ひねくれ望遠鏡
いつかのことだった。
冬の晴れた土曜日。
朝練で弓道場に行けば、袴姿の榊先輩があぐらをかいて座っていた。
「……仮にも女子なんですから、慎みを」
「なんだ、鳴海。開口一番、小言か」
覗き込んでいた筒から目を離し、俺を見る。
ため息が不可抗力で溢れる。
弓道場に上がって、神棚に一礼。榊先輩を振り返れば、熱心に空へ筒を向けていた。
「何ですか、それ」
「うん? ひねくれ望遠鏡」
ひねくれているのは、榊先輩ではないのか。
「失礼なやつだな。私は清く正しく楽しく生きている」
「……で、しょうね」
あっさりと思考を読まれたことは、気にしない。
「鳴海も覗いてみろ。面白いぞ」
「はぁ……?」
今は朝方だ。空に星なんて見えない。
押し付けられるまま、筒を手にする。滑らかな木の手触り。ひと目で年代物とわかる、細い望遠鏡。
「龍でも見えるんですか?」
望遠鏡を覗き込む。
丸い視野に見えたのは、どこかの王城。
「んっ?」
窓が開けられた部屋がある。
茶髪を三つ編みにした翠目の青年と、十代前半だろうか。茶髪に茶色の目をした少年が、何やら話している。
無論、話し声は聞こえない。
翠目の青年が、手に持った羽根ペンで少年を差す。茶髪の少年は眉を寄せて、ティーポットを手に取った。
望遠鏡から目を離す。
遠くには、青空と木々が生い茂った〈紫苑の森〉。
どこにも、西洋風の王城は存在しない。
「……どういうことですか?」
「見たままだよ」
さらりと榊先輩が答えるが。
「意味がわかりません」
にんまり、と彼女が嗤う。
「言っただろ。ひねくれ望遠鏡って。気まぐれに世界の端っこを見せてくれる」
「どうして、そんな謎なものがここに?」
「うん? ちゃんと、鳩缶に入っていたぞ」
元は土産のサブレが入っていた黄色い缶。今は弓の道具と雑多なものと謎が詰まっている。
今まで取り出せなかったのは、俺の力不足か。
「いや。ひねくれているから、気分がいい時しか出てこない」
「……あっさりと、考えを読まないでくれませんかね」
「わかりやすい、鳴海が悪い」
理不尽だ。
「世の中、真っ直ぐなものほど曲がって見えるんだよ」
にやり、と榊先輩が嗤った。