表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/92

十一、世の中は、誤解で成り立ってしまうこともある。







 ヴァイオレット・サファイア。


 それは、自国では産出されない希少な宝石で、国内では唯一、クロフォード公爵家がその鉱山を有しており、クロフォード公爵家の潤沢な資産のなかでも特に価値があるといわれている。


 そして、その貴石の色が、クロフォード家特有の色である紫であることも相まって、()の家の代名詞ともなっている。


 更に、クロフォード公爵家の紋章には、翼のある馬・・ペガサスが用いられており・・・って、つまり何が言いたいかと言うと、ペガサスを象ったヴァイオレット・サファイアなんて、クロフォード公爵家からの正式な求婚に他ならない、ってことだ。


 だからあの時、カルヴィンは彼の両親・・・クロフォード公爵夫妻と共に来たわけで、本当にこれ以上なく正当に、そして丁重にぼくに求婚してくれたということらしい・・・って。




 知るかよ!


 そんなの!




「返す返すも口惜(くちお)しい。あの場では、断ることなど出来ないと知っていて・・・・・!」


「父上。過ぎたことを言っても、何も始まりません。今後の対策を練るのが最善かと」


「いっそ、あの紫の馬投げ捨てる・・つってもな。ジェイが気に入ってんだよな」


「うん。『きあきあ』って、かわいかった」


「ああ・・・確かに可愛かったな」


「可愛かったですね、凄く」


「俺は、しっかりとこの目に焼き付けたぜ」


「おれも」


 イアン兄様の言葉に触発されたように、親馬鹿、兄馬鹿なことを言った父様と兄様達が、次の瞬間、揃って『『『『はあああああ』』』』と、大きなため息を吐いた。




 うん。


 打つ手なし、なんだね。


 本当にごめん。




 だけどさ、何の事情も知らなかったとはいえ、ぼくが、ただきらきらと輝く紫の馬に魅了されたという事実、嫌悪しなかたっていう事実が、その求婚を受け入れたってことになるなんて、家族と周りの会話で初めて知ったんだよ。


 よく状況の分からない子供でも、無意識に嫌うものは断れるって。


 だからって、それで正式な婚約になるって凄いと思うけど、でも、ぼくがあのペガサスを気に入ったのも本当だし。


 全部の事情を知った今でも、綺麗で格好いいと思うから、それはもう仕方がないよね。 


 手放したくないもん。


『ジェイ。ずうっと仲良く生きて行こうね』


 すべて理解した時には流石に混乱もしたけど、あの時・・ヴァイオレット・サファイアのペガサスに目を輝かせるぼくを見て、嬉しそうにそう言ったカルヴィンの言葉と表情は納得がいった。


 そして、何だか誕生日ではないと感じる意味の『おめでとうございます』を、たくさん言われたことも。




 ああ、そうか。


 あれってそういう意味だったのか、って。




「まあ、まあ。四人とも落ち着いて。クロフォード公爵家なら、領地経営も安定しているし、財力もあるし。何よりジェイを大切にしてくれそうじゃない?」


「そうは言ってもだな、ブラッド」


「それに、ジェイは未だ赤ちゃんなのよ?すぐに手放さないといけない訳でもないじゃない。ほらほら、落ち着いて」


 ぼくをだっこする母様が『ねえ、ジェイミー』って、額を当てて来るのが、くすぐったくも嬉しい。


「あい!あーうえ!」


 だから、きゃっきゃと笑えば、父様や兄様達もすぐさま母様の真似をして、その場は何とも和やかで楽しい雰囲気に包まれた。




 流石だぜ、母様。








「失礼ながら、カルヴィン公子。先だって我が愛息子ジェイミーが『愛す』と言った時、未だ早いと仰ったと聞いているのですが。何故あの場で、求婚などなさったのですか?」


 ぼくの誕生日パーティの数日後。


 カルヴィンの家・・クロフォード公爵一家が、正式に我がクラプトン伯爵邸を訪問した際、父様はそう言ってカルヴィンに詰め寄った。




 いやいや、父様。


 カルヴィン、大人びているとはいえ、未だ八歳だからね?


