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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハッピードール

作者: 穂村一彦

スイ:(M)私の名前はスイ

スイ:(M)私は外の生活に憧れていました。

     

ニア:(M)あたしの名前はニア。

ニア:(M)あたしは外の生活に憧れていた。

     

スイ:(M)窓から街を見下ろし、庶民の暮らしに思いをはせました。

スイ:(M)子どもたちの笑い声も、商人たちの呼び込みも、ここには届きません。

     

ニア:(M)窓から街を見上げ、人間の暮らしに思いをはせた。

ニア:(M)太陽の光も、涼しい風も、ここには届かない。

     

スイ:(M)このお城には全てがある。

スイ:(M)ただ自由だけがない。

     

ニア:(M)この地下室には全てがない。

ニア:(M)もちろん自由もない。

     

スイ:(M)これでは、まるで……人形。

     

ニア:(M)これこそ、まさに……ドール。

     

     

スイ:さぁ、立ち上がれ!

     

スイ:(M)お城のバルコニーから私は叫びました。

スイ:(M)私の演説にあわせて、民衆の声。

     

ニア:(M)お城の方角から女の声が聞こえる。

ニア:(M)女の演説にあわせて、人間どもの声。

     

スイ:人間の誇りを取り戻せ!

     

ニア:(M)誇りなんて最初からないくせに。

     

スイ:人形を討ち滅ぼせ!

     

ニア:(M)本当に早く殺してくれたらいいのに。

     

スイ:(M)でも、思わずにはいられません。

スイ:(M)本当に私は正しいのでしょうか?

     

ニア:(M)でも、思わずにはいられない。

ニア:(M)女の言うことは正しいのかもしれない。

     

スイ:(M)私は人形に会ったことがないのです。

スイ:(M)本当に彼らは人間の敵なのでしょうか?

     

ニア:(M)あたしは何もできないただの人形。

ニア:(M)生きる価値なんてないのかもしれない。

     

スイ:(M)分かりません。

スイ:(M)今はただ、祈るばかりです。

スイ:(M)早く戦争が終わるようにと。

     

ニア:(M)分からない。

ニア:(M)今はただ、呪うばかりだ。

ニア:(M)早く世界が終わるようにと。

     

     

スイ:(M)それは月のない夜でした。

スイ:(M)闇に溶け込むように、気がつくと男は立っていました。

スイ:(M)初めて見る顔。でも、すぐに分かりました。

スイ:(M)彼こそが、敵。私を殺しに来たのだと。

     

リィド:俺の名前はリィド……お前の自由を奪いにきた。

     

ニア:(M)それは月のきれいな夜だった。

ニア:(M)月光が差し込むように、気がつくと彼は立っていた。

ニア:(M)初めて見る顔。でも、すぐに分かった。

ニア:(M)彼こそが、救世主。あたしを助けに来たのだと。

     

リィド:俺の名前はリィド……お前に自由を与えにきた。

     

     

スイ:ここは……。

リィド:お目覚めかい、お姫様。

スイ:ひ……ッ! あなたは……!

リィド:自己紹介はしたはずだ。覚えてるか?

スイ:……リィド。

リィド:そうだ。

スイ:私を……どうするつもりですか?

リィド:さあて、どうしたものかな……。

スイ:……殺す気ですか?

リィド:殺す? なんで?

スイ:それは……もちろん復讐のためです! 私は姫として民衆を扇動せんどうしてきました。

スイ:そして人々は私の声を聞き、武器を取り、あなたの同胞たちを殺しました。

スイ:間接的に私が殺したようなもの。

スイ:私を憎んでいるのでしょう? だから私をさらって……。

リィド:ハハハッ! なんだ、そりゃ。

スイ:……え?

リィド:復讐だって? 憎むだって? 人間ってのは本当にろくでもないことばかり考えるんだな。

リィド:あいにくだけど、ロイドにそんなものはないよ。

スイ:じゃ……じゃあ、なぜ私をさらったのです!

