神獣討伐 彼のいない時間
エウスたちの少数精鋭部隊が無事に危険区域から抜けるとオウドの監視塔が見えた。
監視塔にいた門番が彼らに気づくと急いで裏門を開けるとともに鐘を鳴らして監視塔にいる全員に知らせた。
その鐘を聞いたルルクは施設を出て、帰って来た少数精鋭部隊のもとに走った。
「お疲れ様です、皆さん」
ルルクが監視塔に帰って来たみんなに労いの言葉をかけて回った。
「ライキル、こいつを頼めるか?ルルクさんに報告に行ってくるよ」
「はい、分かりました」
ライキルは素直に言った。
「ありがとう」
エウスが使役魔獣をライキルに預けたあと、ルルクのもとに駆け寄り状況を説明した。
「ルルクさん、ハルは問題なく霧に入りました。ただ、俺たちが帰る途中に複数の魔獣に追われて、フォルテが引きつけてくれました」
「ありがとうございます、エウスさん。君、すぐに各砦に連絡をしてくれ霧に無事入ったと」
ルルクがエウスに感謝を述べたあと、近くにいた側近の騎士に命令を下した。
「ルルクさん、フォルテのことは…」
「フォルテのことは何も心配いりません、あいつはひとりの方が実力を発揮しますし、それに魔獣にやられるような、やわな剣聖ではないですからね」
ルルクは自信をもってエウスに言った。ルルクのその絶対的な自信から強く彼を信頼しているのが伝わってきた。
「それでも、明日の朝にまで帰ってこないようでしたら、偵察部隊が出る時に一緒に探してもらいますけど、まあ、明るいうちに帰ってきますよ」
「その時は俺も探しに行きます」
「ありがとうございます、その時はお願いします」
「ええ」
「あ、それよりエウスさんたちは今ゆっくり休んでください、緊急時に動けないようでは困りますので」
「はい、そうさせてもらいます」
エウスはルルクに報告したあと、テントが設営された場所に行き、休息をとることにした。
テントの近くでは炊き出しが行われており、騎士たちに温かいスープを配っていた。多くの休憩している騎士たちが用意された簡単な椅子に座って、スープを飲みながら会話していた。
「ひとつもらえるかい?」
「はい、かしこまりました」
エウスがスープを受け取って近くにあった椅子を持って適当な場所に置いて座った。
「………」
『ハルにフォルテ、剣聖はみんな一人で戦うんだよな…』
エウスはその事実に打ちのめされた。そんなことは前からエウス自身も知っていたし、当たり前だとも思ったが、隣で戦えない自分に落ち込んだ。
しかし、六大王国の剣聖ともなるとその実力は常軌を逸する者がほとんどである。たまに剣聖でも形だけの者で中身の無い者もいたが、そっちの方がまれな気がした。というよりも、そのような剣聖の寿命はかなり短く、それは当然だった。剣聖とは真っ先にその命を危険にさらし人々を守るのが使命だったからだ。
それはどこの国でも変わらない剣聖の価値観だった。
「エウス、お疲れ様です!」
エウスがスープを飲んで考え事をしているとビナが声をかけてきた。
「ああ、ビナ、そっちもお疲れ」
「はい、でも、私テントの設置とかだけで、たいして何もしてないですけどね…」
ビナが謙虚に言った。
「いや、助かるよ、俺は見送って来ただけで本当に何もしてないから…」
「そんなことないと思いますよ、ハル団長も二人がいてくれて最後まで安心したと思います」
「ありがとう、ビナ」
エウスはビナの気遣いに少しだけ元気をもらった。
「あ、ビナお疲れ様です」
そこにスープと椅子を持ったライキルも顔を出した。
「ライキルもお疲れさま!」
「あ、ライキル、さっきはありがとな」
エウスが再びライキルに礼を言った。
「いいですよ、それよりちゃんと報告はしましたか?」
