作戦前夜
監視塔の塔の頂上で、特別危険区域に広がる巨大な濃霧を目視したハルたちは、塔の階段を下りながら霧のことについて話していた。
「なんか、一つの生き物みたいに動いてたね」
ビナが階段を下りながら、後ろを振り向いてベルドナに言った。
「そうですね、たぶんあれはかなり高度な魔法だと思います」
ビナの後ろにいたベルドナが言った。
「だろうな、俺の霧魔法よりはるかにやばいものだったからな、霧の中にいる獣はかなり魔法にたけた魔獣たちだぞ」
ベルドナの隣にいたフォルテが負けを認めるように言った。
「でも、フォルテさんもすごいですよ、霧魔法って習得がかなり難しいんですから」
フォルテの後ろにいたベルドナが彼を一生懸命励ますように言った。
「フフ、そうだな、ありがとう」
フォルテはベルドナの言葉を素直に受け取った。
「ハル、どう思いましたあの霧…」
後ろでライキルがハルに話しかけた。
「そうだね、もしかしたら、本に書いてあった霧とは別物になってるかも」
「どういうことですか?」
「いや、どの本にもあんなにでたらめに霧がうごめくとは書いてなくてさ、それにあんなふうに複雑に操れるのは、かなり高度な魔法だって証拠でしょ?」
「はい、確かにさっきの霧の動きかなり不自然でしたね」
「うん、だから、もしかしたら本に書かれた時よりもずっと、霧の中の魔獣たちが成長してるのかなって思ったんだ…」
ハルが少し下を向いて言った。
「ハル、明日…」
ライキルは心配そうな表情をした。
「ああ、でも全然問題はないから、安心してライキル!」
ハルはライキルの不安を取り払うように明るく言った。
「はい、信じます、でも、気をつけてくださいよ、ハルだって不死身じゃないんですから、危なくなったらあの霧からすぐに戻ってきてくださいね?」
ライキルがそう言うとハルが屈託ない笑顔で彼女に笑いかけた。
そんな二人のやり取りをエウスは後ろで黙って見ていた。
「………」
ハルたちが塔からでてこの監視塔を少し見て回った後、ルルクがみんなにオウド砦に帰るための準備を始めさせた。
この監視塔の厩舎から馬型の使役魔獣が次々と出てきて、それにはバハム竜騎士団の茶色い翼竜が飛び始めた。
みんなの準備が完了すると、再び、もと来た道を使役魔獣で駆け抜けた。砦に戻るときも魔獣は一匹も出ずに全員無事に砦に戻ってくることができた。
ハルたちがオウド砦に着くころには、辺りはほんのり薄暗くなってきて、日が沈む準備を始めていた。
みんなが砦の厩舎に使役魔獣を預けたあと、ハルだけが二階の会議室に呼びだされた。
そこにはロジェとルルクだけがいた。
「あ、ハルさんすみません呼び出してしまって、最後にハルさんの当日の動きの確認と渡しておきたいものがありまして…」
ルルクが胸ポケットから何かを取り出そうとしていた。
「はい、大丈夫ですが、俺に渡したいものって…」
「これです」
ルルクは胸のポケットから小型の時計を取り出した。
「これ懐中時計ですか!?」
ハルが物珍しそうに見ながらその時計を受け取った。
「ほう、【機械都市マキナ】で作られていたといわれる小型の時計ですね。私も初めて見ました」
ロジェも興味深そうにハルの持っている時計を見て言った。
「ええ、レイド王国が支給してくれたんです」
二人が時計に興味を引かれているとルルクが一つ咳ばらいをして話し始めた。
「それでハルさんには時間を確認してもらいたいんです。明日ハルさんが霧に突入してから三日経っても戻ってこなかったらこの作戦は中止になります」
「はい」
ハルも真剣な表情で返事をした。
「正直、ハルさんが戻れないなら、我々ではどうすることもできません、だから必ず三日以内に一度は戻ってきてください」
「はい」
「すみません、ハルさんにだけこんな重荷を…」
ルルクが暗い顔で言った。ロジェもその言葉で俯いてしまっていた。
「いえ、ルルクさん、これは俺が始めてみんなに協力してもらっているだけなので、謝ったリしないでください。むしろみんなには感謝してます。それに俺は白虎には絶対殺されませんよ。大丈夫です、安心してください!」
ルルクはハルの優しい言葉に励まされた。
「ありがとうございます、ハルさん…」
ハルがルルクと話を終えると会議室を後にして自分の部屋に戻ることにした。
ハルが部屋に戻るとそのままベットに倒れこんだ。
ハルはベットから窓の外を見た。外は夕焼けの空が広がっていた。ハルが先ほど受け取った懐中時計を見ると時刻は六時をまわろうとしていた。
そしてハルは少しの間だけ目を閉じた。
「…………?」
次にハルが目を開けると、辺りは真っ暗で血の匂いがした。
『見せてくれ、お前の中にある可能性を…』
どこかで聞いたことのある嫌な声が聞こえてきた。
「…………!」
ハルはベットから飛び上がった。ハルの全身から嫌な汗が流れて息が一気に上がった。
「なんだ…夢?」
ハルが時計を確認するが時間は全く経ってなく、ちょうど六時ぴったりになっていた。
とりあえずハルは上半身裸になってタオルで大量の汗を拭いた。
彼の体はとても引き締まったいい体をしていたが、彼の体には大量の古傷がいくつもついていた。
ハルが上着を着替えていると。
トントン!