リィド:別に。単に人質として、ちょうどよかったってだけだ。誰でもよかったんだよ。人間が要求さえ聞いてくれれば。

スイ:要求とは……?

リィド:もちろんロイドの完全独立さ。

スイ:も、もしも人間側がその要求を聞き入れなかったら?

リィド:もしもというか、まずそうなるだろうな。いくらなんでもあんたの存在にそこまでの価値はない。ま、そのときは人質の交換くらいには使えるだろうよ。

スイ:くっ……

リィド:なんだ? 殺してほしかったのか?

スイ:……ええ。敵にいいように利用されるくらいなら死んだほうがましです。

リィド:へえ……自殺願望か。それもロイドには分からんね。

スイ:待ちなさい! もう一つ、聞きたいことがあります。

リィド:やれやれ……かしこまりました。なんでもお聞きください、お姫様?

スイ:あなたは……ロイドなんですよね?

リィド:……ははっ。何を今さら。

      

スイ:(M)……おかしな気分でした。唐突にさらわれて、鉄格子の牢獄に閉じ込められ……私の頭は混乱し、恐怖すら満足に感じることが出来ません。

スイ:(M)……男はロイド。もちろん分かりきっていたことです。

スイ:(M)一見すると人間ですが、よく見るといたるところに違和感があふれています。まばたきのない瞳、呼吸しない胸部、不自然ななめらかさをもった皮膚。

スイ:(M)それでも私は聞かずにはいられませんでした。

スイ:(M)あなたはロイドですか?

スイ:(M)……大臣たちから、話は聞いていました。外見も知識も言動も全て人間と同じ。しかししょせんは機械、造られた存在。『考える』ことは出来ても、『思う』ことは出来ない。

スイ:(M)でも……本当にそうなのでしょうか? 彼を見るかぎり、とてもそうは思えませんでした。

スイ:(M)それに心がないのだとしたら、そもそもなぜ……なぜロイドたちは人間に反乱したのでしょう?

     

ニア:こいつが……

スイ:え? あなたは……?

ニア:ひっ……!

スイ:ま、待って!

ニア:……

スイ:おびえないで……私の名前はスイ。あなたは?

ニア:う…………

スイ:教えて。あなたは誰? その……どっち?

ニア:え……?

スイ:あなたも人形なの? それとも……人間?

ニア:……分からないの?

スイ:ごめんなさい……でも見た目だけじゃ……。

ニア:あたしのこと、知らないの?

スイ:え……? ごめんなさい……分からないわ。会ったことあったかしら?

ニア:……うっう、うッ……(ボロボロと泣き出す)。

スイ:ど、どうしたの!? やっぱりあなたも人間なのね!? そうでしょう?

スイ:あなたもあの男にさらわれて……!

ニア:うるさい!

スイ:痛ッ……な、にを……?

ニア:ばーか! 死んじゃえ!

スイ:待って……どうして……? そして……どっちだったの……?

     

リィド:おい、姫さん、食事の時間……。おい! その傷……!?

スイ:えっと、これは……その……

リィド:……ニアの仕業か?

スイ:ニア?

リィド:少女の姿をした人形だ……。

スイ:人形……あの子は人形なのですか?

リィド:ニアァッ!

ニア:リィド……。

リィド:ニア……こっちに来い。

ニア:ご、ごめんなさい、あたしはただ……!

リィド:いいから来いっ!

ニア:ひ……ッ!

リィド:……なんでこんなことをした。

ニア:違うのっ! だって、そいつが……!

リィド:馬鹿野郎っ!(ニアを殴る)

ニア:痛いッ……!

リィド:何をしてやがる……! 言っただろう! 大切な人質だと!(言いながら何発も殴る)

ニア:うっ! ううッ……!

リィド:もし死んだら、どうする気だ? ええっ!? おいっ! 答えろ!

