国家崩壊
玉座でくつろいでいたところに、一人の兵士がやってきた。
「報告がございます。只今、見張りの者から、侵入者の連絡が届きました」
「うむ、下がれ」
兵士は足早に退出する。
実際のところ、リーブの能によって、ラーピはこの情報をすでに知っていた。
ジャッジ家で育ったリーブは、少し先の未来を見ることができる。しかし、不確定であったり、いつ起きるかわからなかったりと、まだ慣れていなかった。けれど、ラーピは息子の能の目覚めにとても喜んでいた。
精鋭部隊編成の案が出てから、リーブは体調になるために教育、指導されてきた。まだ、五歳ながらにして、国のトップの隊長を務めている。中には不信感を抱くものもいたが、今ではゲイブを除いて、みな信用している。確定情報以外は口にしないため、全て的中させることから、信頼に結びつけたのだ。
そして今、侵入者の到来も予知しており、結果も見えているのだが、それ以降の未来が見えなくなっていた。こんなことは今まで一度もなかった。常に能を働かせているからなのか、何かを代償としているのか、原因は不明だった。
この件は誰にも言っていない。不確定要素だから。常に満点を、百パーセントを目指すよしつけられたため、たとえ一パーセントでも欠けていたら口にはしない。
とは言え、何もしないというわけにはいかないので、休息を以前にも増してとるようにした。それを両親は不審がらなかった。おそらく、このことに勘付いているのはゲイブだけだろう。
「起きたか、リーブ」
「おはよう、ゲイブ」
勝手に寝室に入ってこないでほしい。何度も言っているのに、聞く耳すら持ってくれない。
「今、見えているものを教えてほしい」
「いいけど、急にどうして?」
「ライとレフがやられたと、連絡があった」
精鋭部隊切っての見張りのエリートであるライレフ兄弟がやられた。単体での戦闘は並の兵士ほどだが、二人での戦闘は完璧な連携で、そこらの人間には負けないはずだ。油断していたのか?
「手練れかもしれない、気を引き締めなくては」
「彼らはシャットライトを羽織っているから、姿は見えない。それだと、彼ら同士の位置も把握できないから、花の匂いを体につけているみたい。匂いが変化したら、そこにいるということ」
寝室を強く、素早いノックの後、返答なしに黒服が入ってきた。もう、ノックの意味ないじゃん。
「侵入者は現在、王室に向かって、階段を上がっております!」
「入口の兵士はやられたのか?」
「それが…」
思った以上に簡単に侵入することができた。あんなに心配していたのが馬鹿らしく思える。
それにしても、入口の見張りが厳重すぎるほどに多くいた。もしかしたら、上層部にはもうバレているのかもしれないが、とりあえずは慎重に進まなくては。こんな圧倒的人数不利な状況で、しかも入って早々バレることがあれば…
「くしゅんっち」
あーあ。かわいいのが出ちゃった。
「す、すすす、すいません!」
「いいよ、どうせいつかはバレるからね」
ブルーメのくしゃみを聞き、兵士が一斉にこちらを向いた。
素早い判断で、ツァオバーがマントを脱ぎ捨て、姿を露わにする。が、そこにいたのはロバだった。
「ヒーホーヒーホーヒーホー」
「ロ、バ…?」
ツァオバーが天井からリープたちに合図を送る。三人はツァオバーにこの場を任せ、階段を駆け上がる。
ロバの鳴き声と兵士の騒ぎによって、リープたちの足音がかき消され、無事に目的遂行に向かっている。無事に?
