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婚約破棄された令嬢と追放された冒険者が転移したモフモフで内政な話はもう遅い

作者: 尾手メシ

少し長め(当社比)の文章を書いてみようの回。

「マルデ・アテウーマ公爵令嬢、お前との婚約を破棄する」


 栄えある学院の卒業パーティーの会場に第一王子の声が響いた。

 何事かと皆の視線が集まる。そこでは第一王子が側近の騎士団長子息、魔導団長子息、宰相子息、何故か商人の息子を引き連れて、マルデと対峙していた。第一王子の傍らには一人の令嬢が寄り添っている。


「な、何故なのです、婚約破棄なんて」


顔を真っ青にしてマルデは第一王子に問いかけた。


「何故だと。俺が何も知らないと思っているのか」


第一王子がマルデを睨みつける。とても婚約者に向ける顔とは思えない。

 マルデといえば、令嬢の中の令嬢として広く知られている。儚い容姿に似合わず背筋を伸ばして凛と立つ姿は、令嬢のみならず、多くの貴族女性から尊敬を集めていた。

 そんなマルデが第一王子に糾弾されている。これは只事ではない。パーティー会場に緊張が走った。


「お前は昔から傲慢な所があった。将来王族になるのだからと大目に見てきたが、それが間違いだった。お前がボーネ子爵令嬢にした数々の仕打ちは到底許されるものではない」


第一王子の目配せに宰相子息が前に出てくる。


「アテウーマ公爵令嬢、あなたは第一王子殿下に信頼されるボーネ子爵令嬢に嫉妬し、彼女に様々な嫌がらせをしていた。教科書を切り刻む、私物を盗む。彼女の悪評を流そうとしたのもあなたですね」


宰相子息がマルデの罪を挙げていく。

 それを聞くパーティー参加者は困惑していた。確かに陰湿だが、婚約破棄するほどのことだろうか。そもそも普段のマルデのイメージとは真逆だ。これは何かの陰謀なのではないか。