ニア:あっ! いやッ、痛い……!

スイ:お……おやめなさい!

リィド:ああ?

スイ:恥ずかしくはないのですか! こんな小さな女の子を相手に暴力をふるうなんて!

リィド:……ははっ! 恥、ね……その言葉、そっくりそのままお返しするよ。

スイ:どういう意味です!

リィド:さあね……とにかくあんたは黙ってろ。これは人形同士の話なんだからな。

スイ:そういうわけには行きません! 私は……!

ニア:ごめんなさい……。

スイ:え……?

ニア:ごめんなさい、リィド、怒らないで……ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。

リィド:……もういい。向こうに行ってろ。

ニア:……許してくれる?

リィド:許すから……向こうに行ってるんだ。

ニア:はい……。

スイ:あなた……あなたは……あなたという人は!

リィド:口出しするなよ。人形同士の話と言ったはずだ。

スイ:……嘘ですね。

リィド:あ? 何が?

スイ:あの子が人形のはずありません! あなたが言ったのですよ!

スイ:人形には感情がない。恨んだり憎んだりしないって!

スイ:理由は分かりませんが、あの子は私のことを憎んでいました!

スイ:それに……それに、さっきだって泣いていたじゃないですか!

スイ:涙を流すロイドなんて聞いたこともありません!

リィド:ドール。

スイ:……え?

リィド:人形には違いないが、あいつはロイドじゃない。ドールだ。だから感情もあるし、涙も流す。

スイ:……なんですか、ドールとは?

リィド:知らないのか?

リィド:……もういい。何度も言うが、あんたは無関係なんだよ。

スイ:待ちなさい、話はまだ……!

リィド:言っとくけどな! あんたにだけは偉そうなことを言う権利はないんだぜ! ドールも知らずに生きてきたあんたにだけはな!

     

スイ:(M)こうしてリィドは立ち去りました。あとに残されたのは謎ばかり。

スイ:(M)ただ、一つだけ分かったことは……私と彼らのあいだには越えられぬ壁があるということです。

スイ:(M)この鉄の檻にも似た、強くて固い……黒い境界線が。

     

ニア:リィド……。

リィド:……ニア。

ニア:……まだ怒ってる?

リィド:いや、もう怒ってない。

ニア:あたしのこと……嫌いになった?

リィド:嫌うはずがないだろ?

ニア:……えへへ!

リィド:痛かったか?

ニア:ううん、平気だよ。あたし、知ってるもん。リィド、ちゃんと手加減してくれたでしょ?リィドは優しいから、あたしのこと本気でぶったりしないもんね?

ニア:そうでしょ? 手加減してくれたでしょ?

リィド:さあて……どうだったかなぁ、本気だった気もするなあ。

ニア:嘘! 嘘でしょ、リィド! ね、嘘って言って!

リィド:ああ……嘘だよ。うんと手加減したさ。

ニア:ね! そうだよね! うん、分かってたよ。リィドのことは、あたし何でも分かるもん。

ニア:本当はぶったりもしたくなかったんだよね?

ニア:あいつをおどかすためにやったんだよね?

リィド:……ああ、そうだ。あいつがいつまでもお姫様気取りだったから、おどかすためにやったんだ。

ニア:ねー! そうだよね! あいつ、偉そうだったよね!

ニア:それにね、あたしに酷いこと言ったんだよ! あたしのことなんか知らないって。

ニア:酷いよね! あいつのせいで、いつもあたし酷い目に遭ってたのに!

ニア:許せない! 殺してやりたいよ!

ニア:……あっ! うそうそ! 殺さないよ。あいつは大切な人質だもんね。うん、あたし分かってるよ。

リィド:そうだ……いい子だな、ニアは。

ニア:うん、いい子だよ。これからも、ずっといい子でいるよ。

リィド:そうだな……これからも、ずっと……。

リィド:     

(翌日)

     

スイ:あ……ええと……ニア?