 ちょっと大人げないよ?




「クラプトン伯爵。仰る通り、ジェイミーは、私を愛すと言ってくれました。そして私もジェイミーを大変好ましく思っております。ですので『愛す』と、言葉を交わすのは時期尚早なれど、婚約を結ぶのは必然と思った次第です」




 おお、カルヴィン大人だな!


 それに、普段は『俺』って言っているのに、公式の場だからか『私』なんて、背伸びしちゃって・・可愛い。




「ヴぃ・・かあい!」


「まあ、ジェイミー。カルヴィン公子様を、そう呼んでいるの?」


 思わずカルヴィンに手を伸ばして言ったぼくに、母様が目を輝かせる。


「ふふ。ジェイミー殿こそ、可愛いわ。わたくしとも、仲良くしましょうね」


「う!」


 にこにこと、優しい笑顔でクロフォード公爵夫人に言われ、ぼくは元気に返事した。


 人間関係、円滑なことに越したことはないからね。


「そんな・・・ジェイミー。いくら何でも、早いだろう」


 つんつんと頬をつつかれたり、頭を撫でられたりして、クロフォード公爵夫人とぼくが楽しく遊んでいると、父様がこの世の終わりのような声を出した。


「ね、カルヴィン。『愛す』と言葉を交わすのは早いのに、婚約を申し込むってどういうこと?それこそ、早いんじゃないの?」


 けれど、そう突き込んだカール兄様の言葉に、父様はすぐさま勢いを取り戻す。


「そうですよ、クロフォード公爵。ジェイミーは、未だシードかフィールドかも分からないわけですし。クロフォード公爵家は、シードであるカルヴィン公子が一粒種なのですから、伴侶には、フィールドが望ましいでしょう」


 後継を残す・・つまり、実子をもうける。


 そういった意味からも、やはり、婚約するには早いのではないかと、父様が生き生きとした声で言い切った。


 これで王手、チェックメイトとでも言い出しそうな、その雰囲気。




 うん。


 それは一理あるよね。


 公爵家ともなれば、愛だけで結婚は出来ないだろう・・・っていうか、ぼくが言ったの?


 『愛す』って?


 いつ?




「その点は、心配せずともよい。例えジェイミー殿がシードでも、我が家の親戚筋から養子を迎えればよいだけのこと」


「ですが」


「私はね、クラプトン伯爵。カルヴィンに幸せになってほしい。それは、子を持つ親として、貴公も同じなのではないか?」


「それは、もちろんです!」


「なら、既に両家は事業の提携もしていることだし、子供たちも互いに好いているようだし、何も問題ないではないか」




 ・・・・・『愛す』・・『愛す』なあ。


 『愛す』なんて、言ったか?


 うーん・・・・あ!


 もしかして『アイス』って言った、あれか!?


 あれを、誤変換したってことか!


 そうか。


 謎が解けた。




「それで?カルヴィン。なんで『愛す』と言葉を交わすのは早くて、婚約は早くないんだよ!?さっさと答えやがれ!」


 ぼくが『愛す』の謎を考えているうち、父様達の話が進んでいて、このままでは婚約確定だと、焦ったように呟いたクリフ兄様が、カルヴィンに食ってかかった。


「落ち着いてよ、クリフ。クリフは未だ知らないかもしれないけど『愛す』って言葉を交わすのは、子を成す時なんだよ?俺達には、未だ早いじゃないか」


「へ?」


「は?」


「あら、まあ」


 これ以上ないほど生真面目な表情で言い切ったカルヴィンに、その場のみんなが固まった。




 ああ。


 あっちもこっちも誤解が。



いいね、ブクマ、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