りて来るように作られているんだ」
「ほうぉ」
感心しきりのぼくを膝に抱き上げて、カルヴィンがよりよく見えるように外へ向けてくれた。
本当に、気遣いの出来る男である。
「しゅごい!」
馬車は、活気のある街中を走っていた。
可愛い外観の店が立ち並び、人々が、笑顔で石畳の上を歩いている。
おおおおお。
これが、現世でぼくが生きていく世界か!
初めて見る街並みに感動して、ぼくは、窓に額を当てて見入ってしまう。
「今度、一緒に買い物に来ような」
「う!」
「いえいえ、公子。ジェイミーは、未だ幼いですから。ご迷惑になるかと」
父様が何か言っているけど、ぼくは、気にする余裕なんてなかった。
あの店も、こっちの店も行ってみたい!
一体、何を売っているんだろう!?
ときめきは、街を抜けてもやむことなく、ぼくは、興奮状態のままクロフォード公爵邸へと辿り着いた。
・・・・・え?
クロフォード公爵邸?
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