神獣討伐 静かな氷
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アスラ帝国領土内の霧の森の手前には砦があった。その砦の名前は『ヒル』といい、霧の森からくる魔獣の脅威を防ぐための防波堤のような役割をしていた。そして、そんなヒル砦から霧の森に進んだ先にはオウド砦同様、監視塔が注意区域と危険区域の間に建てられていた。
そんなヒル砦が管理する監視塔にはアスラ帝国のラージュ騎士団が神獣討伐作戦のため駐留していた。
そんなヒル砦の監視塔のとある施設の一室に一人の女性がいた。
彼女は全体的に白く、髪はフワッとした短い髪でその髪は雪の様に真っ白な色をしていた。肌も白く彼女の着る赤い騎士服が良く映えていた。瞳だけは大きくてきれいな黒い瞳だった。
そんな彼女のいる部屋に女騎士がノックをして入って来た。
「シエル様そろそろ作戦開始の時間になります、移動をお願いします」
ラージュ騎士団の女騎士が、シエル・ザムルハザード・ナキアにそう告げた。
彼女はアスラ帝国の第一剣聖であった。
「…………」
シエルは女騎士に向かって静かに頷いた。
彼女が女騎士のあとについて行き、監視塔内にあった施設の外に出ると、大勢の騎士たちが忙しそうに来るかもしれない神獣の襲撃に備えて準備を進めていた。
「………」
シエルもその様子を見て小走りで移動を始めた。
シエルが監視塔の裏門で指揮を執っていたラージュ騎士団の団長の元に行くとその団長が作戦開始までの時間を教えてくれた。その団長が話している間も彼女はただ頷くだけで何もしゃべらなかった。
そのあと、シエルは作戦開始までずっとその裏門の近くでボーっとしていた。
「………」
シエルが空を見上げるとアスラ帝国で飼っている翼竜が複数飛んでいた。
しばらくシエルは飛んでる翼竜を眺めていたが、飽きたのかまたボーっとし始めた。
「………」
「シエル様」
「…!」
呆けていたところに急に声を掛けられたシエルはびっくりして肩が一瞬ビクッと上がった。
「時間になりました、順調に進んでいれば、レイド王国のハル元剣聖が特別危険区域の濃霧に突入した時間になります」
「………」
「移動をお願いします、翼竜はあちらに用意してあります」
シエルはこくりと頷くと翼竜の方に歩いて行った。
翼竜に乗っていたのはさっきのラージュ騎士団の女騎士だった。
「シエル様、偵察に行きましょう」
女騎士の後ろにシエルが乗ると二人を乗せた翼竜は飛び立った。空には他のラージュ騎士団の騎士が翼竜に乗って飛んでいた。
シエルの前に座っている彼女が翼竜を森の方に向け飛ぶと全員が後を追従した。
飛んでいる間シエルは頭の中で考え事をした。
『ルルク様は無事なのかな、確かオウド砦ってところの監視塔にいるんだよね、心配だな…』
シエルは偵察のついでにルルクがいると思われる東の方角を見たが、当然森が広がってるだけで距離的にオウドの監視塔が見えるはずがなかった。
『早く、アスラに帰ってルルク様に会いたいな……あ、そうだ、頑張ったらきっと褒めてもらえるかもしれない!』
そう思ったシエルはニヤニヤしながら辺りを見回し始めた。しかし森はとても静かで神獣はおろか魔獣の気配もなかった。
「静かですね…」
シエルの目の前にいる女騎士が呟いた。
女騎士には見えなかったがシエルが後ろで首を縦に振っていた。
『本当に静かだなあ…こっちには来ないのかな?それとも何かあっちで問題があったのかな?』
シエルがあきらめてまた考え事をしようと思ったとき。
「三頭の神獣を発見!!」
シエルたちより低空を飛んでいた騎士が叫んだ。
「大きさは準中型一体と小型が二体です!」
シエルはそれを聞くと女騎士に小さく耳打ちした。
「私を降ろして、みんなを監視塔まで退避させてほしいです…」
「はい、シエル様!」
翼竜が地面に降下するとシエルはすぐに飛び降りた。
「シエル様、どうか、お気を付けください!」
女騎士がシエルに言うと、シエルは大きく頷いた。
「全員監視塔まで退避しろ!」
女騎士が周りの騎士たちに呼びかけながら、その場から翼竜で飛び去って行った。
「………」
シエルがみんなが離れたのを確認すると突然。
ビキビキビキ!
