表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/41

20. サッカー少年と雪ん子

(サッカー少年と雪ん子)


 山から帰ってくると、武はサッカーの夏の大会、順々決勝が待っていた。

 雪子と真理子もホームグラウンドで試合があるということで、応援に来ていた。

「よくやるわね―、この暑い中で……」

 雪子は、既に暑さに参っていた。

 真理子は、団扇で雪子を扇ぎながら……

「武さんが出ているんだから、応援しないと、負けちゃうでしょうー」

「……、応援しなくても負けるんじゃないの……、初めての順々決勝なんでしょうー」

「でも、武さんのアシストで勝ってきたようなものだから、今日も勝てるかもよー」

「そんなこと、どうでもいいけど……、あんな玉ころ、蹴って何が面白いのかしら、他にやることないのー」

「まーまー、そういわずに……」

 その時、何人かの相手方チームの選手を抜く、武の華麗なドリブルが雪子たちの目に入ってきた。

「……、やるじゃん!」

 雪子は、ひとこと言った。

「武さん、背が小さいから、接近戦では勝てないから、ドリブルでかわすしかないのよ!」

「……、結構、足、速いのねー」

「ドリブルと足の速さが武さんの売りなのよ!」

「さすが、真理、詳しいのねー」

「……、武さんが山で話してくれたのよ!」

「いつの間に、そんなに仲良くなったのかな……?」

「おかげさまで……、三日も一緒にいれば、それくらい話すわよ!」


 しかし、この試合、武の奮闘むなしく、一点差で負けてしまった。

「まーあー、武さんには来年もあるから……」と真理子。

 雪子は、炎天下に長時間いたことで、もう限界だった。

「ねーえー、わたしプール寄っていく……、真理子も来ない?」

「あたし、水着持ってないよー」

「裸でいいじゃん……」

「バカ、雪子は持っているの……?」

「朝から、暑かったから、多分持たないと思って、持って来た、また倒れたら困るでしょうー」

「じゃーあー、あたし見ていてあげる……」

「見るだけじゃなく、触ってもいいわよー」

「バカ、……」


 雪子たちが、プールからの帰り道を歩いていると、人気のない校庭のサッカーコートの中を、一人ドリブルをして走っている武がいた。

 その影は、低い赤い太陽に照らされて長く伸びて、寂しそうだった。

 雪子は、真理子を置いて、突然、武に向かって走り出した。

 そして、武のドリブルするボールを一瞬にして奪い取った。

「……、わたしのボール取ってみなさい!」

 武は、雪子に追いつこうとするが追いつけない。

 ボールを取ろうとするが、かわされて取れない。

 雪子のすばしっこさは兎そのものだった。

「……、武、まだまだね、練習しなさい!」

 雪子は、ボールをゴールに蹴りこむと、真理子の所にもどった。

 グラウンドの外で見ていた真理子は……

「凄いじゃない! サッカーも得意なのー?」

「サッカー、知らないわ。水浴びしたから五分くらいなら、ボール、追えるわー」

「でも、ぜんぜん武さんより速かったわよー」

「……、だって、わたし、兎だもの!」

「はーあー、雪ん子じゃーなかったの……?」

「雪ん子兎、それがわたしなのよ……」


 雪子は、正直に打ち明けた話を隠すように、真理子の前を早歩きで逃げる。

 真理子は後を追って、雪子の前に出ると、振り向いて……

「何でもできる雪子が羨ましいわ!」

 ため息まじりに雪子を見つめてから、雪子の横を歩いた。

「……、わたしは、真理子が羨ましいわ……」

 雪子は、真理子の手を取って腕組みした。


 学校の帰り道、街はまだ昼間の暑さの余韻が残っていた。

「どこがよー?」と、真理子は雪子の顔を覗く。

「未来があるじゃないのよ……」

「そんなの雪子にだってあるじゃない……」

「……、わたしは、もうー、駄目、……」

 雪子は遠くの山を見ていた。

「そんな、明日、死ぬようなこと言わないでよ……」

「……、真理子は将来、何になりたいの……?」

「あまり、考えたことないなー、……」

「武のお嫁さんとか……?」

「バカー、……」

 真理子は、組んでいた腕を振り払って、雪子の前を歩いた。

「武は、サッカー選手が夢だから、サッカー選手のお嫁さんでいいじゃない!」

 雪子は真理子の背中に話しかけた。

 真理子は、一度振り向いて……

「バカ!」と言って、もう一度雪子に背中を向けて一人、早歩きで歩く。

「……、今からしっかり捕まえておかないと、武がサッカーで有名になったら、他の誰かに盗られちゃうわよ!」

 雪子は、少し遠ざかった真理子の背中に大きな声で叫んだ。

「……、まだ、先の話ねー」

 その声で真理子は立ち止まり、雪子の来るのを待った。

「真理子の夢は、何……?」

 追いついてきた雪子が言った。

「……、だから、考えたことないなー、小さい頃は、ケーキ屋さんだったかなー」

 真理子は、もう一度、雪子の横に並んだ。

「かわいいじゃない……、わたしケーキ、好きよ!」

「でも、このままいったら、一人娘だから、お母さんの農園継ぐのかなー」

「それもいいじゃない! 武もサッカー選手になれなかったら、一人息子だから、農園継ぐんじゃないのー? 家も隣同士で、二人で大農園にして、リンゴ作りなさいよ!」

「でも、そう言われると、お母さんが東京に行った気持ちが分かるわ……」

「どんなふうに……?」

「将来を決められてしまった絶望感ねー、私の夢はどうなるのよ……?」

「……、ケーキ屋さんになる夢、……」

「それだけじゃないわよ! 未来の楽しみとか、わくわくするような気持ちとか、リンゴを作るよりも、もっともっと、凄いことが待っているような気がするじゃない!」

「……、そうかなー? 真理子も東京に帰りたい……?」

「あたしは、東京生活を知っているから、東京に未練はないけど、東京を知らなかったお母さんには、憧れの世界だったのよ……」

「じゃー、真理子は、ここでケーキ屋さんをやるのねー?」

「だから、分からないんだって……、これから探すわ! わくわくするようなこと……」

「雪子の将来は、何なのよ……?」

「……、わたしの場合は、ただ、一つよ!」

「何なのよ……?」

「みんなの幸せを祈ることよ……」

「修道女でも、なるの……?」

「違うわよ! 雪ん子になるのよ……」

「はーあー、……」


 今は赤い雲に覆われ、黄色く眩しい太陽が、低くたなびいている夏の雲を染めていた。

 でも、少し秋の風が心地よく吹いている。

 この街の夏は短い……



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