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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

亡国の豊穣神の追憶 ~この国の食糧事情を何百年も支えてきたのに邪神認定されました~

(祠ブームなので)初投稿です

「ここで最後か?」


「あぁ、お告げによりゃこれで全部だとよ」


 大きな木槌を持った人間たちが、わたしの最後の「祠」にやってきた。


 ――やめて、壊さないで!!


 そんなわたしの声が彼らに届くことはない。


「おらよっ!」


 がしゃんっ


 わたしの、祠が……崩れていく……。


 ダメ、消えちゃう……わたしが、わたしじゃなくなっちゃう……。

 みんなを、ずっと支えてきたのに……もう――



 薄れゆく意識の中、わたしはわたしが『わたし』になったあの日の事を思い返していた。






 ――――







 初めて『わたし』が生じたのはもう何百年も前のことだ。


 ――『お腹いっぱい、ごはんを食べられますように……』


 小さな女の子が、自らが彫った人の形をした小石に手を合わせ『祈った』。


 それが、始まり。


 小さな小さな信仰が、漂う力の塊でしかなかったわたしに神という形を与えたんだ。

 わたしは『祈り』に応え、狭い範囲ではあるが豊作をもたらしてあげた。


 そうしたら、あの女の子以外の人間も「わたし」に祈るようになったの。

 祈り――信仰が増えるほどに、わたしの力も増していく。


『“ミイヴルス様”ありがとう!』


『この地を豊かにしてくれる“ミイヴルス様”に感謝を』


 いつしかわたしは“ミイヴルス”と呼ばれるようになっていました。


『ミイヴルス様、どうか恵みの雨をくだされ……』


 わたしがこの力で災いや干ばつを遠ざけるほどに、人々は喜んでくれた。

 土地を豊かにし、豊かさを奪うものは遠ざけてあげる。


 そうするだけで、みんな嬉しそうだったの。


 わたしは人々の笑顔が好きだったの。


 ただ、それだけだったの。







 ――――







 赤ちゃんだった子が大人になって、やがて土に還り、また新しい命が生まれては老いて土へ還ってゆく。


 そんな人の営みを何十回も見送るほどの年月が経ちました。



 わたしが生じた村はいつしか国と呼べるほどにまで発展して、わたし『ミイヴルス』はその国の神様として崇められるようになりました。毎年刈り入れの時期になれば大きなお祭りを開催したりもしました。


 それから数百年は平穏な時代が続いたよ。


 けれど、何事にも変化はあるの。


『神様なんていないっしょ、こんな祭りに金かける意味がわかんないね』


 豊作が当たり前となり、みんなわたしの力をありがたく思わなくなってしまったの。むしろわたしの実在すら信じない人も増えてきた。


 信仰心は全盛期よりもずいぶん減っちゃった。けれどわたしは、みんなの笑顔のために豊穣神として頑張ったよ。


 そんなある日のこと。


『我らエルランド王国は、貴殿らへ宣戦布告する!!』


 肥沃な土地を狙う隣国から、宣戦布告を受けた。


『ミイヴルス様、どうか敵を退ける武力を我らに……』


 ――ぶりょく?