ロバに気を取られていたが、何人かの兵士が周囲を見渡し始めた。
「これで、僕の仕事は終わりかぁ」
天井に張り付いていたツァオバーは、やり足りない様子でいた。ロバを気にしなくなった兵士がリープたちを追おうと、階段を上がろうとした瞬間、兵士は滑り落ちてしまった。
目の前の光景が信じられず、次々と兵士が階段を上がろうとするも、誰一人として上ることができなかった。目をこすっても、普通の階段にしか見えないのに、上ろうとすると変形して、坂道のようになるのだ。
「なんか、惨めに思えてきたなぁ」
同情の眼差しを向けていたツァオバーの背後から、忍び寄る影がひとつ。
「おーい、やっぱりここにいたぞー!」
声に驚き、ツァオバーは落っこちてしまう。
自分に対する兵士からの圧に負けたロバが、助けを求めるべく、主の方を見たらしかった。今後、動物に頼るのはやめるか。
「おい、ガキ。こっちは何人いると思ってんだ?」
「よくも遊んでくれたなぁ」
「僕はぁ、本気だよぉ、それよりぃ、一人しかいないけどぉ?」
「変な喋り方しやがって。一人な訳ないだろ、目ん玉ついてんのか?」
兵士は仲間に声をかけようと、振り返ったが、そこには誰一人としていなかった。
「ガキにぃ、大勢でぶつかってくるのはぁ、大人気ないんじゃないのぉ?」
「タイマンでも負けるわけないぜ。そっちからかかってきな」
「じゃあ、遠慮なくぅ」
階段を駆け上がるリープ一行は、入口にしか兵士が配備されていないことを不審に思っていた。
「こんな順調でいいのか?」
「いいんじゃないか?メガネにも反応はない」
「順調なのはいいことだと思います」
『聞こ…る…、聞こ…るか、聞こえるか』
「エアさん、聞こえていますよ」
『とりあえずは侵入成功だな。ただ、気を抜くなよ、ゲイブが動き出した。それと、新しく部隊を編成したらしい。しかし、即席の部隊だろう。予定通りの作戦を遂行してくれ。以上だ』
了解です、エアさん。
なんか今、すごい楽しい。誰かと協力して、同じ目的のために頑張って、それを果たそうとしているこの感覚。危険であるのは変わらないし、ハラハラさせられるけど、楽しい。味わったことのない感覚だ。絶対におばあちゃん助けて、家に帰るんだ。
「ゲイブが動き出したってエア言ってたけど、会うことなくショーケース?に着いたな」
「うん、良い流れができている。完全に僕たちのペースだ。これもみんなのおかげだよ」
「気抜くんじゃねぇぞ、リーダー」
「では、私は中に入って、囚われた方達を…」
大きな扉を開けようと手を伸ばすと、触れる前に扉が開いた。中から、男性と女性を引き連れた少年が姿を現す。
「お、お父さん?」
「おばあちゃん!」
「…リープがもう一人?」
時が止まったように、思考が止まる三人。
「未来が見えるのはよくないよ。だって、結果がわかってるんだもん」
「それは皮肉として受け取るよ」
背後から近づいてきた最強に、三人とも気づくことはできなかった。
「これはどういう状況?」
「まずいな」
「お父さん…」
ブルーメはミザキ目がけて一直線で走り出す。少年とすれ違った時、少年は笑った。と、次の瞬間、大きな打撃音とともに、顔を赤く腫れさせられたブルーメが倒れていた。
「何すんだよ!」
「政府に反対する者は誰一人許さない」
「私たちは、国民に幸福を与える者」
おばあちゃんの様子がおかしい。それに、ミザキさんも。娘を殴るなんて、しかも、せっかく再開できた娘を。ひどすぎる。
「緊急事態だ!とりあえず、この場から逃げろ!」
リープとヴァッフェは逃げ出せたが、倒れたブルーメは小さくうずくまっていた。
「ブルーメさん!立って!逃げて!」
リープの声にも、ブルーメの反応はなかった。そんな娘に、父親は再び殴りかかる。
それを視界に捉えた瞬間、風を切るように、勇者は飛び出し、姫を救った。殴りかかったミザキの手を止め、ブルーメを抱えていた。
ヴァッフェが強く睨むと、ミザキはおびえた顔で一歩退いた。
「ヴァッフェ!こっちだ!」
勇者はあろうことか、姫をリープに投げた。読書しながらも、こっそりと鍛錬していたおかげで、ブルーメを落とさずになんとか受け止めることに成功した。
「ヴァッフェ!お前の出番だ!お前が最強だ!」
木刀を抜いたヴァッフェはゲイブと向き合う。
「精鋭部隊長さん、逃げた奴らを追ってくれ」
「その必要はないよ。最後に来る場所はわかってる」
「そういう意味じゃないんだけどな」
