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3.雪ん子は雪の子供

(雪ん子は雪の子供) 


 翌朝、本署にも駐在所にも迷子の届け出はなかった。

 あと、考えられるのは無理心中の生き残りかも知れないということだった。

 最後になって娘を殺せなかったのかもしれないと思った。

 本署からと消防、役場からと総勢四〇名ほど集められ峠付近を捜索したが、その痕跡はなかった。


 夜になって、駐在所のお巡りさんが大野家を訪ねてきた。

「一向に手掛かりがなくて、親からの捜索願もありません。もう一晩お願いできますか?」

「うちは、ぜんぜん構いませんから……」

 鈴子は、それほど驚かず、お巡りさんの言うことを引き受けた。

「すみません。助かります……」

 そう言って、頭を深々と下げて帰って行った。


 二日目になっても、親からの連絡はなく、捨て子の線が濃厚になってきた。

 三日目の午後、お巡りさんは病院に児童相談所の女の人を連れてやってきた。

 もちろん施設に入れるためなのだが……

 しかし、雪ん子は、泣くわ、喚くはで、抵抗し、病院中が壮絶な雰囲気になった。

「しばらく、家で預かりますので、落ち着いたらまた来てください……」

 鈴子は、嫌がって泣く雪ん子を抱き寄せ、なだめながら言った。

「それはいかんよ、旦那さんも具合が悪いことだし、鈴子さんばかりに負担はかけられんですよ……」

「いえ、家には祖父母もいますから、大丈夫ですよ……」

 鈴子は腰に巻きついて離れない雪ん子の腕を持って答えた。

「それでは、改めてまた来ます……」

 児童相談所の女の人も、あまりにも鈴子になついているところを見て、ひとまず安心して帰って行った。


 でも、このころになると鈴子には分かっていた。

 雪ん子が、やっぱり雪の子供だということを薄々感じていた。

 それは、雪ん子を連れて来た最初の晩、お風呂に入れようと、絣の着物を脱がしたとき、下着を着けていなかったことだ。

 いくら子どもといっても、真冬に裸に着物一枚では凍えてしまう。

 でも、この子は寒いとか冷たいとか一言も言ったことがない。

 それにもっと不思議なことは、一緒に裸になってお風呂に入ろうとしたとき、沸かしたはずのお湯がすっかり冷めていたことだった。

 確かに沸かしたはずなのに、それに入る前にも熱すぎないようにと、お湯の温度は手を入れて確かめたはずなのに……

 それなのに冷めて水のようになっていた。

 それにもかかわらず、雪ん子は喜んで湯船に入っていった。

 信じがたいけれど、昔話のようなことが、現実にあるのではないかと信じ始めていた。


 一週間ほどして、また病院にお巡りさんと児童相談所の女の人と訪ねてきた。


「まだ、手掛かりはないのですが……」

 お巡りさんは、深々と頭を下げた。

 そして、今日は泣かない雪ん子を見て驚いた。

 初めて会ったときは二、三歳ほどにしか見えなかったが、今見ると小学一、二年生といっても可笑しくないくらいに成長していた。

「何か、分かったこととか、変わったことはないですか?」と思わず、お巡りさんは訊いてしまった。

「いえ、何もないですが、よく家の手伝いをしてくれます……」

「そうですか……」

 児童相談所の女の人は、今日は泣かない雪ん子に直接訊ねた。

「お名前、言えるかな?」

「雪ん子……」

 相談所の女の人は、雪ん子と同じ目線になるように、しゃがみ込んで訊ねた。

「どこから来たのかわかるかな? 前にいた所? 住んでいた所……?」

「私は雪ん子、お空の上から来たの……」

「お母さんのお名前は、言えるかな?」

「鈴子……」

 雪ん子は、はっきりと答えた。

 相談所の女の人は、ため息をつきながら立ち上がり言った。

「とりあえず、施設に連れて行きます……」

「そうしてもらえると、助かります!」

 お巡りさんは、雪ん子を見ながら言った。

 それを聴いていたのか雪ん子は……

「私、どこにも行かないわ、お母ちゃんと一緒にいるから……」

 相談所の女の人は、もう一度座り込んで、雪ん子を見つめて諭すように言った。

「お姉さんと、行きましょう。友達いっぱいいるし、毎日お祭りみたいに楽しい所よー」