「ああ、したよ、フォルテは明日の朝までに帰ってこなかったら捜索するって言ってたけど、ルルクさんが言うにはすぐ戻って来るってさ」
「フォルテさんも剣聖ですからね…」
「そうなんだけどさ、この森じゃ今、何が起きるかわからないから」
エウスがスープを覗き込みながら言った。
「そうですね…」
ライキルも椅子を置いて座った。
「私、スープと椅子もらってきます」
ビナは二人を見てそう言うと炊き出しをしている場所に走って行った。
エウスとライキルはそこで二人だけになった。いつもならここにハルもいるはずだったが今はいない。
「………」
「………」
エウスとライキルも普段よく二人だけで話したりするが、このときはどちらもハルのことを考えていて黙ってスープを飲み続けていた。
「戻りました!」
そこにビナがスープを持ち、椅子を引きずって来た。
「ああ、お帰りなさい」
ぼんやりしていたライキルがビナに視線を向けた。
「ただいま!」
ビナはライキルの横に椅子を置くと熱々のスープに息を吹きかけていた。そしてスープを飲むと舌をやけどさせていた。
「アチィ!」
「フフ、熱かったですか?」
「うん、少しだけ」
そんな二人のやり取りをエウスはスープを飲みながら眺めた。
楽しそうに話していたがやはり二人もハルのことが気になるのか、いつも通りの会話とはいかずにどこかぎこちなかった。
しかし、そのあと、ビナが明るい笑顔で二人に接してくれたので、ライキルとエウスはそんな彼女から元気をもらうことができ精神的な支えになった。
そんなハルの安否が気になるなか、エウスはガルナの姿が見当たらないことにふと気づいた。
「あれ、ガルナってどこにいるんだ?姿が見えないけど」
「ガルナさんなら塔に行くって言ってましたよ」
ビナが答えた。
「そうか…」
エウスは塔を見上げたがエウスたちのいる場所からではガルナがいるかは分からなかった。
結局、休憩中、ガルナは一回もその姿を見せなかった。
休憩のあと、エウスは二人と別れて会議室で明日のことをルルクと話し合ったり、厩舎で使役魔獣の様子を見に行ったり、自分の武器の手入れをしたりして時間を使ったが、その間、一回も監視塔に緊急事態が起きることは無かった。
そんな中、ルルクの言った通りに、まだ明るいうちにフォルテが監視塔に戻って来た。彼の帰還で監視塔は少しの間、歓声に包まれていた。
「お帰りなさいフォルテさん!」
エルガー騎士団の騎士たちに囲まれる中、ベルドナも頭の鎧を取って、フォルテの元に駆け寄って言った。
「ただいま、ベルドナ」
フォルテもベルドナに返事を返した。ベルドナは彼の目を見て嬉しそうに目を細めた。
「フォルテ、お疲れ、どうだ森を歩いて何か変わったことはあったか?」
そこでルルクが尋ねた。
「そうだな…ひとつ挙げるなら森が静かすぎるところぐらいか」
フォルテは少し悩んでそう答えた。
「そうか…」
その言葉でルルクは少しの間、考えこんだ。
『もしかしたら、他の砦に逃げ出した魔獣や神獣が集中するかもしれないな…』
「伝鳥をすぐに私のところに、あと他の砦から新しい伝鳥が飛んできてないか確認を」
ルルクは最悪の事態を想定して、すぐに近くにいた側近の騎士に指示をだした。
「フォルテ、無事でよかったよ」
「フォルテさんお帰りなさい」
「お、お帰りなさい」
エウス、ライキル、ビナの三人も出迎えに来ていた。
「ああ、ありがとう、みんなも無事で何よりだ」
フォルテはみんなの顔を見て少しだけ安心できたが、それでもこの作戦が終わるまで気が抜けないのは変わらなかった。
それから、しばらくして、このオウドの監視塔の空にも星が見えるようになり、最初の夜がやって来た。