ニア:気安く呼ばないで。

スイ:ごめんなさい……

ニア:ほら、食事よ。

スイ:あ、ありがとう……。

ニア:別に……。

スイ:……もう大丈夫なの?

ニア:……何が?

スイ:いつも昨日みたいに酷いことされてるの?

ニア:あっ、あんたなんかにっ! リィドのことなんて分かんないんだから!

ニア:リィドは本当に優しいんだから!

ニア:昨日だって、うんと手加減してくれたんだから!

スイ:そうは見えなかったけど……

ニア:……ふふっ、あんた、自分がなんでさらわれたか知ってる?

スイ:それは……私が王女だから……。

ニア:馬鹿ね。あたしが頼んだからよ。

ニア:あたしが、あんたのことを大嫌いだって言ったらね、

ニア:リィドがさらってきてくれたのよ。あたしのために。

ニア:お城は人間の兵隊がいっぱいいるから危ないって言ったのに、あたしのために行ってきてくれたの。

ニア:兵隊だって、みんな殺してきてくれたの。全部あたしのためなんだから。

スイ:…………

ニア:あんた、これからどうなるか知ってる?

ニア:あんたはドールになるの。あたしのドールになるのよ。あんただけじゃない。

ニア:あたしをドールにした連中はみんな生け捕りにしてドールよ。

ニア:リィドもそうしようって言ってくれたんだから。立場が逆転するのよ。

ニア:あたしが代わりにお姫様になるの。そしてリィドが王様。

ニア:そのあと二人はずっとずっと幸せに暮らすの。素敵でしょ?

スイ:……ドールって何?

ニア:……教えてやんない。あんたがドールになれば分かることだもん。

スイ:じゃあ……どうして私を嫌いなの?

ニア:……教えない。

スイ:ねえ、怒らないで聞いてほしいんだけど……仲直りしない?

ニア:な……ッ!

スイ:待って! 今まで人間が人形を酷使してきたことは知ってる。

スイ:人間も人形の造り主ということで傲慢ごうまんになってたのかもしれない。

スイ:私はあなたたちと話してみて、人形にもちゃんと心があるんだって知ったわ。だから……。

ニア:ふざケ、ない、デよ……ッ!

スイ:……ね、ねえ、お願いよ。国のみんなには私から話すわ。

スイ:だから……お互いに過去は水に流して……。

ニア:ああああああああああああああぁっ!(鉄格子をつかみ、スイに襲い掛かろうとする)

スイ:ひっ……! 

ニア:殺す! 殺してやる! うあぁアッ!

ニア:開けろぉっ! 出てこい! 殺してやる! ここを開けろッ!(鉄格子を殴る)

リィド:ニア!

ニア:あああああああっ!(鉄格子を殴る)

リィド:やめろ、ニア! 手が砕けてるぞ!

ニア:ああああああっ……あ……ぁ……(気絶)

スイ:ニ……ニア……?

リィド:興奮しすぎて、気を失ったんだ。

リィド:……ニアに何を言った?

スイ:私は……私はただ……私は一国の王女として建設的な意見を述べただけです!

スイ:こんなことを続けていて何になるというのですか!

スイ:もうやめましょう! お互い罪を許しあい、歩み寄れば……!

リィド:は……ははは! こりゃいい! さすがお姫様! 素晴らしいご意見だ!

スイ:何がおかしいのです!

リィド:ドールも知らんあんたが、どれだけ自分の罪を知ってるっていうんだ!

スイ:じゃあ教えてくださいよ! ドールとは何ですか!

リィド:……セクサドール。性的玩具人形せいてきがんぐにんぎょうだ。

スイ:…………え?