ゲイブも背中の剣を抜く。
「さて、君があの…」
ヴァッフェの集中力は上限に達していた。思考を排除し、目の前の敵を討つことだけを目的とし、体が動かす。
「久々に、少しは楽しめるかな」
同時に切りかかる二人の距離が一気に縮まる。
リーブたちはショーケースに戻っていった。
「ブルーメさん、大丈夫ですか?」
なんとか、身を潜められる物陰を見つけた。
「お父さん、怖かった。あれは、お父さんじゃない」
「僕も、おばあちゃんはあんなこと言いません。何かされたんだと思います」
「もう、誰も戻って来ないのかな」
腫れた目から、さらに涙が流れる。
「ブルーメさん、思い出してください。あなたの救いを待つ人は一人だけじゃありません」
お母さん…
ブルーメはランの花を胸に当て、静かに祈っている。そして、深く呼吸した。
「ごめんなさい、ご迷惑おかけしました。もう大丈夫です」
「迷惑はかけるものだって、本にありました」
「迷惑はかけるもの、か」
お母さん、ごめんなさい。今の私は少しおかしくなっているのかもしれない。でも、こうしていないと落ち着かないの。お母さん、私に魂をちょうだい。
ブルーメはランの花の花弁を粉々にすると、飲み込んだ。
「ブルーメさん!?」
私はもう一人じゃない。こうすればいつでも二人だよね。わかってる。もう後戻りはできないことを。お願い、私と一緒に戦って。お父さんが戻って来れるように、お母さんを迎えに行けるように。力を貸して。
二人は立ち上がり、ショーケースへと走り出した。
「リープ君に似ている方がいましたけど、兄弟ですか?」
「わかりません、両親のことも知らないですし、ましてや兄弟のことなんて」
「さっき、あの子の近くを通り過ぎたんですけど、その時に冷たさを感じました。ちゃんとご飯食べているんでしょうか」
入口の兵士を一掃したツァオバーがリープたちの応援に向かおうとした時、一人の女性が声をかけてきた。
「この子たちをやったのはあんた?」
「間接的にはそうだけど」
「間接的には?よくわからないけど、あたいのかわいい子らを傷つけたやつは容赦しないよ」
ごめんよ、リーダー。助けに行けるのはもう少し先になりそうだ。
「見た目に騙されない方がいいよ」
「あら、忠告ありがと。でも、あたいは甘くは…」
ツァオバーの体は見る見る内に大きくなり、天井に頭がつくほどになっていた。このハット、伸縮性があってよかった。
「大きくなっただけじゃ、あたいは倒せないよ」
「だから、見た目に騙されない方がいいって」
その言葉の通り、ツァオバーは巨大化したかのように見せているだけだった。実際の大きさは変わらずのままである。
軍隊副隊長のセターは巨大化したツァオバーの頭目がけて、木の鞭で攻撃を仕掛けたが、すかってしまう。
「赤」
ツァオバーは空中で必死に鞭を振るセターのパンツを見ていた。こういう人が寒色系のパンツを履いた時のギャップいいよな。
眼福と思いじっと見つめ、体力の消耗を待っていたが、それほど馬鹿ではなかった。上半身に通じないとわかると、下半身を攻め始めた。
このままだと当たってしまうのだが、ツァオバー本体はセターの攻撃と入れ違うように、天井へ移動した。
体中を鞭で攻撃したのに、感触が全くないことに疑問を抱く。あれはダミーであることは間違いない。けれど、本体がどこにいるのか見当とつかない。考えるのよ、セター。無闇に動いては相手の思うツボよ。あ、そうだわ、簡単なことじゃない。攻撃なんてする必要なかったんだわ。
セターはその場に座り込んだ。
向こうはたったの四人。人数不利を覆すために、応援に向かいたいはず。移動する時には本体を現すに違いない。その時まで待てばいいのよ。
「脳筋かと思ったが、一番嫌な行動を取られたな」
さっさと片付けて応援に向かうつもりでいたが、こうなってしまえば、直接手を下すしかない。ツァオバーは地面に降りると、巨大化したツァオバーはいなくなった。
「お、やる気になったか?」
セターは準備運動している。疲労が溜まったようには見えない。
最年長がこんなところで時間食ってたら、あの子に張れる胸がない。やりたくはないが、戦うしかない。何年ぶりの直接の戦闘だろうか。
僕は一度の戦闘以外は、全て敵を操り、間接的に倒してきた。みんな、まんまと騙されるから、とても簡単だって。
ごく稀に見破ってくる奴もいる。大抵誰かに任せるか、逃げていたのだが、自分しかいないし、敵の陣地にいるこの状況、やるしかない…!