 宰相子息の話は続く。


「更にあなたはボーネ子爵を孤立させるために、子爵領の周辺の貴族に圧力をかけ、通商封鎖しようとした」


宰相子息の挙げる罪に会場の空気が変わってきた。これは嫌がらせなどではなく、既に政治闘争だ。パーティー参加者は固唾をのんで宰相子息の話を聞いている。


「通商封鎖に失敗したあなたは、犯罪組織と結託して、子爵領で違法薬物をばらまこうとした。更に誘拐、人身売買を行おうとしていたことも分かっている」


もはや完全に犯罪だ。


「う、嘘よ。そんなのでたらめだわ」


反論するマルデに厳しい視線が向けられる。


「お前が手を組んだ犯罪組織は既に騎士団が捕縛した」


「取り調べは魔導団が行いました。魔導団の取り調べで虚偽の自白はできません」


騎士団長子息、魔導団長子息が宰相子息の言葉を補足する。


「これで分かっただろう。お前は立派な犯罪者だ。犯罪者を私の伴侶として王族に迎え入れることなど断じてできない」


第一王子がマルデに向かって言い放つ。それでもマルデは真っ青な顔で否定する。


「これは何かの間違いです。誰かが私を陥れようとしているのだわ」


「見苦しいぞ、マルデ。これをよく見よ」


 第一王子がおもむろに右袖を捲り上げた。さらけ出された右の二の腕には、真っ赤な薔薇のタトゥーが咲き誇っていた。それを見せつけながら、第一王子は見栄を切った。


「大捕物のあの現場、満月の下に咲き誇ったこの紅薔薇を、見忘れたとは、言わせねぇぜ」


「お前は、まさか、傭兵のキムサン」


マルデが驚愕に目を見開く。


「衛兵、すぐにこの犯罪者を捕らえよ」


 あらかじめ準備してあったのだろう。第一王子の声を合図に、会場の入口から衛兵隊がなだれ込んできた。これを見て、マルデは吼えた。


「全てバレてしまえば致し方ない。しかし、お前らなぞに私が捕まえられるものか」


マルデが何かを床に叩きつける。その瞬間、パーティー会場は強烈な光に満たされたのだった。




「ムノー、お前をこのパーティーから追放する」

 リーダーの声が冒険者ギルドの酒場に響いた。喧騒に包まれていた酒場が静まりかえる。居合わせた客は何事かとそちらを向いた。


「な、何でだよ」


ムノーがおどおどと言い返す。


「お、俺は真面目にパーティーの為に働いていたじゃないか」


リーダーは、そんなムノーを睨みつけた。


「役に立たないスキルで邪魔していただけじゃないか」


同席するパーティーメンバー、魔法使い、僧侶、盗賊の少女たちもムノーを睨みつけている。

 話を聞いていた客たちは、大体の事情を察した。若い冒険者パーティーではままあるのだ。皆が皆、戦闘に役立つスキルを得ているわけではない。見れば、ムノーは小柄な青年だ。スキルがなく体格にも恵まれないなら、戦闘での活躍は難しいだろう。しかし、戦えるかどうかだけで追放などしていては冒険者は続けられない。ムノーには同情的な視線が向けられた。


「それだけじゃない。お前が管理しているはずのパーティー資金だ」


「パ、パーティー資金。それが、ど、どうしたってんだよ」


リーダーのムノーに向ける視線が更に厳しくなる。


「全て分かってるんだぞ。お前はパーティー資金を横領してるだろう。その金でお前は何をした。風俗につぎ込みやがった。俺達が、命をかけて、稼いだ金を、風俗に」


ムノーに向けられる視線がクズを見るものに変わる。

 怪我の絶えない冒険者にとって、いざという時に備えたパーティー資金は冒険者稼業の生命線だ。そのパーティー資金に手を付けた。風俗に通うために。まごうこと無きクズ野郎である。


「証拠は揃ってるんだ。衛兵に突き出してやる」


 詰め寄るリーダーをひらりと躱したムノーは吼えた。


「バレちまっちゃあしょうが無い。だが、てめぇらなんぞに捕まる俺様じゃねえぜ」


ムノーが何かを床に叩きつける。その瞬間、冒険者ギルドは強烈な光に満たされたのだった。




 冒険者ギルドから逃げ出したムノーは路地をひた走る。背後からは元パーティーメンバーが迫ってきていた。いくつかの路地を駆け抜けて、ムノーは大通りに飛び出した。

 学院から逃げ出したマルデは大通りをひた走る。その背後からは大勢の衛兵隊が迫っていた。

 死物狂いで大通りを走るマルデの、すぐ脇の路地からムノーが飛び出してきた。咄嗟のことに避けられず、ぶつかった二人は縺れるようにして馬車道へ転がり出る。丁度そこに、立派な体躯をした二頭の馬に引かれた荷馬車が走ってくる。馬車とぶつかるその瞬間、二人の足元で魔法陣が光を放った。




 気がつくと、アイルトンは真っ白な空間に立っていた。ここがどこなのかまったく分からない。戦場にも赴いたことがある一端の軍用馬のつもりでいたが、こんなことは初めての経験だった。

 ふと隣を見ると、相棒のミハエルと目が合った。相棒がいつもと変わらず隣にいてくれる。乱れた心が落ち着いていくのをアイルトンは感じていた。ミハエルもどうやら同じらしい。アイルトンとミハエル、二頭は軽く頷きあった。


「ヒーン」


 前方から声が聞こえた。そちらを見ると、いつの間にか一頭の美しい牝馬が立っている。


「ヒヒヒィーン」


女神が厳かに名乗る。


「ヒーン」


それを聞いて、アイルトンは即座に頭を垂れた。ミハエルも後に続く。自分たちとは圧倒的に格が違う。馬の本能が敏感に感じ取る。

 満足そうにそれを見て、女神は本題を切り出した。


「ヒヒーン、ヒーン、ヒィヒヒーン」


余りに突然すぎる話に、二頭は困惑を隠せない。


「ヒーン」


「ヒヒーン」


コソコソと二頭で話し合うも、答えは出ない。いつも通り荷馬車を引いていて、突然人間が飛び出してきたことは覚えている。ぶつかるっと思ったその瞬間、強烈な光に包まれていたことも。そして、気がついたらこの空間である。女神の言葉を否定できない。

 アイルトンが恐る恐る女神に問いかけた。


「ヒィーン、ヒィーン」


その質問に、女神は済まなそうにに答える。


「ヒーン。ヒィヒヒーン、ヒヒーン、ヒンヒィーン」


答えを聞いた二頭はがっくりと肩を落とした。もう、あの世界には帰れない。気の良い主人には二度と会うことができない。誰も声を出すことができなかった。沈黙があたりを包む。