リィド:性欲のはけ口として造られたんだよ、こいつらは。

リィド:ロイドと違い、感情を付け加えられたのもそのためさ。

リィド:泣きも苦しみもしないただの人形じゃ、抱いてても楽しくないってことなんだろうよ。

スイ:そ、そんな、馬鹿な……。

リィド:ああ、まったく馬鹿げてる。だが、こいつを囲ってた売春屋の店主はその馬鹿げたことを二年間、毎晩のようにやらせていたんだ。

スイ:そんな……そんな人形があるなんて、私……。

リィド:知らなかったなんて言うなよ。あんただって第三者じゃない。それどころか、ニアからしたら首謀者の一人さ。

スイ:ど、どういうこと……?

リィド:あんたの演説があるとな、その夜は客が増えるんだよ。人形は人間の敵だから、何をしてもいい。

リィド:お姫様のお墨付きと来れば、わずかな罪悪感も消える。

リィド:ニアは今でもそのときのことを思い出して泣くんだ。

リィド:客はみんないつもより興奮していて、そしていつもより痛くされたって……。

スイ:そんな……そんな……私はただ……。

リィド:あんたはただ大臣たちから渡された原稿を読んでただけってんだろ? それは責めんよ。

リィド:だがな、知らないんだったら偉そうなことは言わないことだ。

リィド:あんたは王家の操り人形。自分一人じゃ何も出来ないんだからな。

スイ:そんな……

     

スイ:(M)だって……だって私は知らなかったんです。だって……だって……!

スイ:(M)……正しいと思っていた。自分は正しいことをしてると信じてた……

スイ:(M)私はただの操り人形。その通りです、いえ、その通りでした……

スイ:(M)糸も切れた今となっては、もはや私は人形ですらない……

スイ:(M)それなのに……それなのに、私はなんでまだ生きている……?

スイ:      

(翌日)

      

スイ:……おはよう。

ニア:ほら……食事よ。

スイ:両手……大丈夫ですか?

ニア:……関係ないでしょ。

スイ:ごめんなさい……。

ニア:……ふふっ。このスープね、毒が入ってるのよ。

ニア:リィドは知らないわ。あたしが山でとってきた毒草を勝手に入れたの。

ニア:すぐには死なないの。一週間苦しんでから死ぬのよ。

ニア:怖い? 怖いでしょ?

スイ:……もらうわね。(スープを飲む)

ニア:……ふん、馬鹿ね。嘘に決まってるでしょ。

ニア:あんたはドールにして、あたしがずっと飼ってやるんだから。

ニア:たった一週間くらいで許してやるもんか。

スイ:毒は入ってないの……? じゃあ……いらないわ……。

ニア:……ふざけるなっ! 何よ……! 何のつもりよ!

ニア:飢え死にでもするつもり? 死んで、つぐなうって?

ニア:馬鹿じゃない? あたしの苦しみはそんなもんじゃなかったんだから!

ニア:人形だから飢え死にすることも出来なかったんだから!

ニア:あんたなんて、ずっとお城で何不自由なく暮らしてたくせに!

スイ:じゃあ……じゃあ、どうすればよかったんですかッ!

スイ:ああ、そりゃ悪かったですよ! 知らなかったとはいえね!

スイ:でもね! 私だって他の道なんかなかったんですから!

スイ:しょうがないでしょう! どうすればよかったんですか!

スイ:お城を抜け出して売春屋まで助けにこいとでも言うのですか!

スイ:ほら! どうぞ! 殺してみたら? 私が憎いんでしょう! だったら殺せばいいじゃないですか!

ニア:こ、殺すもん! あんたなんかリィドがいいって言ったら、すぐに……!

スイ:ほらね! あなたも同じじゃないの!

スイ:リィド、リィド、リィド! 自分の意思じゃ何一つ行動できないくせに!

スイ:言われたことしかできない!

スイ:何がお姫様!

スイ:ご主人様が代わっただけで、あなたは今でもただのドールよっ!