持っていたステッキをセターに向けて投げる。セターはステッキを掴もうとしたが、気づくと杖を持つツァオバーが目の前にいた。そのままぶん殴られたが、一瞬で腕でガードし、ダメージを抑えた。
「あんた、いい拳しとるやないか」
渾身の一発だった。僕にこれ以上大きいダメージを与えられる術はない。なんとか、やつの隙を作り出して、もう一度打ち込められれば。
セターは鞭をしならせ、反撃に出る。
「やっと、敵討ちできるぜ!」
咄嗟に背後へステッキを飛ばし、瞬間移動しようとするも、すでに読まれていた。セターはツァオバーではなく、ステッキだけを狙っていた。こんなにあっさりバレてしまうとは。
「ネタがバレては面白みがかけるな」
鞭で体を引き寄せられる。力が強すぎて、些細な動きも制限されている。
「能に頼ってばかりだからこうなる。わかっまか、ガキが」
「能に頼って何が悪い?それは嫉妬だろ。僕らは選ばれた人間なんだ」
「選ばれた人間に能があるんなら、能がなけりゃ選ぶ側の人間ってわけだ。ガキには難しい話だろうがな」
よし、少しは時間が稼げた。
セターは目の前の少年が一瞬でハットに変わっていた。
「小賢しい」
巨大化した際、天井に設置しておいたハットと場所を入れ替えたのだ。
それにしても力が強すぎる。まだ、縛られている感覚だ。次捕まったらそのまま締め殺されてしまうだろうな。
「おーい、降りてきて来いよー遊ぼうぜー」
隙を全く見せない上に、人間の潜在能力はゲイブを上回っている。格上すぎる相手にどう立ち向かえばいいんだ。小細工はもう効かない。もう一度、一瞬でもいいから、隙を見つけられれば…!
「逃げようとすれば、天井ごと壊すからな。怒られるから早く降りてきてくれ」
僕にできることで、唯一対抗できるもの…
「お姉さんは僕を倒すことが目的だろ?」
「少なくとも今は」
なんだこのガキ、声色が変わった?
「僕は殺されることを受け入れる、だから、仲間には手を出さないでほしい」
「なんだ?交換条件か?そんなカスみたいな条件、飲めるわけないだろ」
「僕が能を与えると言ったら?」
「…どこまでも好かんやつだ。話くらい聞いてやろう」
ツァオバーはちょうど鞭の攻撃範囲外に降りた。
「大人しく負けるよ。降参だ。勝てる気がしないや。男としてみっともないけど、仲間のために身を売るよ」
「あたいが見逃しても、他のやつらはそんなことしないが?」
「一人でも敵が減るだけでも十分だ。その代わり、僕が死んだら好きなように能を盗っていいよ」
「あたいがその契約を裏切って仲間に手を出せば?」
「能無しに元通り」
「本当に、能をくれるんだろうな?」
「死んだ後はどうもできないからね。生きている内に許可出してるから大丈夫だ。さいあく、ゲイブに聞けば教えてくれるよ」
「そうか、隊長と知り合いだったか」
「顔見知りね」
セターは立ち上がり、鞭でとどめを刺そうとする。
「あ、待って、苦しみながら死にたくない。このナイフ使って、一発で仕留めてほしい。これ、祖父のお気に入りのナイフなんだ」
「…死に方くらいは選ばせてやる。それをこっちによこせ」
この策もだめか。ツァオバーはナイフをセターの足元へ蹴る。力が足りなかったせいで、ちょうど二人の間に止まった。
「ちゃんと蹴れや」
「ごめん、力なくてさ。さっきのパンチも弱かったでしょ?」
そんなことはなかった。力こそはないものの、無駄のない最小限の動きから放たれる勢いのあるパンチは、そこらの兵士なら一撃でノックダウンだろう。あたいもガードが遅れたら痛かっただろうな。
セターがナイフを拾おうと、しゃがんだ時だった。小さき手品師は、この瞬間を待っていた。
警戒を解いていたわけではないが、ほんの一瞬、文字通り瞬きを一つした時、ツァオバーの気配がなくなっていた。そして、気づいた時にはすでに手遅れで、小さな拳から放たれる、針を刺すかのような一撃を食らっていた。まるで、釘を刺されたかのように。
その一撃はやがて脳を振動させ、セターを失神させた。ツァオバーの背後でコインが落ちる音がする。
「あーあ、また能に頼っちまった。これからは気をつけるよ」
返事のないセターに一言残し、コインを拾って、リープたちの応援に向かった。
セターの元に、ライとレフを担いだ男がやってくる。
「男二人は重いな」
セターの隣に二人を寝かせる。
「あの少年、見たことないがいやらしく戦うな。あれ、欲しくなっちゃったかも」
『狙いを変えるなよ、我々の目的は一つだ』
