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41. 雪降る街

(雪降る街)


 あれから、三日三晩、街に雪が降った。

 街は、白一色に染まり、所々に紅葉の赤がちらちら見えた。

 季節外れの大雪に、街の人は大慌て……

 除雪車の準備も早められ、早速出動していった。

 カーショップは、冬タイヤに履き替える客で、ごった返していた。


 そんな四日目の朝、まだ暗いうちから……

 大野家に一本の電話が鳴った。

 鈴子は、お爺さんお婆さん武を起こして、車に急いだ。

「わたし、加代さんのところに知らせてくる……、それで、誠さんと真理子と一緒に行くから……」

 雪子は、鈴子たちを見送りながら言った。

「じゃー、お願い……」

「お母ちゃん、まだ大丈夫だから、慌てないで……」

「……、雪子が言うなら、大丈夫ね……」

 四人は、車に乗って出て行った。


 雪子は、制服に着替えてから真理子の家に急いだ。 

 もう、そこには誠さんが車で迎えに来ていた。

「……、お雪さんから聞いて、迎えに来た!」

「また、あの子ホテルに行ったの……、そのうち、お化けホテルになるわよー」

「そう、ねー、それよりも風俗ホテルになりそうだけど、もう一人のフロントマンが説明するのに困っていたよ……」

 しばらくして、玄関から加代と真理子が出てきた。

「雪子! もう大丈夫なの?」

 そう言いながら、雪子の腕を掴んだ。

「わたしは、大丈夫よ……」

「雪子も行くの? あたし将さん知らないけど……?」

「まー、わたしも行くから、一緒に行きましょう……」

 四人は、車に乗り込み病院に急いだ。


 道は、夜明け前なのに連日の大雪で、混雑していた。

 真理子と雪子は車の後部座席で、真理子は雪子の腕を取って離さない。

「……、雪子、もう、行っちゃうの?」

 真理子は、呟いた。

「まだ、いるわよー」

「でも、今日なんでしょうー?」

「雪ん子は、雪の降る中、どこにでもいるわ……」

「でも……、雪子は、雪子よ!」

「雪子は、雪ん子、雪の精……、真理子の見ていた雪子は、ただの幻の兎なのよ……」

「……、うさぎ……?」

「そう、ただの子うさぎよ……、雪が形を作るには核がいるのよ、兎は人間になりたいといったの……」

「……、核……?」

「普通は、空に舞うちりとか、花粉に着くんだけどねー」

 真理子は、はぐらかされていると思った。

「……、難しいことは、分からないけど、兎が人間になれるのなら、あたし雪子になりたい!」

「えー、わたしになりたいの……?」

「綺麗で、胸も大きくて、みんなに好かれている雪子に……」

「……、もうなっているわよ! わたしを作ったのは将さん、将さんが加代さんを思って私とお雪を作ったのよ。だから、雪子は真理子、同じなのよ……」

「でも、あたし胸小さいもの……」

「胸の大きさに拘るわねー! 私は兎、人間よりも早く大人になるの……、だから大丈夫よ、そのうち私みたいに、加代さんみたいに、大きくなるから……」

 真理子は、また、はぐらかされていると思った。

「わたしが、いなくなったら、今度はちゃんと人間の琴美や志穂と仲良くするのよ! 志穂はちょっと変わっているけど、時期に大人になるわ……」

「あの子、大人になるかなー? 永遠に変わらない気がするけど……」

「それも、困ったわねー」

 二人は顔を見合わせて笑った。

 相変わらず空は、まだ暗く、灰色で重い雲が覆っていた。

 でも、それほど寒くはなく、風もなく、静かな夜明け前の朝だった。


 車が、病院に着くと、牡丹雪がちらちらと舞っていた。

 四人は、二階の将の病室に急いだ。

「遅かったなー、誠!」

 その声に驚いて、誠は将を見た。

 病室には、すでにお爺さんとお婆さんと鈴子、武と、将のベッドを囲むようにいた。

 しかし、将は酸素マスクを着けて寝ていて、起きて話せる状態ではなかった。

「加代さんも、久しぶりー、誠をもらってくれて嬉しいよー」

「どうして、それを知っているのー?」

 加代は、将に向かって話しかけた。

 将は、酸素マスクの中、口は荒い息をしていた。

 しかし、確かに将の声が頭の中で聞こえていた。

「何でも、知っているよー、ここから見ていたから……」

「え、どうやって……?」

 加代は、疑い深く将を見てから、あたりを見回した。

「……、知らない方が、夢があるだろうー」

 誠は、窓の外に、赤い蛇の目傘をさして、こちらを向いて微笑んでいる、牡丹雪のお雪さんに気がついた。

 誠は、加代さんにお雪さんがいることを指でさして教えた。

「真理子ちゃん、二人をくっつけてくれてありがとう!」

 その声は真理子にも聞こえた……

「いえ、あたしは何もしていないわ! 二人が結ばれるのは最初から決められていた運命だったのよ……」

 真理子は、頭の中で聞える声にも落ち着いて答えた。