シエルの足元から氷の柱が出現して、彼女はそのまま再び空に上がった。彼女の周囲の温度が氷の出現によってみるみるうちに下がっていった。
森の上に突き抜けた氷の柱からシエルが様子をうかがうと、二十メートルぐらいの準中型神獣の白虎一頭と、十メートルを超える小型神獣の白虎二頭がこちらに向かって駆けていた。
「………」
シエルもその神獣たちとの距離を詰めるために走り出した。彼女の体が空中に放りだされると、氷の柱から氷が伸びていき、シエルの足場となった。
そして、シエルが自分の靴を凍らせると、氷の柱からシエルの足元に伸びた氷の道はそのまま、まっすぐ伸びていくと途中で形を変えて滑らかな下り坂に変わった。シエルはその氷の下り坂ができると、体を前かがみにして、一気に加速して滑りだした。さらに、その坂の先はジャンプで飛び出せるように、少し上を向いていた。
シエルはそのまま氷の坂を滑りきるとジャンプして森の中に飛び出した。その勢いで彼女は森の中を飛んで白虎たちとの距離を縮める。
その最中にシエルは右手を上にかざすと、そこから大きな氷の槍が現れた。
そして、シエルが手首を軽く前に倒すと、その大きな槍が白虎たちの方に向かって飛んでいった。
グオッ!
神獣たちがその飛んでくる氷の槍に気づき回避しようとしたが、その時には、もうすでに遅かった。避けようとした小型の神獣が体をそらした瞬間槍が小型の神獣一体の首を貫通した。
シエルが二体になった神獣白虎の前に氷を使って安全に着地した瞬間、容赦なく先ほどの氷の槍を五本出してその白虎たちに叩きこんだ。
準中型の白虎はその巨体からは想像できないスピードでその五本の槍をかわすと、後ろにいた小型の白虎に命中し、小型の白虎は氷の槍でくし刺しになっていた。
「………」
『うわ、あれ避けるんだ、白虎もやるね』
グオオオオオオオオオオオオオ!
するとその準中型の白虎は大きく口を開き雷の束の光線を放ってきた。
ゴッ!!
「あ…!」
シエルは急いで自分の前に巨大な氷の壁を造りだしてその光線を相殺したが、壁が薄かったのか氷が砕けてシエルの体は後ろに吹き飛んだ。
「……ッ…」
『危なかった、そうだった、マナが無くても神獣は魔法使ってくるんだった忘れてた…』
シエルが土を払いながら起き上がると、白虎は目の前に迫ってきていた。
『接近戦か…』
シエルは腰から小さな短剣を取り出すとその短剣にみるみる氷がくっついていった。するとその短剣が一本の氷のレイピアになった。
グオオオオオオオ!
白虎が走って来て前足を振るう、その横から来る前足は人間にとっては巨大な壁だった。そんな大きな横振りの前足にシエルは氷のレイピアを突き刺した。すると刺した部分から一気に氷が広がり、一瞬で白虎の攻撃を止めると同時に前足を地面と一緒に凍らせて動きまで封じた。
前足を動かせなくなった準中型の白虎はそのあとシエルの巨大な氷の槍を首に放たれて絶命した。
「………」
シエルはその後、氷の柱を出して再び高くまで上昇した。
周りに他の神獣がいないか簡単に見回すが特に大きな神獣もいなさそうだったのでひとまず監視塔に帰って報告することにした。
そうしてシエルが監視塔に戻ろうとしたとき彼女は、東の方の森を見つめた。その先にはオウド砦があり、ルルクのいる監視塔もある方向だった。
『ルルク様…どうかご無事でいてください…』
シエルがそれだけ願うと急いで監視塔に戻った。
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