「わかってるって、また別の日にでも個人的に盗ろうと思っただけ」
あー、なんで俺がこんなことしないといけないんだよ。俺以外にも適任いただろ。まぁ、でも、面白いやつ見つけたし、別にいいけど、帰ったら文句言ってやろ。
男は定刻を待つかのように、入口で腕時計を見ながら、腕を組んで立っていた。
ショーケースに向かう途中、リープがツァオバーに連絡する。
「ツァオバーさん、いきなりすいません、下の階が落ち着いた気がしたので、連絡しました」
リープは一方的に送ることしかできないため、離れていると状況がわからず、いつ繋ぐべきか悩んでいたところだった。
「聞いているていで話を続けます。今、ブルーメさんとショーケースに向かっています。ヴァッフェとゲイブが戦闘中、別行動しているのは状況がややこしくなったからです。僕の祖母とブルーメさんの父の様子がおかしく、もしかしたら操られているのかもしれません。可能なら応援お願いします」
「来れるのでしょうか?」
「きっと来ます。何考えているのかわからない人は強いってのが定石です」
ツァオバーはすでに二階に上がっており、衝撃の光景を見た。
「あの子、何者なんだ?」
廊下のいたるところに二種類の刃の跡があった。ゲイブの強さなら理解できるが、ヴァッフェもここまでの強さを持っているとは思っていなかった。ゲイブとほぼ対等にやりあえる人間がこの国にいたとはな。
「ここがショーケース、だったよな」
大きな扉を開け、中に入ろうとしたツァオバーに男性がいきなり飛び掛かってきた。が、ひらりと交わす。
「なんだ、こいつは」
男性だけではなく、中にいた人全員が自分に敵意を剥き出しにしていた。
「確かに、リーダーが言ってたように操られているように見えるな」
自分の意志ではなく、明らかに誰かに操られているような動きだった。
「あ、本当に来た。あ、隊長は未来を的確に見えている」
ショートは操り人形に隠れて、手指を器用に動かしている。
「あ、手品と人形劇、どっちが楽しませられるかな」
狙いをツァオバーへ一斉に向け、攻撃を仕掛けさせる。させたのだが、ツァオバーは引っ張られるように部屋から退出し、代わりに少女が入ってきた。
「あ、女が来ることは聞いていない。あ、でも、知らない顔ってことは敵だよね」
ショートは人形を操り、少女に向かわせるも、近づいた人形から次々と倒れていく。
「あ、何をした…?」
よく見ると、少女は手にしていたジョウロを人形に向けている。おそらく、あれが原因だろう。ショートは人形を少女から離した。
「ブルーメさん、今だ!」
掛け声とともに、ブルーメは部屋中に睡眠の力-ハナカイドウ-を使い、花粉を充満させた。
「少しの間だけ、眠っててね、お父さん」
ショートが人形を離すよりも速く花粉が押し寄せ、隠れていたショート含め、ショーケースにいた人はみなすやすやと眠りについた。
ツァオバーが合流し、三人は廊下の跡をたどり、ヴァッフェを追う。
「あとは王室に行くだけだろ?」
「はい。少しの予定変更はあったものの、順調に進んでいることに対して、嫌な気がするんですよね」
「その気持ちは持ち続けてくれ、塔に戻るまでが政府攻略だ」
まずい、強すぎる。徐々に行動に対する集中力が切れ始める。考えると弱気になってしまうから嫌だ。
そこそこ長い間戦っているのに、全く疲れていない。おかしいくらいに。強くなるために鍛錬してきたが、想像以上に成長しているのか?この調子なら、負けることはない。
「勇者さん、あの時はこんな使いこなせなかっただろ、どうやったんだ?」
「誰が敵に砂糖を送るかよ」
ヴァッフェはこのままいけば、確かに負けることはないのだが、それは勝つこともできないことと同意である。ゲイブはあえて、戦いづけられる状態に運び、時間を稼ぎたかったらだ。
今のヴァッフェたちにゲイブを討てる人はいない。それをわかっていたから、リーブがそう言っていたから、ゲイブは自分のペースを保ったまま戦えている。
ゲイブは侵入者四人にエアフィンを加えた五人を、殺すのではなく、抹消するという任務が課せられていた。そのために時間が必要だった。そして、それは能のクールタイムだけでなく、希望を与えるための時間でもある。
そんなことをヴァッフェが知るはずもなく、善戦していると思っていた。エアは強いって言ってたけど、この程度か。しかし、木刀はゲイブに当たることはなく、全て防がれている。さらには、ゲイブはヴァッフェ自身に攻撃しているのではなく、木刀をひたすら狙っていた。
もしかして、時間を稼がれている?