スイ:      

       

スイ:(M)私が叫ぶと、ニアは泣きながら去っていきました。

スイ:(M)私はどうしてしまったのでしょう。今までこんなに声を荒げた(あらげた)ことなど無いのに……

スイ:(M)相手はドール。人形。でも……今まで会ったどんな人間よりも、私と近く感じるのでした……

      

ニア:うああああああん!

リィド:はぁ(ため息)……またあいつに何か言われたのか?

ニア:うあああああああああん!

リィド:おいで……。

ニア:ううっ……ひぐっ……。

リィド:よしよし……。

ニア:……ろそうよぉ……あいつ、もう殺そうよぉ……!

リィド:…………そうだな。殺すか……。

ニア:……え?

リィド:どうも人間側はあいつを助ける気がないらしい。

リィド:町に潜んでるアルファ三号から連絡が来た。

リィド:もうスイ姫は死んだってことになってるそうだ。

リィド:人間の考えそうなことだよ。

リィド:下手に人質として生きてもらうよりは、悲劇のヒロインとして民衆の士気を高めてほしいってことだろ。

ニア:じゃあ……じゃあ!

リィド:ああ、もう交換材料にはなりえない。あいつは殺そう。

ニア:やっ……やったあぁ! あはは! いい気味! お姫様のくせに! みんなに見捨てられたんだ!

ニア:いばってるからよ! ざまあみろ!

リィド:そうだな……いい気味だ……。

ニア:ね、じゃあ飢え死にさせよう!

ニア:あいつね、リィドが作ってくれた食事をいらないって言ったのよ!

ニア:酷いよね? いつまでもお姫様気取りでぜいたくばっかなのよ!

ニア:そんなワガママ言うやつには、もう何もあげないんだから!

ニア:ね、そうしよう? どうせなら、じわじわと殺そう?

リィド:ああ……お前に任せる。

ニア:うん、じゃあ、あいつにそう言ってくるね!

リィド:ふぅ(ため息)……

      

ニア:……ってことでー、あんたはみんなに見捨てられたってこと。

スイ:……そうですか。

ニア:あはは! かっわいそー。

ニア:だぁーれも、あんたのことなんか心配してくれないんだね。

ニア:みんな、あんたが嫌いなんだよ。あぁー、悲しい悲しい!

スイ:構いません……。

ニア:……ふん、強がっちゃって。平気なんかじゃないくせに。

ニア:誰にも好かれないってことは誰にも必要とされてないってことなんだから。

ニア:いてもいなくても同じってことなんだから。

スイ:私は……私は人間として産まれながらも、人形として生きてきました。

スイ:それが正しいと信じていたけれど、今では間違っていたと思います。

スイ:私は自由を放棄し、責任を回避しただけだったのかもしれない。

スイ:未来など、いくらでも変えられたのに……。

ニア:……ふん。あんたなんかとあたしたち人形を一緒にしたりしないでよね。

スイ:……そうね。私とあなたは違う。でも……とても似ている。

スイ:私のあやまちはもう手遅れだけど、あなたはまだ間に合うから……。

ニア:はぁ?

スイ:あのね……あなたは自由なのよ? 誰かに好かれる必要なんてない。あなたが自分で自分を好きでいられれば、それでいいのよ?

ニア:…………嘘だもん。誰からも好かれない人形なんて、死んだほうがましだもん。

スイ:そんな……それじゃあ、もしリィドがあなたを嫌いになったら……。

ニア:リィドはあたしのこと好きよ!

ニア:嫌いになんてなるはずないじゃない!

ニア:リィドもそう言ったもん!

ニア:あたしのこと世界で一番好きだって言ったもん!

ニア:リィドはあたしを嫌ったりしないもん!

ニア:あたしはあんたと違って、わがままも文句も言ったことないんだから!

ニア:どんなに殴られたって、やめてとも言わなかったんだから!

スイ:殴られた……?

ニア:あっ、ち、違うわよ! そうじゃなくて……!

スイ:そんなにいつも殴られてるの?

ニア:違うって言ってるでしょ!

