神獣討伐 レイドの剣聖
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『イース』砦はレイド王国の王都に一番近い霧の森の砦であった。その砦にも他の二つの砦と同じように霧の森の中を監視する壁に囲まれた監視塔という監視拠点があった。
その拠点には当然、遠くを監視するための大きな高い塔が建っており、その塔の頂上からは巨大な霧の塊が遠くに見えた。
そして、今そんな塔の頂上にひとりの青年が森の中心から吹いてくる風に煽られながら遠くの霧を見つめていた。
その風で揺れる青年の髪は灰色であり、霧を見つめる彼の瞳もまた灰色であった。
彼にはどこか近寄りがたい雰囲気が体にまとわりついている様に見えたが、それは彼の整った容姿にも関わらず目つきの悪さがそうさせていた。
「あの霧の奥、嫌な感じがするな…」
青年は遠くにある霧を睨みながらひとり呟いた。
それから彼が懐中時計を取り出して時間を確認すると、時刻はあと少しで正午に差し掛かろうとしていた。
「そろそろ、時間だな」
その青年が塔の階段を下りて監視塔の広場に出るとそこには多くの騎士たちがいた。
その中のひとりの騎士が青年に駆け寄って声をかけた。
「カイさんもう出発の準備ができていると【リンド竜騎士団】方が言ってます」
「そうか、ありがとう」
青年はそのまま広場の中央に歩いていくと、そこには、こげ茶色の翼竜が一匹おり近くに数人の竜人族の騎士が立っていた。
「バルドラさん」
青年はその中のひとりに声をかけた。
「カイ剣聖、もう時間ですか?」
「はい」
そのカイと呼ばれた青年はレイドの剣聖カイ・オルフェリア・レイであり数か月前に剣聖になったばかりだった。彼はこの監視塔に自分の騎士団のアリア騎士団とシフィアム王国が送ってくれたリンド竜騎士団と協力してこの監視塔の防衛を任されていた。
「みんなに伝えてきてください偵察に出ると」
リンド竜騎士団団長であるバルドラが、近くにいたリンドの竜人の騎士たちに指示を出した。
「カイ剣聖は私の竜にお乗りください」
「頼みます」
バルドラが目の前にいた翼竜に乗りカイに手を貸し、彼を翼竜の背中に乗せた。
カイが翼竜の上からアリアの騎士に自分がいない間のことの指示を出し終わると、バルドラに出発するようにお願いした。
「カイ剣聖つかまっていてください、飛びますよ」
「お願いします」
カイが竜の鎧についている取っ手につかまった。バルドラとカイの乗った翼竜が空に飛びあがると、イースの監視塔から次々とリンド竜騎士団の騎士が乗った翼竜たちも飛び上がってきた。
バルドラの操る翼竜の後ろにみんなが追い付くとすぐに横に広がり編隊を組んだ。
「バルドラさん」
カイが強い風の中バルドラに呼びかけた。
「なんでしょう?」
「今回はこの作戦に竜を貸していただきありがとうございました」
カイは心から礼を言った。
「ああ、いいんですよ、我らの王からの直々の命令でもありますから」
「本当に助かりましたレイドには老いた竜が一匹いるだけですから」
「竜は育てるのも調教するのも大変ですからね、でもレイドには立派な使役魔獣がいて羨ましいですよ」
「使役魔獣ですか?」
「はい、我が国シフィアムに、レイドの使者が来たときに、少し見かけて触れ合わせてもらったんですよ、立派な黒い使役魔獣でした」
「ああ、きっと黒王馬ですね、レイドで一番早い使役魔獣です。許可が下りないと乗れなくて、レイドにしかいない貴重な使役魔獣です」
「そうだったんですね!」
二人はそのように軽い会話をしたあと、下に広がる森の偵察を始めた。
バルドラが隣で飛んでいたリンドの騎士に手首を上下させて合図を送ると横に広がっていた翼竜たちの一部が低空で偵察を始めた。
バルドラたちは特別危険区域にある霧に近づきすぎないように周辺を飛び回って神獣がいないか探しまわった。
カイは飛んでる間も不気味にうごめく霧が視界に入るたびに嫌な雰囲気を感じていた。
『あの霧やはり魔法でつくられたものだな、異常すぎる…』
そう思ったカイであったがそれよりも気になることがあった。
『それにしても静かだな、あっちで何かあったか?いや、それは考えにくいことか…あいつがいるからな』
カイが思案していると。
バー――――――ン
「!?」
突然、遠くの霧の中から、雷の落雷の光がいくつも束ねられたような巨大な光線が飛んできた。
「回避!!」
バルドラが隣で飛んでいた騎士たちに叫んだ。
突然の遠距離からの奇襲攻撃に反応できないリンドの騎士たちは、その光線に包まれようとしていた。
その光線は近づいてくれば来るほど大きな光の塊だということが確認できた。そしてそれに気づいたときはもはや回避は不可能だった。
「シッ…」
圧倒的なその光景の前に、リンドの騎士たちは死を覚悟した。
するとそこに一つの影がリンドの騎士たちと巨大な光線の間に滑り込んで来た。
次の瞬間にはその光線が弾け飛んで周囲に拡散して消えていった。
「なんだ?」
ドサ!