ヴァッフェにしては勘が良かった。集中が途切れてもなお、戦えているのがその証拠だ。
その時、ヴァッフェのメガネに、こちらへ向かってくる三人の影が映った。目的がこのショーケースだと、連絡が入った。その前で戦っていては邪魔になるため、ヴァッフェはいきなり廊下を走り出す。
「仲間思いだな」
「政府の隊長は、子どもレベルなんだな」
「君が強いんだよ」
ちょっと嬉しかった。ヴァッフェはお世辞を知らないため、褒め言葉は全て受け入れてしまう。
調子に乗ったヴァッフェは攻撃の速度を上昇させる。ゲイブも応じるように少しだけ本気を出した。二人の刃の衝撃は貫通し、廊下の天井や壁を傷つける。
「こりゃ、怒られるな」
女王であるソアミは内装を担当している。女王なのに、自らはたらく理由は、単純で、他のデザインが気に入らないからだ。かと言って、自分の考えを伝えても、誰にも伝わらない。
そんなプライドの高く、こだわりが強い女王のお気に入りの内装を傷つけたら、こっぴどく叱られる。いや、叱られるどころではないな。数週間、飲食を禁じられ、牢に閉じ込められる。それで命を落とした人もいるとか。中には逃げ出したやつもいたが、そうそう無理な話だ。
でも、仕方ない。戦いの中で成長されるとは思っていなかったから。舐めていたわけじゃないが、想像を上回る強い子だったというだけだ。
時間もいい感じに稼げたし、これ以上内装を傷つけたくない。ゲイブはヴァッフェの攻撃を受け止めると、そこにあった部屋にヴァッフェごと押し込む。
「こんな力、ずっと隠してたのか?」
「ウォーミングアップが終わったのさ。そして、この戦いももう終わりさ」
ヴァッフェは思い出していた。初めてゲイブと会った時のことを。この人は俺と対等の強さなわけがない。遥かに強いはずだ。時間を稼いでいることまでは考えられたけど、理由が全くわからない。それじゃ、俺らが目的を果たしてしまう。
ゲイブはヴァッフェを押し倒したまま、口角を上げ、耳元に顔を寄せる。
「一」
何も見えなくなった。何も聞こえなくなった。何も匂わないし、味もしない。ゲイブに押し倒されていたのに、その感覚すらなくなっている。なんだ、この孤独感は。
「ニ」
何も聞こえないはずなのに、数える声だけは聞こえてくる。聞こえた途端に、ヴァッフェの体は震え出し、汗が噴き出てきた。孤独であるが故に、恐怖していた。
ゲイブはおもむろに口を開け、ヴァッフェを痛ぶるのを楽しんでいるようだった。
消えな、雑魚。
「ヴァッフェ!」
息を荒げながら、リープが扉を勢いよく開ける。
「あーくっそ!また邪魔しやがって!」
苛立つゲイブに押し倒されているヴァッフェが意識を取り戻した。全てが一気に戻ってきたために、脳内処理が追いついていない。視界がぼやけているせいか、ヴァッフェにはリープが二人いるように見えた。
「君は誰なんだ?」
「言いたくないから言わない」
「そうか」
間。
「いや、そうかじゃないわ、敵なのか?」
「少なくとも君たちとは敵対関係にあるよ」
リープは二度見してから、すぐさま構える。遅れて、後ろにいたブルーメとツァオバーも身構える。
「戦わないのに、構えても意味がないよね」
構えたものの、言われた通り、戦う気はなかった。演技が下手だったのか、心を読まれたのか。
ここに至る少し前…
「すごい音しましたね」
「うん、どこか室内に入ったのかもな」
「それなら、一つ案があります」
二人はリープを見る。
「ブルーメさんの力で二人の入った部屋に幻を見せてください」
ブルーメが頷く。
「ツァオバーさんは、隙を見てヴァッフェをこちらに移動させてください」
「それからどうする?」
「二人行動に切り替えます。時間を稼がれているような気がしますので、目的を遂行して、さっさと帰りましょう。僕とヴァッフェが王室へ向かいます。お二人はゲイブを止めておいてください。なるべく距離をとりながら。あくまで、僕たちが帰ってくるまでの時間稼ぎです。危険だと判断したら、迷わず逃げてください」
「ゲイブを舐めすぎだ。二人でなんとかなるやつじゃない。ましてやブルーメは女の子だ」
「ゲイブを舐めているわけじゃないです。お二人を信じているんです」
ため息をつくツァオバーと、照れながらボソボソ呟くブルーメ。
「そろそろ着きます。お二人は準備を!」
そして、今に至る。