 やがてミハエルが顔を上げた。その目には力がこもっている。起きてしまったことはどうしようもない。大事なのはここからどうするかだ。ミハエルは覚悟を決めた。


「ヒーン」


「ヒィヒィーン」


慌てたようにアイルトンも女神に告げる。

 それぞれの決意を告げる二頭に、女神は慈悲深い笑顔で答える。


「ヒーンヒーン。ヒィンヒィン、ヒーンヒィン。ヒヒーンヒヒヒィーン」


 二頭の足元に魔法陣が現れた。魔法陣から光が溢れて、二頭の姿がゆっくりと消えていく。


「ヒィヒヒヒヒーン」


女神は馬たちの幸福を祈るのだった。




 突然、神社の境内裏がまばゆい光に包まれた。ゆっくりと光が収まっていくと、その中からアイルトンとミハエルが出てくる。

 見慣れない光景が広がっている。事前に女神が言っていた通り、ここは異世界なのだと実感した。互いの姿を確認すると、以前とはまったく変わっていた。全身が白い毛に覆われて、なんだか毛玉のよう。これも女神に聞いていた通りだ。これからはここが自分たちの世界なのだ。二匹は力強く嘶いた。


「ミャー」



 二匹で話し合った結果、まずは餌を探そうということになった。というのも、二匹が転移したのは仕事中。腹が減っていた。

 境内を出て、鳥居をくぐる。道路を渡ったその先は公園になっていた。幸い、車は走っていない。二匹は悠々と道路を渡り、公園へ入っていく。

 二匹で公園内を歩き回るが、餌を見つけることはできない。諦めて別の場所を探すべきだろうか。そう考えるアイルトンの鼻に美味そうな匂いが届く。反射的にそれを食べていた。美味い。


「ミャー」


「ミャーン」


 訊ねてくるミハエルに答えながら前方を見ると、同じものが落ちている。


「ミャーン」


「ミャーミャー」


 アイルトンの言葉を受け、今度はミハエルがそれに近づいた。慎重に匂いをかぎ、ゆっくりと口に入れる。美味い。

 見れば同じものが転々と地面に落ちている。これは女神の祝福に違いない。二匹は夢中でそれを食べていった。

 そして、二匹仲良く檻に捕まった。


「何というか、お前らアホだな」


 小山の呆れた声が公園に虚しく響く。




 話は一年前に遡る。


 小山の住む町ではある問題が起きていた。猫だ。住人の中に野良猫に餌を与えるものがいるらしい。年々野良猫は増え続け、それに伴う苦情が小山の勤め先である役所に届けられる。花壇を荒らされた、糞尿が臭い、果ては子供が襲われかけたというものまであった。

 何か対策をしなければならない。役所の会議室では連日話し合いが持たれていた。


「対策って言ってもなぁ。保健所に頼んで駆除してもらうしかないんじゃないか」


「駆除してもらってもその時だけだろ。根本的な解決にはならんよ」


「野良猫への餌やりを止めさせないことにはなぁ」


駆除は当然として、その先をどうするかを焦点に会議は進んでいく。

 そんな時、それまで黙っていた小山が声を上げた。


「あの、少しいいでしょうか」


普段、積極的に発言することの少ない若手の小山の珍しい態度に、会議参加者の視線が集中する。それに気後れしつつも、小山は手に持ったタブレットを差し出した。


「見て頂きたいものがあるんです」


 タブレットに映し出されたものは、何かの報道番組の特集コーナーのようだった。

 画面に映るのは限界集落らしき風景、老人たち、そして猫。

 それは衝撃的な映像だった。田んぼと畑しかないような限界集落に観光客がやって来ていた。それも日本人だけではなく、どうやら世界中から来ているらしい。彼らのお目当ては猫。ただ野良猫と触れ合うためだけに、遠路はるばる人がやって来ていた。