「俺も、そう思っていたよ、でも、おかげで、こうして生きているうちに、二人仲の良い姿を見られたよ……」

「お役に立てて良かったわ……」

 真理子は、将を見つめながら言った。

「誠! 後を頼んだぞ! すべてお前に背負わすのは悪いけど、頼む!」

「分かっているよ……」

 誠は、ひとこと言っただけだった。

「鈴子……、もっと一緒に山に登りたかったよ!」

「それなら、早く良くなりなさい……、山に登れるくらいに……、それで、また一緒に、露天風呂、入って、満月の月を、見ましょう……」

 鈴子は、懸命に涙の出るのを堪えていた。

「武! お前の好きに生きろ! 生きろ! リンゴ園は考えなくていいから……」

「分かっているよ……」

 武は、ひとこと言っただけだった。

「お父さん、余り酒飲むなよー! 俺みたいになるから……」

「バカ! 将とは年期が違うよ!」

 お爺さんはいつもの調子で言った。

「でも、長生きしろよ!」

「バカ! おまえにいわれたくないわー」

 お爺さんは、無理に笑って見せた。

「お母さんも、いつも綺麗でいろよー」

「わたしゃ、いつも綺麗だよ!」

 お婆さんも無理に笑って言った。

「お父さん、お母さん、鈴子、武、ありがとう……、ありがとう……、感謝の気持ちしかないよ!」

「雪ん子、お雪さん、最後にいい夢を見させてもらったよ、心残りは山ほどあるけど、でも、いい人生だったよ……」

 将のその声で、真理子は雪子がここにいないことに気がついた。


 真理子は、そっと病室を出た。

 廊下には誰もいなかった。

 真理子はその足で、一階のロビーまで出て、雪子を探した。

 その途中、ナースステーションに浴衣を着た小さな女の子が、女の看護士さんと話しているのが見えた。

「これくらいの箱でいいの?」

「ちょうどいいわ! お姉さんありがとうー」

 幼女は箱を取ると、走って、真理子の横を抜けて玄関に向かった。

 真理子は、浴衣姿の幼女と雪子を重ねて見ていた。

 真理子は、胸騒ぎの中、幼女を追った。

 玄関の外に出ると、来た時よりも激しく牡丹雪が降っていた。

 視界の悪い中、真理子は幼女を探した。

 幼女は、玄関の広いエントランスと、その前の駐車場を分ける花壇と大きなモミの木が植えられている木の根元にいた。

 でも、今は除雪された雪で高く積み重ねられて花壇は埋もれていた。


 幼女は、木の根元の雪を手で掘っていた。

「どうしたの……?」

 真理子は雪の中、幼女に話しかけた。

「……、お墓、作っているの!」

「お墓、……?」

「そう、兎さんの……」

 幼女は、尚も手で雪を掘っていた。

「その箱の中、見てもいい……?」

 まさか、こんな小さな箱の中に雪子がいるとは思えなかったが、開けて確かめずにはいられなかった。

 真理子は、おそるおそる、ふたを開けた。

 でも、やっぱり箱の中には、白い兎が横たわっていた。

「あたし、この兎もらってもいい?」

「どうするの……?」

 幼女は、真理子を見上げて訊いた。

「……、だって、雪の中に埋めても、春に雪が解けちゃうと出てきちゃうもの……、あたしが、あたしの家の庭の土の中にしっかり埋めて、お墓作ってあげるわ……」

「ほんと、そうしてあげて……」

 幼女は箱を取って立ち上がり、真理子に箱を手渡した。

「……、お姉さん、ありがとうー」

 幼女は、それだけ言うと、雪の積もった道路に駆け出して行った。

 真理子も幼女の後を追うように歩き出した。

 幼女の駆けて行った道路には、赤い蛇の目傘を差した、着物姿の女の人が歩いていた。

「……、お雪さん!」

 真理子は、叫びながら、早歩きで、幼女とお雪さんに近づこうとした。

 赤い蛇の目傘を差した女の人は振り返り、真理子ににっこりと微笑み、駆けてきた幼女と手を繋いだ。

そして、もう一度真理子に微笑むと振り返り街の方に歩いて行った。

 真理子は、赤い蛇の目傘の女の人が、真理子に背を向けたところで追うのをやめた。

 追うのをやめると、時期に降りしきる牡丹雪に覆われて見えなくなってしまった。

「雪子、さよなら……、しまったな、もう一度、雪子の裸、抱きしめたかったよ……」

 真理子は、牡丹雪の降る中、小さな箱を抱きしめ、一人呟いた。


「……、真理子ちゃん」

 武が来て、雪まみれの真理子に傘を差しかけた。

「……、もう帰るよ……、雪子は……?」

「……、行ってしまったわ……」

「……、そう……」

 武は、結果が分かっていたように、ひとこと言っただけだった。

「あたし、分かったわ……、人生って、生きた長さではないのね。短くたって、充実した満足のゆく人生なら、幸せなのよ……」

「僕も、そう思うよ……」

 武は頷いてから、傘の中の真理子の肩から、頭から、積もった雪を手で払いのけた。


 気がつくと、牡丹雪はやんでいて、明るい朝の日の光が、あたりを赤く染めていた。



(おわり)


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