自分そっくりの見知らぬ少年がいることは想定外だったが、害を与えてこない様子だった。
作戦通り、ブルーメは夢の力-ヘリオトローブ-を使い、部屋に花粉を放出する。そして、ツァオバーはコインをリープに投げ、位置を入れ替えることに成功した。
一つだけうまくいかなかったことがあるとすれば、ゲイブに花の力が通用していなかった。けれど、一瞬だけ力を緩めさせることができただけでも上出来だ。
「ヴァッフェ、走れるか?」
「な、なんとか」
リープとヴァッフェは全速力で走り出した。王室へ向かいながら、ヴァッフェはゲイブに植え付けられた恐怖に怯えていた。
「まぁ、いいや、目当てが二人に増えてくれたし」
苛立つゲイブはいつにも増して、恐ろしく見えた。
「僕は王室に向かうよ」
少年は冷え切った表情で歩き出した。
「ブルーメ、いざとなったら俺を囮に逃げろ」
「私はもうか弱い女の子をやめたんです。逃げる事は決してしません」
「希望に満ちていていいねぇ、さぁ、始めようか、終わることのない永遠の戦いを」
ヴァッフェは植え付けられて恐怖を頭から追い出そうと、頭を叩いたり、首を振ったり、身震いしたり。
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だけど、多分、もうゲイブとは戦えない。あれは人間じゃない、怪物だ」
怪物。ゲイブと相見えないとわからないようだが、確かにあの時のオーラから、普通の人間であるとは考えにくい。それに、ヴァッフェがこんなに怯えているのもおかしい。
二人に頼んでしまったが…いや、二人を信じないでどうする。
「ゲイブ以外とは戦えるんだな?」
「任せとけ、あいつを見た後なら、みんな弱く見える」
ゲイブとの距離が開くにつれて、いつも通りのヴァッフェに戻っていく。
『エアフィンだ。予定とは違った行動をしているようだが、リープの判断なら大丈夫だろう。王室はもう近い。頼んだぞ、リープ』
この声は、リープには届いていなかった。
エアフィンは塔にて、ソワソワと歩き回っていた。
「じっと信じて待たんか」
「通信が遮断されたんじゃ。不安に感じない方がおかしい」
「それでも信じるってもんが仲間じゃろ」
「信じてはいるさ。裏切りはもう懲り懲りじゃ」
エアフィンは百階に向かい、砲台の準備を始めた。カラスはエアフィンの顔の前に飛んでいく。
「その行動が彼らを信じきれていないというのがわからんのか」
「準備しておかないと、いざという時に使えないだろ」
「使えなくていいんじゃ、使ったところで終わるわけない」
エアフィンは黙々と準備を続ける。
この砲台というのは、小型とはいえ、一発の威力がとても強く、一国を破壊するには十分なものだ。力を圧縮し、ストレスが加わった力はさらに強大となる。これだけ小さければ、認知される事なく、国の中央に位置する政府の真上へ飛ばせられる。
世界情勢を知らず、私利私欲のためにこの国を壊そうとするエアフィンを止めようとしたが、不可能だと思い、塔を飛び立った。
「エアさんとの通信があれっきり来ないけど、このまま行っていいのか?」
「通信が遮断されたんだろ。そういえば、ここにエアさんのペットがいるらしいな」
「おい、リープ、あの、いかにも王室だと言わんばかりの扉が見えるぞ」
「よし、このまま行くぞ」
二人は一緒に扉を勢いよく開ける。中には、男性と女性が待ち侘びていた。
「初めまして、もしくは、久しぶりかな。ここには何をしにきた?」
男性が口を開く。
「捕われた人の解放を求めてここまできた。みんな大事な人を失って悲しんでいるんだ」
「大事な人…君たちにとっての大事な人とは?」
「僕と、面と向かって接してくれる人みんなだ」
「隣の君は?」
「俺はリープみたいな仲間とか、あと家族かな」
「リープ…」
女性がボソッと呟く。
男性はリープとヴァッフェ、そして、もう一つ別方向に視線を向けていた。不自然な視線に気づいたヴァッフェがその方を見る。
「あ!リープのそっくりさん!」
ヴァッフェの声に二人が顔を向ける。ヴァッフェには声だけで本物を見抜くことができなかった。
「仲間なんだろ?大事な人なんだろ?わからないのか?」
「ぐぬぬぬぬ…」
「「僕がリープだ」」
「「一緒に話さないでよ」」
「「いや、だからさ…」」
「「ヴァッフェ、信じてよ!」」
