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13. 真理子と夏の山と雪子

(真理子と夏の山と雪子) 


 七月の夜には、蛍が川のイルミネーションのように光る。

 この地方では、八月の末ごろまで観賞できる。

 近くのホテルでは、ホタル観賞の企画もあり、夜になるほど賑やかになる場所もあった。


 そんな夜、いつものように真理子が浴衣姿で現れた。

 雪子も、いつもと同じように縁側で伸びていた。

「今日も暑いわねー、……」と真理子は、団扇を扇ぐ。

「……、こっちに、いらっしゃいー」

 雪子が手招きする。

「駄目よ、雪ちゃん、浴衣、脱がすからー」

「えー、え、つまらないー」

「でも、団扇持って来たから、扇いであげるー」

「ほんとー、嬉しいー」

 真理子は、雪子の横に座って、はだけた浴衣の中に風を送り込んだ。

「……、気持ちいい―」

 雪子は、更に両手で襟を広げて、扇ぐ風を体の中に招いた。

 真理子は、真っ白な膨らんだ胸と湯上りの湿った香りに誘われて……

「……、やっぱり、抱いて―」と団扇を放り投げて、雪子の胸に飛び込んだ。

 雪子は、真理子を抱えて、後ろに倒れた。

「あ、あーん、気持ちいいわ―」と雪子の喘ぎ声。

 真理子は、その喘ぎ声に誘われるように、雪子のはだけた胸に頬擦りをする。 

 そこに、鈴子が、切った西瓜をお盆に乗せて持って来た。

「あら、あら―、楽しそうね―」

「愛し合っていつの―」

 雪子は、寝ながら顔だけ鈴子を見て言った。

 真理子は、びっくりして起き上がって、雪子の襟を整えながら、寝ている雪子を引っ張り起した。

「変なことをしていたわけではないのよ―」

「……、……」

 それには答えず、鈴子は……

「真理子ちゃん、いいところに来たわね―、一緒に西瓜食べていかない?」

「ありがとうございます―、いただきます―」

 鈴子は西瓜を置くと、縁側に座って、真理子が持って来た団扇を拾って、雪子を扇いだ。

「……、今日、誠さんが病院に来たわ―、世界の山を回っていたんだって……」

「そう、帰ってきたのね―」と、さほど驚かずに雪子は言った。

「……、誠さんって……?」

 真理子が、話を合わせるように訊いた。

「ほら、前に話した、お父さんの弟よ―」

「本当に帰ってきたんだ―、私のお母さんの元彼……」

 鈴子は、笑いながら……

「そんなことまで話したの―、でも、ありがとう、探してくれたのね……」

「私じゃ―ないけどね―、……、探したのは、牡丹雪と言う、雪女だけどね……」

「誠さんが言っていた。雪女に助けられて、日本に帰るように言われたって……」

「……、え―え、誠さん、それ言ったのー、雪女に助けられたってー?」

「そんなこと、言っていたわよー」

「駄目よー、言っちゃー、雪女に逢ったことを他の誰かに話すと、命、吸い取られて、氷にされちゃうのよー」

「……、本当ねー、私、聞いちゃったー」と、鈴子は笑った。

「でも、いいかー、命吸い取るくらいなら、助けないからねー、それに雪女って、いい男、好きだから、いい男は、そのまま生かしておくのよねー」

「ほんとー、いつの時代も、いい男は得なのねー」と真理子も笑った。

 雪子には、赤い蛇の目傘を回して、赤い舌を可愛く出して笑っている牡丹雪の雪女の姿が見えた。

「……、でも、帰ってきたのなら、どうして、この家に来ないのー?」

と言って、雪子は西瓜を一口食べた。

「勝手に出て行ったから、合わせる顔がないそうよー」

「……、どこかで訊いたセリフ……」

「あたしのことー、でも、それなら近くにいるんでしょうー、それとも、またどこかに行っちゃったとか?」

 真理子も、西瓜を食べながら訊いた。

「明日から、白馬の山小屋で仕事をするそうよー、それで山小屋が終われば、今度は、麓のホテルで働くそうよ。お食事つき宿泊招待券二セットもらったわー」

「よっぽど、山が好きなのねー」

 雪子は、そう言って、更に西瓜を口に運んだ。

「お爺さんに話したら、馬鹿なやつって言っていたわー、それで、武が夏休みになったら、山小屋に会いに行くって言うから、雪子も行く……?」

 その返事には、雪子よりも先に真理子が返事をした。

「あたしも、行きたいー!」

「……、山かー、ここよりも涼しいわよねー」と雪子は、遠くを見た。

「行きましょうー、私のお母さんも連れて行くから、小さい時から、雲海とか満天の星とか、満月の山とか、天上の露天風呂とか、山の話ばかり聞かされていたのよー」

 真理子は、西瓜を食べている手をひとまず置いた。

「真理子ちゃんのお母さんも山、登るのねー」

「子供のころから登っていたみたいよー」

「……、二人は山で出来ていたかもねー、これもまた、どこかで訊いた話……」と雪子は鈴子の顔を見た。

 鈴子は、思わず目線をそらした。

「……、真理子ちゃん、まだ、先の話だけど、行くなら、ちゃんと道具は準備しておいてねー、靴とかリュックとか」

「もちろんよー、こんなに山の近くの町に来たんだから、お母さんに道具、全部、買ってもらおうー」

 そう言って、真理子は、喜んで帰って行った。


 真理子が帰ってから、雪子は……

「この家には、帰ってこないかもしれないわねー」

「……、どうして、私がいるから……、武もいるしねー」

 鈴子も、雪子を見ずに遠くを眺めていた。

 雪子は、同じことを鈴子も思っていたのだと、次の言葉を言えなかった。

「でも、隣の家に住むことになるかもねー」

 雪子は明るく言った。

「そうなればいいけど……」

「そうなるんじゃない、二人とも山が好きなら……」

「また、それを言う……」

 二人は、顔を見合わせて笑った。


 ホタルの明滅は、恋の歌だという。

 お互いに歌い、お互いに感じ合う。

 人も、恋の歌だけで、愛し合えればいいのにと雪子は思った。



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