「私、行かないー、お母ちゃんと一緒にいるの!」

 雪ん子は言い張った。

「鈴子さんは、本当のお母さんじゃないでしょう。本当のお母さんが見つかるまで、お姉さんと一緒に待っていようねー」

「いや、いや、いやって言っているでしょう。おばさんたち、早く帰った方がいいわよ。もうじき吹雪になるから!」

 相談所の女の人は、どうしようもなく鈴子を見ながら立ち上がった。

「もうしばらく、うちで預かりますから……」

 鈴子は、二人を見ながら言った。

「鈴子さん、それはいかんよ、あんたも大変なんだから……」

「いえ、ぜんぜん構いません。でも、そろそろ学校に通わせないといけないかなっと思っているんですよ……」

 鈴子は雪ん子を見て言った。

「何歳なんでしょうか?」

 鈴子は、相談所の女の人に訊いた。

 彼女はもう一度座って雪ん子に訊いた。

「いくつか、わかるかなー?」

「知らないー」

 雪ん子は、さっきの会話で怒ったのか、彼女を見ずにふくれっ面で、吐き捨てるように言った。

 お巡りさんと相談所の女の人が帰ろうと病院の玄関を出ると、外は吹雪だった。

 パトカーは雪で埋まっていた。

「こりゃ、帰れんわー」と困り顔。

「電車で帰りますか……?」


 でも、雪ん子と鈴子が帰るころには、雪は嘘のようにやんでいた。

 その帰り道、あの峠道の頂のベンチに座って、いつものように、兎にパンを投げた。

「お母ちゃん、私、このままでいい……?」

 雪ん子は、ぽつりと言った。

「もちろんよー、どこへもやらないよー」

 鈴子も、ぽつりと言った。

 眼下には、雪に埋もれた町が見えている。

 雪ん子は、兎を見ながら言った。

「兎さんがね、兎さんが言ったの、お母ちゃんの助けになりたいって、いつも美味しいパンをくれるから……、それでね、一緒にいたいといったの……」

「そんなのは、いいのに……、私も見ていて楽しいのよ……」

 鈴子は、パンを食べている兎を見て言った。

「でも、兎さんでしょう、何もできないから、私が兎さんの望みをかなえてあげたの……、だから私は雪ん子兎なの……」

「そうー、兎さんよかったねー」

「お母ちゃんの望みは、なあーに……?」

 雪ん子は、鈴子の腕に腕を絡めて、甘えるように言った。

「そうねー、お父さんがよくなることかな……」

「う……、それは雪ん子でも、できないわ、他にはないの……?」

「家族みんな、健康で、幸せでいてくれることかなー」

「う……、雪ん子は雪の子供だから、人間の健康も幸せも作れないわ!」

 雪ん子は、無理難題を言われたことで、更に鈴子の腕にじゃれついて見せた。

 鈴子も笑って言った……

「そうねー、健康も幸せも自分自身で作るものだから、お母ちゃんは、ただ、そうなるように祈るだけよ……」

「私も祈っているわー」

 雪ん子は、鈴子の腕に頭を寝かせて言った。

「ありがとうー」


 峠から見る町は、一面、白一色で、黒色の豆粒のような車が列をなして動いているのが分かった。

 空は、どんよりとした灰色で、今にも雪が降りだしそうな重い雲に覆われていた。


 このことがあってから、雪ん子が駐在所の前を通るときや、町で偶然あったりすると、お巡りさんは雪ん子に天気を訊くようになった。

 今日もお巡りさんはパトカーの中から、道を歩いている鈴子と雪ん子を見つけると、車の窓を開けて……

「今日の天気はどうだね? 雪は降るかな?」

 雪ん子は、嬉しそうに答える……

「今日は、大丈夫だけれど、明日の夕方から、また大雪になるわ……」

「またかなー、……、交通規制がいるくらいかなー?」

「それ程でもないわー」

「それは助かった……」

 お巡りさんは、ほっとした笑顔……

「お巡りさん、家まで送ってってよー」

 雪ん子は、パトカーの中を覗く。

「パトカーは、タクシーじゃないぞー、でも、今日は特別だー」


 そろそろ、雪の季節も終わりに近づいていた。

 リンゴ農園では、冬の管理も最終段階を迎えていた。

 天気の良い日は、リンゴの枝の剪定作業が忙しい。

 今年は、例年になく穏やかで、温かい日が多いとお爺さんは言っていた。




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