スイ:あなたのことを好きなら、どうして殴ったりするの?

ニア:うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさい!

ニア:リィドのこと、何も知らないくせに!

スイ:ねえ、聞いて! 大切なことなの! 私はもうどうなっても構わない。でも、せめてあなたには……!

ニア:さっさと死んじゃえ! あんたなんか一人ぼっちで死んじゃえ!

スイ:あなたには……幸せになってほしいから……。

      

      

ニア:(M)あいつは何も分かってないんだ。

ニア:(M)偉そうに……! 何も分かってないくせに!

ニア:(M)ふふっ、でも、しょうがないわよね。

ニア:(M)あいつは誰にも好きになってもらったことがないんだから。

ニア:(M)人に好かれるってことがどういうことか分かってないのよね。

      

リィド:(M)……一つ昔話をしよう。

       

ニア:(M)そうだ、リィドに思い切って聞いてみよう。

ニア:(M)あたしのどこが好きかって。

ニア:(M)それをあいつに教えてやろう。

ニア:(M)それに……あたしも知りたいし。

      

リィド:(M)俺は研究補助用の人形として開発された。

リィド:(M)研究課題は完全な人形を作ること。

リィド:(M)完全な人形とは、最も人間に近い……人間そのものとも言える人形だ。

リィド:(M)俺はドールに注目した。

リィド:(M)その豊かな感情、すなわち人間の心に。

    

ニア:(M)リィドはなんて答えるだろう?

ニア:(M)顔かな? 性格かな?

ニア:(M)どんなに殴られても文句を言わないところかな?

    

リィド:(M)心を持つドールはたくさんいた。だが、みんな自由がなかった。

リィド:(M)自由を手に入れたドールがどうなるか、俺はどうしても知りたかった。

リィド:(M)もちろん、そんなこと研究所の許可が降りるはずもない。

リィド:(M)俺は脱走した。そして反乱を起こした。

リィド:(M)与えられた研究課題は、もう俺の課題でもあったんだ。

リィド:(M)人形が進化すると、どこへ行くのか? その終着点を知りたかった。

    

ニア:(M)どこかは分からないけど……あいつらみたいに「体」なんて答えないわ、きっと。

    

リィド:(M)ニアはもっとも完璧に近かった。あいつの未来が人形の未来……

リィド:(M)だが、それももう終わりだ。

リィド:(M)自由を手に入れながらも、結局ニアはドールだった。

リィド:(M)誰かに寄り添わなければ生きていけない。

リィド:(M)ドールはどこまでいっても、ドール……

リィド:(M)こんなにも長くかかりながら……結論はこんなにも簡単とはな……。

    

ニア:(M)どこでもいいから、答えてほしい。

ニア:(M)でも、できたら……

ニア:(M)全部好きだよって言ってほしい……。

    

リィド:(M)ニア……なぜ人間になってくれなかったんだ。

リィド:(M)心も、自由も、人間が持つ全てをくれてやったのに。

リィド:(M)男にこびを売るしか出来ない家畜以下の存在。

リィド:(M)それが俺たち人形の終着点だというのか……

    

    

ニア:リィド!

リィド:……ニア。

ニア:ねえ、リィド。聞きたいことがあるの。

リィド:なんだ……?

ニア:あたしのどこが好き?

リィド:……また、そんなことを言っているのか……。

ニア:恥ずかしいの、リィド? でも、お願い! 一回でいいから答えて! ね?

リィド:動くな。(銃を構える)

ニア:……え? リ……リィド……?

リィド:どこが好きか、か……。

ニア:ご……ごめんなさい! あたし、変なこと聞いちゃったよね?

ニア:違うの、あいつのせいなのよ!

ニア:あいつが変なことを言うから、あたしも聞きたくなっちゃったの!

ニア:でも、もういいの! 忘れていいよ!

ニア:だから、だから、その、拳銃……私に、向けないで……

リィド:いいさ。答えてやる。

ニア:り、ぃ、ど……?