 当時のわたしには、戦いという概念すらなかった。

 そもそもわたしには作物を豊作にするだけの能力しかないの。


 だからしてあげられることは何もなかった。


 『ははは!! 奪え! 犯せ!!! 蹂躙せよ!!!』


 ――やめて


 『死にたくない、助けて……ミイヴルス様――』


 やめて――


『『蹂躙せよ!! 蹂躙せよ!! 蹂躙せよ!!』』


 ――やめて


 敵軍が、豊かだった大地を赤色に染めた。


 笑ってくれた人たちが、命のサイクルを待たずに死んでしまう。

 このままではみんな死んでしまう。


 ――やめてっ


 けれどわたしにはどうすればいいか分からない。


 ――ごめんなさい


 ――ごめんなさい……わたしのせいで……


 実体を持たないわたしでは、悲しみ泣いている子供を抱き締めてあげられない。

 今まさに斬られようとしている女の子を守ってあげることはできやしない。


『人が大勢死んでいるのに、なぜミイヴルス様は助けてくれぬ……!!?』


 わたしへの信仰は、ますます減っていった。





『力がほしいのか?』


 数年ほど戦争が続いたある日。

 王様が、わたし以外の『神様』の声を聞いた。


 その神様は『ヴンヴロット』と名乗ったらしい。


 ヴンヴロットはわたしとは違い、戦いが得意な神様だった。ヴンヴロットは兵士さんたち全員に一騎当千の力を与えて、戦争は一気に勝利した。


 みんなは戦争を終わらせた神様ヴンヴロットが大好きになった。


『ヴンヴロット様万歳!』


『ヴンヴロット様をお祀りするのじゃ!!!』


 わたしのことなんて忘れたみたいにヴンヴロットへお祈りして、わたしへの信仰はどんどん小さくなっていった。


 代わりにヴンヴロットの信仰は大きくなって、みんな戦う力ばかりを求めるようになっていた。


『戦うことが、お腹いっぱいになることより大事なの……?』


『ミイヴルスさんよぉ? この世は弱肉強食なんだぜ? 腹を満たしたけりゃ、奪って喰らう!!! それが真実よ。

 対してお前のやり方は甘すぎて吐き気がするぜ。偽善者め』


 ヴンヴロットは、わたしにそんな事を言ってきた。


 知らなかったんだよ。わたしはみんなに育てられた神様だから、世界のルールみたいなことなんて知るよしもなかったの。


 悔いても、戦争で失われた人たちは戻らない。わたしは信仰をどんどん失い、ついには存在を保つだけで精一杯にまで小さくなっていた。


 それでも、せめてみんなが食べ物に困らないよう存在を削って土地の豊かさを維持しようとした。


 けれど……



『ミイヴルスは邪神だ』


『なんですと? ミイヴルス様は古くより豊穣神として祀られておったのじゃが……』


『はっ、ならなんで戦争を長引かせ民を苦しめたんだ? アレをこのまま野放しにすればまた戦争を起こすぞ?』


『な、ならば我らはどうすればよいのですか?』


『ヤツを奉る全ての祠を壊し、ヤツへの信仰を完全に消し去ってしまえ』


 ヴンヴロットは、わたしから最後の信仰を奪おうと王に『神託』を与えた。


 戦争を勝利させた神様の言うことだ。みんな何も考えず、言われた通りにした。

 わたしの拠り所となっている祠や寺院を壊し焼き払い、まるで最初から信仰なんてなかったかのようにしていった。



 そしてわたしは、森の奥の小さな石の祠を最後の拠り所として辛うじて存在を保っていた。けれど――




「おらよっ!」




 それすらもたった今、木槌で砕かれてしまった。


 あぁ、わたしがわたしじゃなくなっちゃう……


 どうすればよかったのかな。


 わたしが居なくなっちゃったら、みんなちゃんとごはん食べられるのかな……



 あぁ……存在も意識も、もう、保てなく――






 ――――





 その年から王国は、毎年のように大凶作に見舞われ続けた。


 何を植えても根付かず、辛うじて作物を育てようとも刈り入れ時を待たずに大蝗害が襲い草の葉の一欠片も残さず食い荒らされる。


 民は飢えに喘ぎ、ばたばたと人が死んでいった。


 そしてついには疫病まで蔓延し、とうとう王国は国の体裁を保てなくなり滅亡してしまった。


『ヴンヴロット様ぁ、このままでは我らは飢えて死んでしまいます!』


『知ったことかよ。食い物くらい自分等でなんとかしろ』


 ヴンヴロットは戦いの神。そして戦い以外の事は下らない事だと思っていた。

 もはや戦う余裕すらない国民たちの中から、ヴンヴロットを信仰する声は薄れていた。


 『ミイヴルス様、お応えくださいませ……再びこの地に豊穣を……!』


 ミイヴルスを無下に扱った民たちは、飢えに苦しみ豊穣神へ再び縋る。


 ……しかし、もう誰も応えてはくれなかった。

 

 ヴンヴロットもこの国に興味を無くし、とうとうこの地を去っていった。


『お、お戻りくださいませミイヴルス様……どうか、我らをお許しくださいませ……』


 人々は何百年もこの国を支えてきた豊穣神を自ら潰した事にようやく気づく。


 しかし、全ては後の祭りなのであった。















 ……


 …………?


 消えちゃったはずなのに、意識がある? それにこの感覚は……


「え?」


 世界が輝いて見える。肌で風を感じ、草の匂いを嗅ぐことができる。


 気がつくとわたしは、『人間の女性』の肉体で草原に寝転んでいた。


「これは……」


 手の中には『人の形をした小石』が握られている。


 そうしてわたしは、理解した。


 ――何処かで再び起こった小さな信仰が、わたしをこの世界に繋ぎ止めてくれたのだと。


 この体が何なのかはわからない。ただ、誰かの体を乗っ取っただとかではなさそうだ。


 そして、この『小石』は……かつてわたしが初めて祈られた偶像だ。この『小石』がわたしの本体で、この肉体は何らかの形で顕現した活動体のようだ。




 ……人類は愚かだ。何にも考えず、ただ流されるままに自らを破滅させてしまう。


 でも……その愚かさを知ろうともしなかったのはわたしだ。


 だから、今度はもう間違えないために。今度こそ守れるように。人間を知ることにしよう。


 あれからどれほどの時間が経ったのかもわからないけれど、ずいぶんと平和なようだね。


 ――これからは、人間として生きていこう。どこかでわたしを再び信仰してくれている人たちのために、人間として人間を助けるんだ。


 名前は何がいいかなぁ……ミイヴルスじゃダメだよね。


……『ミルス』なんていいかな。


 そうしてわたしは、『ミルス』という人間として、地平に見える街へと歩みを進めるのであった。


お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、ページ下部より星評価などをよろしくおねがいします。


また、この作品は連載中の《https://ncode.syosetu.com/n4540jo/》の前日譚にあたります。ミイヴルス様のその後が登場します。

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― 新着の感想 ―
わーお、どこかで読んだことがある名前や話だなぁと思ったら。 穏やかで、優しいミルス様。人間として街にいたのには理由があったのね。ミルス様と、街の人々に、沢山の幸せが訪れますように!
やりました!ヴンヴロットは死にました。これで安心は...出来ないですがアルコア様は敵対しなければ攻撃もして来ないし、ラズリーちゃんと仲が悪くないから大丈夫だと思う...かな。
2024/10/17 20:31 夜月 零(封印中)
お前ら祠壊したんか!?で国民死滅してないのラッキー過ぎない? この女神優しすぎる…
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