どうしよう、ややこしくなった。二人とも顔も声も瓜二つだし。その上、背格好も身につけているものまで同じだった。でも、ずっと隣にいたんだし、俺に近い方が本物のリープだろう。
「よし、俺はお前をリープだと信じる。間違いない」
「ヴァッフェ、落ち着いて考え直せ。僕が本物のリープだ」
「そいつに耳を貸すな。早く、やること片付けるぞ」
やばい、信じたつもりが、またわからなくなっちゃった。あれ、でも、簡単なことだよな。本物のリープは俺と一緒に過ごしてきたんだ。過去クイズ出せば見抜ける。
「質問するから答えろ、正しく答えた方を問答無用で信じるからな!」
二人は同時に頷く。
「俺の好きな食べ物は?」
「「知らない」」
「俺の好きなタイプは?」
「「知らない」」
しまったー、これ過去クイズじゃなくて、俺クイズじゃんかー。
「じ、じゃあ、東の反対は?」
「北」
「西」
初めて意見が割れた。東の反対はもちろん西である。ヴァッフェは信用するリープの肩を叩く。
「そいつ、正しくなかったぞ」
「残念でしたー東の反対は北だよー」
リープに似た少年は王室の男性の方に渋い視線を向けた。
「あー、良かった。ヴァッフェがバカだってこと知ってて」
「ひどいこと言うな」
「袖の短い方が偽物だ」
リープは偽物の袖をちぎっていた。
「天才とバカは紙一重とはこのことだな。自己紹介が遅れたな。私はラーピ。隣にいるのが妻のソアミ。その子は…」
「リーブ」
「名前までそっくりだな」
「過去に囚われた失敗作でも、完成品に勝る部分があるとはな」
「…失敗作?」
ヴァッフェがラーピを睨む。
「そんな怖い目を向けないでくれ」
「失敗作って、リープのことか?」
「ああ、そうだが?」
「どういうことだよ」
ヴァッフェがラーピに向かって歩き出す。
「待て待て、私に戦う気はない。そもそも、君たちもそんな気はないのだろう?」
「お前の言葉を聞いてから、一発殴らないと気が済まなくなった」
リープがヴァッフェの腕を掴む。
「落ち着け、僕は気にしてない。今は抑えるんだ」
「……」
ヴァッフェはいじけてしまったが、リープはラーピと話し合い始める。
「とにかく、僕たちは捕われた人の解放を求めている。条件があれば教えてほしい」
「条件などないと言えば?」
「力づくで…」
リープは木刀を抜こうとしていたヴァッフェを止めてから、地に頭をつけた。
「どうか、僕の、みんなの大事な人を、解放してください」
「だからお前は失敗作なんだ」
リープのその行動を待っていたリーブがヨーパの方へ視線で指示を送る。すると、ヴァッフェの体が地面に押しつけられた。音に反応して顔を上げるも、リープも押しつけられた。まるで、二人の場所にだけ、強い重力をかけられたかのように。
「アホみたいに交渉なんてしようとするから、ましてや頭を下げるなんて、私の血が通っているとは…おっと、口を滑らせたな」
血が通っている?なんのことだ?とにかく、この状況はまずい。二人に連絡を…
「こっちも片付いたか」
その声は、ゲイブ?ということは…
「動かないようにしてあります。抹消はまだできません」
ゲイブがブルーメとツァオバーを引きずりながらやってきた。
このまま、終わってしまうのか?
「リーブ、今後どうなる?」
リーブは返さなかった。未来が見えなかったから。不確定要素とかいう意味ではなく、もう、未来を見ることができなかった。
リープは絶望していた。そして、後悔していた。何も知らずに生きていたら、家にこもりっきりでいたら、こんなことには…いや、違うだろ、色々なことを知ることができたから、旅に出たから、微かだが希望を掴めそうだった。そんなこと考えていても、もう終わりだ。死ぬってこんな感覚なんだ。後悔しか残らないんだ。後悔のない人生なんて送れるのかな。
失いかける意識の中、何者かが王室に姿を現した。
「久々だな、ゲイブ…」
男は誰にも気づかれることなく、全員の頭に触れ、意識を盗った。
「これで、あいつは俺のもんだ」
王室に立っていられたのはその男のみだった。彼の名はスティー。ナチュラル家が統べる国の戦闘員。そんな彼も立っていられたのはごくわずかだった。男の前に小さな球体が現れた。気づいた瞬間には、政府どころか国が崩壊していた。
リープは失っていく意識の中、崩壊寸前での光景を見ていた。




