十三、魔力熱 2
熱い・・・痛い・・・熱い・・・痛い。
ずきん、ずきんとした、鈍い痛みがずっと続き、それが時折激しく痛む。
そして、体は燃えるように熱い。
口が乾く・・・呼吸が苦しい。
思いっきり息を吸いたいのに、まるで空気が無いかのように、思い通りに吸い込めなくて、浅い呼吸を繰り返すしかない。
「くうしい・・・くうしいよぉ」
とにかく冷やす、ということで、ぼくは首とわきの下、それに腿の付け根に冷たい何か・・たぶん、氷だと思う・・を当てられて、少し気持ちいいと思いながらも、痛くて熱くて、おまけに苦しくまでなって、ぐずぐずと泣いていた。
「ジェイミー、ジェイ」
母様は、そんなぼくを面倒がることもなく、しっかりと手を繋いで、何か、涼しい風を送ってくれる。
「あーうえぇ・・ちゅめめ・・きもちい」
きっと、魔法なんだと思うけど、その風は、ぼくをこの世に繋ぎとめてくれるんじゃないかってくらい心地いい。
熱くて痛くて、呼吸も苦しくて堪らないなか、母様が傍に居てくれるのが心強い。
「チュメメね。ちょっと待ってね」
ん?
『涼しい』って、『風を送ってくれてありがとう』て言いたかったんだけど。
待つ、って。
なんだろう?
「はい、ジェイミー。チュメメよ」
ぼくが不思議に思っていると、母様は水差しの水をコップに移して、それからちょっとそのコップを握って、抱き起こしたぼくに飲ませてくれた。
「・・・おいち」
ああ・・・・冷たくておいしい。
何か、果汁が入っているみたいで爽やかだし、水差しに入れて置いてあった水なのに、すっごく冷たい。
・・・・・・そっか、さっき母様がちょっとコップを握ったのが、その理由。
これもきっと、母様の魔法。
「ジェイ。もっと飲む?」
「う・・・」
「いい子ね。チュメメをたくさん飲んで、お熱を下げて、おいしいもの、たくさん食べましょうね」
「う・・・・?」
チュメメをたくさん飲んで・・・?
さっきも、母様確か『チュメメよ』って・・・ああ、なるほど。
母様は、ぼくが、水のことを、ちゅめめって言っていると思っているんだな。
冷たいもの、って意味だったんだけど、まあいいか。
今は、とにかく早く、元気になりたい。
痛みよ去れ、熱よ収まれ、呼吸よ楽になれ。
そうして、二日ほどが過ぎた。
相変わらず熱は結構高いみたいだけど、体感として、マグマみたいな熱さは無くなったし、痛みもやわらいだ。
呼吸もかなり楽になって、ぼくは、命の危険が去ったことを感じる。
よかった。
助かった。
・・・・・父様、母様、おじいちゃん先生、それから、ジョンをはじめとした侍従さんたち。
たくさん、お世話してくれてありがとう。
「あーと」
にこにこして言いまくるぼくに、父様と母様も安心した様子で、パンがゆを食べさせてくれた。
まあ、未だ食欲はほとんどないけど。
それでも、二日ぶりに起き上がって、体もさっぱりして『生きているって、素晴らしい!』って、気持ちも上向きになったところで、部屋に飾られている花がやけに多いことに気が付いた。
色とりどりで、とってもきれいで、未だ未だ外には行けないぼくの目を楽しませてくれる。
これも、ぼくが、少しでも気持ちが上向くようにって気遣いなのかな、って思ったら、また嬉しくなって、くふくふと笑ってしまった。
傍から見て、気持ちの悪くなかったことを祈る。
そして、兄様達がお見舞いに来てくれた。
なんでも、症状が酷い時は、ぼくの部屋に入れてもらえず、扉の前で心配するだけしか出来なかったとかで、三人揃って泣きそうになっていた。
「ジェイ。早く元気になって、また遊ぼうな」
「ジェイ。俺らで、見舞いの品、取って来た!」
「じぇい。げんきに、なる」
え!?
兄様たちからの、お見舞いの品!
なんだろ!?
「う!?」
カール兄様、クリフ兄様、イアン兄様。
三人からのお見舞いだと渡された、細長い箱。
わくわくと開けてみたぼくは、けれどそこに入っていたそれを見た瞬間、固まった。
いや、やけに細長い箱だなとは思ったよ。
確かに、あれを連想させる大きさの箱だよ。
でもまさか、本当に蛇が入っているとは思わないじゃないか。
・・・・・いや、蛇って言っても、抜け殻の方だけどさ。
なるほど。
だから『取って来た』なのか。
「立派な抜け殻だろう?ジェイ。これは、蛇っていう生き物の抜け殻・・・ええと、脱皮した後・・うーん、一皮むけた後の本体じゃない方・・なんだけど。これだけ形が完璧な物は、珍しいんだよ」
はは。
カール兄様、一歳児相手の説明に苦労してる。
でもちゃんと、ぼくが知らないだろうことを説明してくれるの、優しいよな。
「ジェイが、早くよくなるように、って、探したらあったんだ。こういうの、運命って言うんだぞ」
「うんめい」
クリフ兄様が胸を張って言い切るのに、イアン兄様もにこにこと続く。
なんでも蛇の抜け殻は、成長って意味がある縁起物だとかで、兄様達は、魔力熱・・つまりは、成長の証である病気で具合の悪いぼくのために探してくれたらしい。
兄様達も魔力熱に罹ったから、辛さは知っているって。
けど、三人とも、罹ったのは三歳くらいだったって聞いた。
だから、未だ一歳のぼくが罹ってしまって、大騒ぎだったらしい。
それにしても、探したからって、見つけられるものなのか?
蛇の抜け殻って。
そう考えると、確かに運命なのかもって思う。
それから、カルヴィンも来てくれた。
カルヴィンは『魔力熱なら、感染する病気じゃないから、ジェイミーの傍に居る』と、かなり頑張ったのだが却下されたと、これまた半泣きで『元気になってよかった』を繰り返していた。
その時のカルヴィンの、潤んだ紫の瞳がやけにきれいだと思った、というのは、墓までの秘密だ。
そんなカルヴィンがお見舞いに持って来てくれたのは、紫の薔薇の花束と、すみれの砂糖漬け。
どちらも、大切な相手にしか贈らないのがクロフォード公爵家の倣いだそうで、特に紫の薔薇はクロフォード家が改良に成功した、品種なのだと母様が教えてくれた。
そして、部屋に飾られたたくさんの花の発端は、カルヴィンだったことも、母様から聞いた。
カルヴィンからの花が届いて、父様も兄様達も、自分も自分もと、贈ってくれたらしい。
というか、父様は、ぼくの部屋に入れる特権を使って自分で飾っていたんだとか。
それだけでなく『どれどれ、父様が預かってやろう。お前たちは、ジェイミーの部屋に入れないからな』なんて、兄様達にどや顔してた、って母様が笑っていた。
父様、大人気なさすぎだろ。
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