部屋のドアからノックの音がした。
「今、出ます!」
上着をしっかり着てドアを開けるとそこにはライキルが立っていた。
「おう、ライキルどうした?」
「あ、ハル、みんなと食事しに食堂に行きませんか?」
「いいね!」
ハルは何事もなかったかのようにふるまいライキルと一緒に食堂に向かった。
東館にある食堂は、エルガー騎士団やバハム竜騎士団や白魔導士やオウド砦の騎士たちですでに賑わっていた。
「ハル、あそこの席です」
そこにエウス、ビナ、ガルナが丸いテーブルで食事を取っていた。
「あ、ハル団長来ました!」
「ハル、待ってたぞ!早く一緒に食べよう!」
「遅かったな、ハル、先に食事取ってたぞ」
ビナ、ガルナ、エウスの三人がおいしそうな肉を頬張っていた。
「あれ、三人だけ?」
「ああ、フォルテとベルドナさんは向こうでエルガー騎士団のみんなと食事してるよ」
エウスが首を向けるとその先に、フォルテとベルドナがエルガー騎士団の人たちと楽しそうに食事していた。
「そっか、じゃあルルクさんも今日はあっちかな?」
「ほう、だろうな」
エウスが次の肉を口に頬張りながら言った。
「ハル、私たちも食べましょう」
「そうだね!」
その夜ハル達はいい時間を過ごした。おいしい料理を食べて、みんなで楽しく会話した。
あとからルルクとロジェも食堂に来て、それぞれ自分の騎士団の場所で食事を取っていた。
作戦前日だけあってやはり酒は出なかったがそれでも大いに食堂は盛り上がりを見せた。このときだけはみんな明日の不安や恐怖を忘れて笑っていた。
そんな幸せそうなみんなをハルは眺めた。
エウスとビナがいつも通りじゃれ合って仲良くケンカしていて、ライキルがそれを見て笑っていた。ガルナが隣でおいしそうに肉を食べて幸せそうに笑っていた。
『いい時間だな…』
ハルは心の底からそう思った。
しかし、そんないい時間も長くは続かない、それにいい時間ほど過ぎるのは早く感じてしまうもので、気づいたら食事は終わり、みんな明日に備えて寝るための準備をしていた。
そして、ハルもシャワーを浴びて、歯を磨いたら、いつの間にか自分の部屋のベットに一人で座っていた。
するとハルはものすごい孤独感と焦燥感に襲われ不安な気持ちになった。
「………」
それでも明日はいろいろ準備があって早いためハルはベットに横になった。
「大丈夫…大丈夫だから…」
ハルはそう自分に言い聞かせて不安な気持ちをやわらげ眠りについた。
その日の夜、ライキル、エウス、ビナ、ガルナ、の四人もハルと同じ不安な気持ちで眠りについていた。
しかし、そんな不安な夜もずっとは続かないことをみんなは知っていた。
夜は必ず明けるものだとみんなは知っていた。
そして、そんな夜明けが訪れた。