十二、魔力熱
うわあ、すげえ。
これってマグマの池か?
何か、赤いどろどろした物が、ぐつぐつ煮立ってんけど。
ここから落ちたら、ちっこいぼくの体なんて、一瞬で溶けるだろうな。
・・・・・にしても、熱い。
「うぅ・・・あちゅ」
マグマの池を覗き込んでいる夢なんか見てたからか、目が覚めてからも体が凄く熱い。
それに、物凄く体全体が痛い。
何だ?
何が、どうなっているんだ?
体が、ばらばらになりそうなくらい、痛いし熱いんだけど。
「あぁー・・うー・・」
動こうにもうまく動けず、誰かに助けを呼ぼうと声をあげるも、大きな声が出ない。
暗いしな。
未だ夜中なのかも。
ってことは、みんな寝ているか。
だとしたら、仕方ない。
朝になるまで待とう。
朝になったら、ジョンが来るから。
「・・・・あっぁっああああっああああっ」
朝まで待てばいい。
そんな呑気なことを思っていられたのは、少しの間だけだった。
ただでさえ、痛くて熱かった体が、それこそマグマにでもなったかのように耐え難い熱さになった。
それに伴い、痛みも尋常ではなくなっていく。
「あちゅい・・いちゃい・・あちゅい・・いちゃいよお」
悶えて自分のベッドの上で転がれば、汗が流れるのが分かる。
もしかして、ぼく、このまま死ぬのか?
「あー・・あーーっああああんっ」
辛くて、とにかく辛くて、ぼくは精いっぱい声をあげた。
誰か!
誰か、助けて!
「ジェイ!?ジェイミー!?」
そこに飛び込んで来てくれたのは、大好きな母様。
「どうした?真っ赤じゃないか!すぐ医者を!」
そして父様は、ぼくを見るなり一緒に来た侍従さんにそう指示を飛ばした。
「あーうえぇ・・あちゅいよお・・いちゃいよお」
「ジェイミー。ごめんね、遅くなって。よしよし」
母様は、すぐさまぼくを抱き上げて、背中をやさしくとんとんしてくれる。
「あーうえぇええ・・・うえええん」
「ジェイミー。すぐ、お医者さんが来てくれるからな。もう少しの辛抱だぞ」
父様もぼくの頭を撫でてくれて、そうしたら、そこも熱くて、汗でびっしょりだと驚きの声をあげ、慌てて体を拭いて、母様とふたりで着替えさせてくれた。
「あーと」
汗びっしょりで気持ち悪かったのが解消されて、ぼくは、少し心の余裕を取り戻す。
とはいえ、断続的に強い痛みが襲ってくるし、体は相変わらず熱いから、あっというまにまた汗をかいてしまう。
「ごめにゃ・・」
「いいのよ。いくらでも、お着替えしましょうね」
「医者は未だか」
折角着替えさせてくれたのに、すぐまた汗で濡れてしまった衣服が申し訳なくて眉を下げたぼくに、母様が優しく頬擦りしてくれ、父様が苛立ちの混じった声で呟いた。
「遅くなりました!お医者様をお連れしました!」
その時、そう叫ぶようにして、お医者さんと思しき人を抱えて入って来たのは、いつもぼくのお世話をしてくれるジョン。
え。
人ひとり抱えて来たよ、ジョン。
しかも、おじいちゃんとはいえ、結構体格のいいひとを。
「ジェイミー様!ジョンですよ。すみません、お傍を離れるのではありませんでした!」
いやいや、ジョンだって寝ないとでしょ。
一歳になって、ぼくはひとりで寝るようになった。
とはいえ、父様と母様の隣の部屋なんだけど。
「どれどれ・・・うむ。これは凄い汗じゃの。熱も高い。体が燃えているようじゃ・・・ふむ・・・体の痛みを訴えたりは、ありませんかの?」
「熱くて痛いと、訴えています」
ぼくの手を握ったたまま、焦燥を滲ませて答えた母様に、おじいちゃん先生は大きく頷いた。
「なるほど。どうやら、魔力熱ですな」
「魔力熱、ですか?でも、この子は未だ一歳になったばかりですが」
おじいちゃん先生の診断に、母様が驚いたように父様を見、父様も戸惑うようにぼくと母様を見る。
「魔力熱は、三歳くらいの子がかかる病気だと思っていたのですが、違うのでしょうか?」
「普通はそうじゃの。じゃが、この症状は、間違いなく魔力熱じゃ」
「そうですか。魔力熱ですか」
言い切ったおじいちゃん先生に、魔力熱なら経験があるらしい父様が、ほっとしたように肩の力を抜いた。
「では、先生。薬の処方をお願いします」
父様の言葉に、ぼくも精いっぱいおじいちゃん先生を見つめる。
お願いします!
痛み止めとか、熱さましとか!
苦くっても、我慢して飲むので、何卒。
「おね・・・ぎゃい・・ましゅ」
「おお、賢い子じゃの。じゃが、それが問題での。魔力熱用の鎮痛剤も解熱剤も、一歳の子が服用するには強すぎるんじゃ。かといって、通常の赤子用のものでは効かぬし」
「ふっ・・・うぇえええ」
なんだって?
じゃあ、このまま、辛いままなのか?
おじいちゃん先生、柔和な顔して酷いこと言う。
っていうか、それが本当だから悩んでくれているんだろうけど、でも。
「いちゃいよぉ・・あちゅいよぉ・・・ふえええっ」
今だけ我慢すれば、薬を飲んでそれが効けば、と望みを託していたぼくは、薬が無いという現実に耐え切れず、絶望に打ちひしがれて泣きじゃくってしまう。
「大丈夫じゃ、坊。魔力熱で死ぬことはない。じゃが、このまま熱が高い状態が続くと、危険ではあるじゃろうな」
「ふえええええぇ!」
死にたくない!
未だ死にたくないです、おじいちゃん先生!
ぼく未だ一歳になったばっかりなんです!
「「先生!!」」
「おお、すまんすまん。とにかく体を冷やして、水分を取らせる。それしか、手は無い」
それしか、手は無い。
おじいちゃん先生の言葉に、ぼくは気が遠くなるのを感じた。
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