十四、恐怖の鳥
「よし、よし。熱も下がったの。よう頑張った」
「う」
おじいちゃん先生が、そう言ってぼくの頭を撫でてくれる手が、やさしくてあったくて気持ちいい。
「では、坊。これを持ってみてくれるか?」
「う?・・・とい?」
ぼくは、おじいちゃん先生が、ごとっ、と取り出した物を見て、ぎょっとした。
なんだ、これ?
白っぽい金属で出来た、鳥の置物?
やけに大きいけど、巣ごもり中の鳩か何かか?
ぼくの頭くらいあって、おまけに凄く重そうなんだけど。
「これは、坊のなかに、どれくらい魔力があるかを調べる鳥じゃ。怖くないから、触ってごらん」
「うぅ」
いや、怖くないって嘘でしょ。
そんな重そうで大きい物。
もはや凶器。
それに、何か顔も凶悪で、くちばしも、これでもかってくらい長く尖っていて、可愛い要素がひとつも無い。
「ジェイミー。大丈夫だから、触ってみて」
おじいちゃん先生が黒塗りの板の上に乗せて持つそれに、母様も触ってみろと言う。
いや、だって、なんか不気味。
黄泉の国からの使者、って言っても信じるレベルなんだけど。
こう、今閉じている目を開いて、畳んでいる翼を開いたら、黄泉の国へご招待、みたいな。
「ジェイミー。魔力がどれくらいあるのかを知るのは、大切なことなんだよ」
父様までそんなことを言って、魔力の量によっては、また熱を出すかもしれないから、その対処のために、とか何とか言い出した。
え。
また、熱を出す?
あんなに苦しいのは、もう嫌だからな。
しょうがない、触るか。
・・・・・でも、本当に大丈夫か?
これ。
触った途端、魂抜かれそうな不気味な顔してんだが。
「とい・・こあい」
「そうね。ちょっと怖いお顔しているわね。でも、変化するから大丈夫よ」
それの何が大丈夫なのかは分からないが、ともかくこの先、元気で過ごすためには必要だと言われ、ぼくは、恐る恐るその恐怖の鳥に、ちょこっと指を触れさせた。
「わあああっ・・・こあいっ・・・あーうえぇええええ!」
その瞬間、凶悪な顔で眠っているようだった鳥の目がかっと開き、金色の光を放って、ぎょろっと動く。
こわっ。
怖いから、これ!
「ほう、これは」
おじいちゃん先生が、ひどく感心したように呟いているけど、ぼくはそれどころじゃない。
慌てて母様にしがみ付くけど、鳥に触れた方の手はそのまま、何故か放すことが出来ない。
え。
なんで!?
なんで、離せないの!?
「大丈夫よ、ジェイ。怖くないからね」
いえ、母様。
もう充分怖いです!
何が起こっているんですか!?
ぼくの手、どうなっちゃうんですか!?
「凄い魔力量じゃ。一歳で、魔力熱を発症するはずじゃ」
「ううぅわあああ!」
そうこうするうちに、なんと鳥は翼を広げ、羽ばたき始めた。
聞いてない!
置物が動くなんて、聞いてないから!
白っぽかった鳥が、金色の光を放って飛び立とうとするのを見て、ぼくは益々混乱する。
『やっぱり、黄泉の国へご招待じゃないか!』と、ぼくが恐慌状態に陥っていると、不意に手が、恐怖の鳥から離れた。
「あーうえ!」
すぐさまぼくは、両手で母様に抱き着き、しがみ付いて離れない意思を示す。
「まあ、凄いわ」
「ああ。これほどとは」
「わしも、これだけの反応は、初めてじゃ」
そんなぼくをよしよししながらも、母様と父様、それにおじいちゃん先生まで驚いて、金色になった鳥を見ている。
なんでも、普通、一歳くらいの子は、翼を動かしたり、色を変えたりすることはもちろん、目を開かせることも出来ないのだそうだ。
ということは、だ。
もしかして、ぼくって希代の魔法師になれちゃったりするのか!?
「とにかく、普段から魔力を放出させるようにすることじゃ。決して、溜めないようにの」
「分かりました。魔法陣や魔術の勉強も、早くから始めた方がいいですか?」
「それは、本人が望めば、そうするもいいの。魔法陣を描いて魔力を放出するという手もあるからの」
魔法陣!
なんか、格好いいじゃん!
「うう!」
「そうか、そうか。坊は、魔法陣に興味があるのか」
『いい子じゃ、いい子じゃ』と言いながら、おじいちゃん先生は、元通りになった恐怖の鳥を仕舞って帰って行った。
よっし、ぼくの夢は、希代の魔法師でアイス屋さんだ!
「ジェイ。これが、音の出る魔法陣で」
「こっちが、光の出る魔法陣だぞ。分かるか?ジェイ」
「・・・・・」
カール兄様とクリフ兄様が、にこにこしながら説明してくれる謎の絵を見つめ、ぼくは才能って何だろう、って考えていた。
ぼくの熱が下がって数日。
また熱を出さないためにも、魔力を体に溜め込みすぎないというのが大事ということで、ぼくは早速魔法陣について習うことになった。
とはいえ、未だ一歳児なので、光るものとか、音の出る物に触るのが主なんだけど。
触ったら光るのは分かる。
音が出るのも確認した。
だけど、その魔法陣がどうなっているのかなんて、さっぱり分からないんだけど。
「うう」
音や光が出る箱を開けると、魔法陣が描いてある。
これが作用して、光や音を出しているんだろうなってことは理解できるけど、その仕組みなんてさっぱり分からない。
「いい?ここの線が、音階を決めていて」
「この線が、光の色を決めるんだ」
「あー、あー!」
仕組みはさっぱり分からないけど、触って音が出たり、光ったりするのは楽しくて、ぼくは、はしゃいで一頻り遊んでしまった。
「うん。上手だよ、ジェイ」
「魔力の使い方は、ばっちりだぞ」
これに触って、光や音を出すのも魔力を消費するらしいけど、何かが体から抜ける感じもなくて、よく分からない。
自覚は無くても、魔力は使っているらしく、それからぼくは熱を出すこともなく、魔道具で遊ぶ日々を過ごしていった。
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