 食い入るようにタブレットを見つめる面々に、小山は静かに語りかける。


「どうでしょう、お分かり頂けましたか。猫は」


一度言葉を切って周囲を見渡す。全員の視線が充分に集まっていることを確認してから、小山は厳かに告げた。


「猫は観光資源です」


「おお」


会議室に野太いオッサンたちの感嘆の声が響き渡る。


「小山、お前よくやった」


「俺はよぉ、お前はやる男だと思ってたんだよ」


会議室が明るい雰囲気で満たされる。背中をバシバシ叩いて小山を褒め称えた。皆心の中では猫の殺処分に気が重かったのだ。

 善は急げということで、さっそく企画書が作られることになった。企画書と言っても簡単なもの、手近にあった近所の和菓子屋の包装紙の裏になぐり書きである。

 流れで責任者を仰せつかった小山は、その紙を持って町長室の扉を叩く。


「町長、猫です。ニャンニャンパラダイスです」


明らかにテンションを間違えていた。


 そうして始まった野良猫観光資源化事業”ニャンニャンパラダイス”は、すぐに本格始動とはいかなかった。田舎の小さな町の手には余る。協力してくれるNGOを探しつつ、まずは県の観光課へ話を持っていった。

 折しも県は知名度アップを目指していた時期であり、すぐにこの話に食いついた。県の全面バックアップを得た小山は、次に周辺自治体へ話を持っていく。町には十分な宿泊施設がないため、周辺自治体で観光客を受け入れてもらうのだ。

 そうして、県と周辺自治体、NGOを交えて何度も会合を行って事業の細部を詰めていきつつ、町人への説明会を何度も行った。

 この一年、小山は寝る間を惜しんで働いた。ハードな仕事に体は悲鳴を上げたが、不思議と気力は充実していた。小山の人生は輝いていた。


 そんなこんなで一年後、転移してきたアイルトンとミハエルは捕獲されたのである。




 檻に入れられた二匹はそのまま見知らぬ場所へ運ばれた。そこで別の檻へ二匹一緒に入れられる。

 二匹の与り知らぬことであるが、連れてこられた場所はNGOの管理するシェルターである。

 ”ニャンニャンパラダイス”は三段階で構成される。

 まずは一段階目。ここでは猫の捕獲を行う。できるだけ多くの猫を捕獲してシェルターに運び込む。

 次に二段階目では、シェルターに運び込まれた猫の飼い主を募集して、猫を譲渡していく。

 最後の三段階目。飼い主の決まらなかった猫に不妊手術を施して町に放す。彼らには観光猫としての使命が待っている。


 さて、二匹がいるのはシェルター、二段階目である。二匹の檻の前にも入れ替わり立ち替わり人間がやってくる。新しい家族を求めて来ているのだが、二匹にそんなことは分からない。人間が来る度に勇ましく対応していた。

 また一人、幼女が檻の前にやって来た。檻の前に座りこんで、じっと見つめてくる。ここはまた自分の勇ましさを見せつけねばなるまい。アイルトンは一歩前に出た。前足を大きく振り上げて、空中をカキカキ。そして嘶いた。


「ミャーン」


 それを見たミハエルも後に続く。前足を大きく振り上げて、やっぱり空中をカキカキ。そして


「ミャーン」


 二匹の勇ましさに慄いたのか、幼女は目を見開いた。後ろを振り向いて母親に叫ぶ。


「ママ、この仔たち可愛い。この仔たちがいい」


歓声を挙げる幼女にNGO職員の無慈悲な宣告が告げられる。


「ごめんなぁ、お嬢ちゃん。その仔たち、もう飼い主が決まちゃったんだよ。一足遅かったね」

よく見るやつ


第一王子……正義の暴れん坊王子

王子の側近……放っとくと王子が鉄火場に突っ込むので目が離せない

商人の息子……逃げ遅れただけの無関係な人。いきなりの断罪劇にビビる

子爵令嬢……財務省志望の真面目な子

マルデ・アテウーマ……凶悪な犯罪者。転移馬車アタックをくらって捕縛される

元パーティーメンバー……若手のホープ。パーティー資金が消し飛んでいて愕然とした

ムノー……クズ野郎。転移馬車アタックをくらって捕縛される

アイルトン……音速の貴公子から名前を拝借。軍では輜重隊の最後方勤務だった

ミハエル……皇帝から名前を拝借。軍では騎士団の先頭で敵軍に突っ込んでいた

女神……転移対象に合わせた結果、馬になる。ヒヒーン

小山……四年目の若手。「猫の人」として町史にその名を刻む

幼女……滑り込んだ”もう遅い”要員

NGO職員……最近髪が薄くなってきた

ジャンル……馬が転移したことで錯乱。逃亡を図るもコメディーに捕まる

異世界転移タグ……異世界から現実世界へは不要らしいので、今回は出番なし。手動でキーワード設定しておきました

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