十一、世の中は、誤解で成り立ってしまうこともある。
ヴァイオレット・サファイア。
それは、自国では産出されない希少な宝石で、国内では唯一、クロフォード公爵家がその鉱山を有しており、クロフォード公爵家の潤沢な資産のなかでも特に価値があるといわれている。
そして、その貴石の色が、クロフォード家特有の色である紫であることも相まって、彼の家の代名詞ともなっている。
更に、クロフォード公爵家の紋章には、翼のある馬・・ペガサスが用いられており・・・って、つまり何が言いたいかと言うと、ペガサスを象ったヴァイオレット・サファイアなんて、クロフォード公爵家からの正式な求婚に他ならない、ってことだ。
だからあの時、カルヴィンは彼の両親・・・クロフォード公爵夫妻と共に来たわけで、本当にこれ以上なく正当に、そして丁重にぼくに求婚してくれたということらしい・・・って。
知るかよ!
そんなの!
「返す返すも口惜しい。あの場では、断ることなど出来ないと知っていて・・・・・!」
「父上。過ぎたことを言っても、何も始まりません。今後の対策を練るのが最善かと」
「いっそ、あの紫の馬投げ捨てる・・つってもな。ジェイが気に入ってんだよな」
「うん。『きあきあ』って、かわいかった」
「ああ・・・確かに可愛かったな」
「可愛かったですね、凄く」
「俺は、しっかりとこの目に焼き付けたぜ」
「おれも」
イアン兄様の言葉に触発されたように、親馬鹿、兄馬鹿なことを言った父様と兄様達が、次の瞬間、揃って『『『『はあああああ』』』』と、大きなため息を吐いた。
うん。
打つ手なし、なんだね。
本当にごめん。
だけどさ、何の事情も知らなかったとはいえ、ぼくが、ただきらきらと輝く紫の馬に魅了されたという事実、嫌悪しなかたっていう事実が、その求婚を受け入れたってことになるなんて、家族と周りの会話で初めて知ったんだよ。
よく状況の分からない子供でも、無意識に嫌うものは断れるって。
だからって、それで正式な婚約になるって凄いと思うけど、でも、ぼくがあのペガサスを気に入ったのも本当だし。
全部の事情を知った今でも、綺麗で格好いいと思うから、それはもう仕方がないよね。
手放したくないもん。
『ジェイ。ずうっと仲良く生きて行こうね』
すべて理解した時には流石に混乱もしたけど、あの時・・ヴァイオレット・サファイアのペガサスに目を輝かせるぼくを見て、嬉しそうにそう言ったカルヴィンの言葉と表情は納得がいった。
そして、何だか誕生日ではないと感じる意味の『おめでとうございます』を、たくさん言われたことも。
ああ、そうか。
あれってそういう意味だったのか、って。
「まあ、まあ。四人とも落ち着いて。クロフォード公爵家なら、領地経営も安定しているし、財力もあるし。何よりジェイを大切にしてくれそうじゃない?」
「そうは言ってもだな、ブラッド」
「それに、ジェイは未だ赤ちゃんなのよ?すぐに手放さないといけない訳でもないじゃない。ほらほら、落ち着いて」
ぼくをだっこする母様が『ねえ、ジェイミー』って、額を当てて来るのが、くすぐったくも嬉しい。
「あい!あーうえ!」
だから、きゃっきゃと笑えば、父様や兄様達もすぐさま母様の真似をして、その場は何とも和やかで楽しい雰囲気に包まれた。
流石だぜ、母様。
「失礼ながら、カルヴィン公子。先だって我が愛息子ジェイミーが『愛す』と言った時、未だ早いと仰ったと聞いているのですが。何故あの場で、求婚などなさったのですか?」
ぼくの誕生日パーティの数日後。
カルヴィンの家・・クロフォード公爵一家が、正式に我がクラプトン伯爵邸を訪問した際、父様はそう言ってカルヴィンに詰め寄った。
いやいや、父様。
カルヴィン、大人びているとはいえ、未だ八歳だからね?
ちょっと大人げないよ?
「クラプトン伯爵。仰る通り、ジェイミーは、私を愛すと言ってくれました。そして私もジェイミーを大変好ましく思っております。ですので『愛す』と、言葉を交わすのは時期尚早なれど、婚約を結ぶのは必然と思った次第です」
おお、カルヴィン大人だな!
それに、普段は『俺』って言っているのに、公式の場だからか『私』なんて、背伸びしちゃって・・可愛い。
「ヴぃ・・かあい!」
「まあ、ジェイミー。カルヴィン公子様を、そう呼んでいるの?」
思わずカルヴィンに手を伸ばして言ったぼくに、母様が目を輝かせる。
「ふふ。ジェイミー殿こそ、可愛いわ。わたくしとも、仲良くしましょうね」
「う!」
にこにこと、優しい笑顔でクロフォード公爵夫人に言われ、ぼくは元気に返事した。
人間関係、円滑なことに越したことはないからね。
「そんな・・・ジェイミー。いくら何でも、早いだろう」
つんつんと頬をつつかれたり、頭を撫でられたりして、クロフォード公爵夫人とぼくが楽しく遊んでいると、父様がこの世の終わりのような声を出した。
「ね、カルヴィン。『愛す』と言葉を交わすのは早いのに、婚約を申し込むってどういうこと?それこそ、早いんじゃないの?」
けれど、そう突き込んだカール兄様の言葉に、父様はすぐさま勢いを取り戻す。
「そうですよ、クロフォード公爵。ジェイミーは、未だシードかフィールドかも分からないわけですし。クロフォード公爵家は、シードであるカルヴィン公子が一粒種なのですから、伴侶には、フィールドが望ましいでしょう」
後継を残す・・つまり、実子をもうける。
そういった意味からも、やはり、婚約するには早いのではないかと、父様が生き生きとした声で言い切った。
これで王手、チェックメイトとでも言い出しそうな、その雰囲気。
うん。
それは一理あるよね。
公爵家ともなれば、愛だけで結婚は出来ないだろう・・・っていうか、ぼくが言ったの?
『愛す』って?
いつ?
「その点は、心配せずともよい。例えジェイミー殿がシードでも、我が家の親戚筋から養子を迎えればよいだけのこと」
「ですが」
「私はね、クラプトン伯爵。カルヴィンに幸せになってほしい。それは、子を持つ親として、貴公も同じなのではないか?」
「それは、もちろんです!」
「なら、既に両家は事業の提携もしていることだし、子供たちも互いに好いているようだし、何も問題ないではないか」
・・・・・『愛す』・・『愛す』なあ。
『愛す』なんて、言ったか?
うーん・・・・あ!
もしかして『アイス』って言った、あれか!?
あれを、誤変換したってことか!
そうか。
謎が解けた。
「それで?カルヴィン。なんで『愛す』と言葉を交わすのは早くて、婚約は早くないんだよ!?さっさと答えやがれ!」
ぼくが『愛す』の謎を考えているうち、父様達の話が進んでいて、このままでは婚約確定だと、焦ったように呟いたクリフ兄様が、カルヴィンに食ってかかった。
「落ち着いてよ、クリフ。クリフは未だ知らないかもしれないけど『愛す』って言葉を交わすのは、子を成す時なんだよ?俺達には、未だ早いじゃないか」
「へ?」
「は?」
「あら、まあ」
これ以上ないほど生真面目な表情で言い切ったカルヴィンに、その場のみんなが固まった。
ああ。
あっちもこっちも誤解が。
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