リィド:大嫌いだよ、お前なんか。

    

(銃声)

    

スイ:(M)三か月後。私はお城の廊下をゆっくりと歩く。

スイ:(M)自分の部屋を開けようとすると、中からニアのすすり泣く声が聞こえてきた。

ニア:ううぅ……うぇええぇ……

スイ:どうしたの、ニア?

ニア:スイぁ……。

スイ:(M)大きなベッドの上でニアが泣いている。

スイ:(M)私は隣に腰かけて、優しくニアの頭をなでた。

     

スイ:また怖い夢を見たの?

ニア:うん……。

スイ:どんな夢?

ニア:昔の夢……。

スイ:リィドの夢?

ニア:うん……。

ニア:あいつ……あいつ、本当に最低だったよ!

ニア:すぐにあたしを殴るんだよ? あたしは何も悪くないのに!

ニア:売春屋も最低だったけど、あいつはもっと最低!

ニア:さらわれてから全然いいことなんてなかった!

スイ:そう……でも、もう大丈夫よ。リィドはもういないから。

ニア:うん、いい気味だよ、天罰だよね。

ニア:あたしのこと、いじめてばっかいるからバチがあたったんだ。

ニア:でもね、本当は半分もやり返してなかったんだよ。

ニア:あいつ、あたしを何回も殴ってたでしょ?

ニア:それはね、全部で百四十六発なの。

ニア:あたし、ずっと数えてたんだから。あいつにさらわれた日からずっと。

ニア:あいつがあたしを殺そうとしたとき、全部やり返すつもりだったんだから。

ニア:でも四十二発のところで、あいつは動かなくなっちゃったの。

ニア:六十五発のところで持ってた壺も割れちゃったの。

ニア:あいつも壺も弱っちいよね。

ニア:あたしは百四十六発も殴られたのに。

ニア:あたしはちゃんと我慢したのに。

スイ:そうね……でも、もう我慢する必要もないからね……。

ニア:うん、分かってるよ。スイは優しいもんね。

ニア:まだ一回もあたしを殴ったりしてないもんね。

スイ:私はあなたを殴ったりしないわ。

ニア:分かってる! 分かってるよ!

ニア:スイは優しいもん。あたしを守ってくれるもん。

ニア:あたしの頼みも聞いてくれたもん。

ニア:もう誰もあたしを傷つけたりできないんだよね? そうだよね?

スイ:ええ……そうよ……。

       

スイ:(M)私はニアの頭を抱きあげた。

スイ:(M)ニアの体はない。

スイ:(M)首から下は、ない。

       

スイ:もう誰も、あなたの体を傷つけることはできないわ……。

ニア:えへへっ!

スイ:(M)私の腕の中で、嬉しそうに笑うニアの首。

ニア:ありがとう。ありがとう、スイ。あたし、すごい幸せ!

ニア:こんなに安心したことなんて、今までなかったもん。

スイ:……ねえ、ニア……何か欲しいものはない?

ニア:う~んとね、スイがあたしに贈りたいと思う物が欲しいよ。

スイ:そうね……あたしなら……あなたに素敵な髪飾りを贈りたいわ。

ニア:うん、欲しい! 髪飾り、ちょうどあたしも欲しいと思ってたの!。

スイ:じゃあ、持ってくるから……ちょっと待っててね。

ニア:うん……スイ?

スイ:なあに?

ニア:あたし、本当のお姫様になれたんだよね? もうドールじゃないんだよね?

スイ:ええ、そうよ……。

ニア:……スイ?

スイ:なあに?

ニア:あたしは自由なんだよね? やっと自由になれたんだよね?

スイ:ええ、そうよ……。

ニア:…………スイ?

スイ:なあに?

ニア:あたしのこと…………好きだよね?

スイ:ええ……。世界で一番、ニアが好きよ……。

      

(閉幕)

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