助かったリンドの騎士たちの中の一匹の翼竜の背中にはカイの姿があった。
「あ、あれ?あなたはさっきバルドラ団長の竜にいたはずじゃ…」
「すまない、勝手に乗ってしまって」
「あ、いえ」
リンドの騎士は何が起きたか分からなかったが、確かに自分が後ろにいる彼に助けられたことが分かった。
「おいでになった」
「え?」
リンドの騎士がカイの向く方向を見ると遠くの霧の中から一頭の白虎が姿を現した。その白虎は三十メートルを超える中型サイズの神獣だった。
遠くでその白虎がひとつ大きな咆哮をするとカイたちの方に向かって走って来た。
グオオオオオオオ!
「バルドラさん全員に監視塔まで退却を!」
カイがバルドラに叫んだ。
「分かりました!」
バルドラが急いでリンドの騎士たちに退却の指示を出しているときに彼はカイが翼竜の背から飛び降りるのを見た。
「………!」
バルドラはカイがそのまま下に落下していくと思い、翼竜を飛ばそうとしたが、突然、彼の身体は弓矢で発射された矢の様に白虎の方に吹き飛んでいった。
「なんだ今のは!?」
バルドラが口を開いたときにはカイはもう遠くの空にいた。
「届かないか…」
空中を飛んでいたカイはそう言うと、再び吹き飛んで加速した。
これはカイの持っている天性魔法の能力のひとつであった。彼の天性魔法は『弾く』という性質を持っていた。
彼は二種類の弾き方を使って戦う、その二つは『撥』と『弓』といった。
『撥』は相手の攻撃を弾いたり、相手に弾いた力をぶつけて攻撃したりなど、攻守ともにバランスのいい技であった。
『弓』は弓矢の矢のように自分自身を弾き飛ばして移動する技であり、遠くに早く自分を飛ばすこともできたし、短く正確に自分を弾き飛ばすこともできた。
カイはその天性魔法を使って、先ほどの白虎の光線を『撥』で弾き、そして今その白虎を仕留めようと『弓』で接近していた。
バー――――――ン
カイが飛んでいる間、白虎は彼の接近に気づき先ほどの光線を放って撃墜しようとした。
バリン!
だが、その光線はカイに当たる寸前で綺麗に霧散してしまう。
白虎は何が起こっているか分からずに飛んでくるカイに混乱していた。
そしてカイが白虎の頭上に飛んでくる。
彼が空中で白虎の頭に向けて手をかざすと、次の瞬間。
バキィ!!!
白虎の巨大な頭が何かに弾かれた様に地面に叩きつけられた。
その衝撃は中型クラスの神獣を一撃で気絶させるほどの力で決着は一瞬だった。
「………」
カイは白虎の首に、背負っていた大剣を突き立て、その大剣を持ったまま上から下に一気に、下りてとどめを刺した。
そのあと、カイは一度、森の上に飛び、周囲の状況を確認した。それは他の白虎が襲ってくる可能性を考えての行動だったが、他の白虎は一頭も周りに見当たらなかった。
落下するカイは着地のとき、天性魔法を使って、軽く自分の身体を上に弾き、落下の衝撃を抑えて軽やかに着地した。
それからしばらく、カイは濃霧など警戒しながら周囲を索敵したが、魔獣も神獣見つけられなかった。
「嫌な、霧だな…」
カイはその霧に対しての嫌悪で自然と口が動いていた。
カイのすぐ近くには特別危険区域の巨大な濃霧がうごめいていた。
「だが、それよりだ」
カイの隣には絶命した三十メートルを超える巨大な白虎の死体が一体横たわっていた。
「なぜだ?」
その白虎の死体に触れながらカイが言った。
「なぜ、こいつには他の仲間がいない?」
カイは一体しか襲ってこないことがうごめく濃霧より不気味に思えた。
「魔獣は群れで行動するのが基本だろ…」
カイのいる場所は濃霧にも近く、いつ白虎の仲間たちが雷の光線を飛ばしてきてもおかしくなかった。
しかし、カイの周囲は、静寂を保ち続けるだけで、何も起きなかった。
『こんなものなのか?いや、他の砦の状況を聞いてみないと分からないな、他の場所ではひどいことになっているかもしれない…』
カイはそれが気になって急いで監視塔に戻った。
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